発覚
曰く、かの王子は婚約者だった姫を求めて、呪いの森をさ迷っているそうだ。
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「白の指輪伝説?」
画面には白い花に囲まれた金字タイトルロゴが表示されていた。
「そ。ストーリーの進め具合によって、ラスボスが変わるマルチラスボス方式」
「平たく言うとマルチエンディング方式ってことですよね」
「まあ、そういうことになるな。
世界を蝕む死霊王子の正体を突き止めるのが、このゲームの目的だ。
会話が基本で、主人公はいろいろな依頼を受けながら、死霊王子の噂を集める。会話の選択肢、集めた情報の種類によって、ラスボスの死霊王子が変わる。
ほとんど戦闘はないんだけれど、死霊王子の中には恐ろしい魔術を使う奴がいるから注意な」
推理ゲームや恋愛ゲームとかで、犯人や相手がころころ変わるやつと似たようなものか。
RPGとシューティングゲームが中心で、あまりやったことがないが、会話が中心なら、なんとかなるかな。
「そいつは、何回かエンディング見ないと現れないし、いくつかストーリーこなしていくうちに手に入れる“白の指輪”が死霊王子の魔術を撥ね返してくれるはずだし……もし、負けても、それはそれで貴重なデータになるしな。まあ、画面が固まったり、何か操作に違和感があったら教えてくれ」
「ぐっ」
絶対全部の死霊王子を見つけ出して、裏ボス倒してやる。
「最初のうちは、普通にゲームを進めて、クリアしてくれればいい。死霊王子を見つけ出せばゲームクリアだ」
説明もそこそこにゲームのスタートボタンを押して、キャラクター作成に入った。
まあ、自分で買ったわけじゃないから、ここはあまり悩まずに『サヤカ』にして……
◆
そう。あの時、急に手に力が入らなくて、決定ボタンを押すのさえ、億劫になったのだ。
それでも、無理して決定ボタンを押した途端、まるでいきなり電源が抜かれたパソコンみたいに、視界がブラックアウトしたのだ。
「……死霊王子。……はん」
自分の考えを鼻で笑う。まさか。
私は、「あほらし」と頭から布団を被った。
だが、ベッドの中で思った。タイトルの背景にあったグラフィックは、山と森に囲まれた家々(いえいえ)と田園が描かれていなかったか……と。 それは、こことどこか似ていなかっただろうか……と。
翌日
太陽が出るのとほぼ同時にとんとん、と軽く扉を叩く音が聞こえ「う~」とうなり声を上げる。
「朝飯、できたから」
扉の外でマルスの声に呼ばれて、目覚める。
起きたら自分の家のベッドで寝てて、これは全部夢だったってオチはないみたいだ。
学校があるときでも、7時に起きているのに、窓を開けて外を見てみると、まだ薄く空が白んでいるところだ。
居間に行くと家族全員着席していて、誰もご飯に手をつけていなかった。
私が急いで席に着くと「いただきます」と、手を合わせてご飯を食べ始めた。
マルスまでもがまじめに手をあわせている。
金髪(一部栗毛)の彼らが日本と同じ習慣で、食事を始めているのはとても不思議な感じだ。
私も慌てて手を合わせ、もごもごと口の中で「いただきます」と言った。
そういえば、いつからか、言わなくなったな。
小さい頃は、それこそローリエちゃんくらいの頃には「いただきます」と自然にいえていたのに。
父親の膝の上に座ったローリエちゃんはこちらと目を合わせようとしない。
十歳よりかちょっと下くらいだと思うんだが、ずっと膝の上に乗せてトリスさん重たくないんだろうか?
「で、今日は午前中にレイス先生が来るから、午前は授業ないのよ。三人でそこらへんを散歩してて」
『レイス先生』って、誰だろう。
「おい! 俺が何で、こんな女のお守りしなきゃならないんだ」
「行く前にこの服に着替えて。あなたの服、洗っちゃうから。娘のお古で申し訳ないけれど」
そう言って渡されたのは、くすんだ色合いの服だ。
そう言えば、草むらの中に倒れて、槌やらが草やらが付いたままだった。 家に入る前にはたいた程度で、その後は他の事で頭がいっぱいになっていた。
部屋に戻って、服を広げてみる。なんつーか、裾がひたすら長い。くるぶしまであってうっかり踏みそうだ。
でも、外に出れば、成人女性は皆が皆、くるぶしまでの丈の長いワンピースを着ていた。
ついでに、彼らの髪色は金・銀・赤・茶、目の色は青・緑・赤とカラフルな色で、黒髪黒目が珍しいのか、こちらをじろじろ眺めている。
これであの服を着ていたらどんな反応されていたか。
「この国って、女の人はみんなこんな服着ているの?」
「ローリエくらいの年なら、少し丈の短い服を着るが、お前くらいの年なら、素足を見せないのが普通だな」
ローリエちゃんの服もしっかり、膝下5センチくらいはある。
「お前の服は、はしたない通り越して奇抜だったから、ピエロの服って言われたほうが納得するんじゃないか? ピエロにしてはどんくさいが」
◆
マルス・ローリエ兄妹はシロツメクサが一面に咲いている野原に這いながら、四葉のクローバーを探している。……私のことを完全に無視して。
私は独り三角座りして、足元のクローバーをじっと見つめるが、当然、四葉は見つからない。
クローバーを探し出すのに疲れたのか、マルスがよろめきながら立つ。
「ちょっと畑見てくるから……」
ローリエちゃんが一瞬不安そうにしたのを見たのだろう。マルスは「一緒に来るか?」と付け足す。
ちょっと、置いて行きぼりにするの?
ローリエちゃんが、答えを迷っていると「すぐ帰ってくるから」って頭を撫でて、歩いていった。
去り際、こちらをすごい目で、睨んでいた。
ローリエちゃんは、あんなことがあって当然だが、ちらちらと横目で警戒の視線を向けている。
さっきの不安そうな顔は、お留守番している不安じゃなくて、私と二人取り残される不安なのね。
「何……しているの?」
ローリエちゃんはシロツメクサの花を折り取って、くちゃくちゃと遊んでいる。
「……お兄ちゃんに指輪作っているの」
こちらから背を向け、黙々と作業しながら答えた。
うー。これ以上近づいたら、逃げられちゃうかな。でも、これは絶好のチャンス。
あまり、あいつには見られたくないし……こういうのは少しでも早いほうがいい。
自分よりもずっと小さい子に頭下げるのには、変な抵抗感があったが、どこをどう見ても否は私のほうにあるのだから、と勢いで頭を下げる。
「その……昨日はごめんなさい」
声は蚊の泣き声のような小さな声だったが、言った途端、胸のつっかえが取れて、すっきりした。
目をまん丸にして、ローリエちゃんが、私を見上げたところで、後ろから声がかかった。
「妹の面倒見てくれて、あんがとな」
先ほどよりもずいぶん、柔らかな表情で礼を言う。
やっぱり、トリスさんの息子なだけあって笑顔がきれいだ。
「そんな、私は何も……って、見てた?」
途端、かっと顔が熱くなる。
「何を?」
すっとぼけた返事ときれいな笑顔が返された。
◆
「……死霊王子とかって、知ってる?」
なんでもない風を装って、でも内心、心臓を引き絞られそうな思いで、私は聞いた。
「死霊王子。ゾンビ王子のことか?」
マルスはシロツメクサで花の冠やら花の指輪を妹に作ってやりながら答える。
私も、花冠をローリエちゃんに作ってあげようと、マルスの手元を盗み見ながら作っていたが、私の手はぴたりと止まる。
「悪い魔女に呪いをかけられた王子は、世にも恐ろしいゾンビになり、婚約者の姫を食べてしまいました。王子はこの森の奥の奥で何百年もお姫様を探し回っていて、今でも森に入った悪い子は、ゾンビ王子に森の奥に引きずり込まれ、花嫁にされた挙句、最期は王子に食べられてしまうのですってな話」
嘘だ。 何で、ここに死霊王子の話があるのだ。
ゲームの中にテレポートだか、転移だか、トリップだか、そんな漫画みたいなことがあってたまるか!
いくらゲームが好きでも、ここまでファンタジー脳じゃないわ!
強く、自分の腕に爪を食い込ませながら、マルスを見上げる。
自分を抑えてなければ、激しい怒りにまた誰かに八つ当たりするか、大声で泣き出しかねない。
「なんで、姫様を食べちゃったのよ。男の子も花嫁にされるの?」
「知るか。どうせ、森に勝手に入らないようにするための作り話だ。男の子は森の魔女が食べるバージョンがあるらしいぞ」
「作り話じゃ困るのよ! 死霊王子はどこにいるの!」
ゲームの通り、死霊王子を見つけ出して、本当に元の世界に戻れるかわからないが、調べられることは調べといて損はないはずだ。それに調べる過程でなんでこうなったか、わかるかもしれない。
いや、異世界転移ではなく、たまたまそういう伝説のある中世ヨーロッパにタイムスリップして……って、どっちにしても同じじゃー!!
「作り話って言ったろう! 悪いことしたら、出てくるんじゃないか?」
伝説の通りなら、100回ぐらい攫われていそうなマルスのなげやりな言葉に肩を落とす。
いや、いたらいたで、ここがゲームの中だって認めなきゃならないわけで……
「じゃあ、その伝説で他に知っていることは?」
「俺だって、姉さんに聞いただけだからな」
「レイス先生は?」
「レイス先生?」
ローリエちゃんの言葉に私は首をかしげる? どっかで聞いたような。トリスさんのお客さんが『先生』って言っていたよな。
「王都の歴史学者で、この村にたまに来ているんだ。各地の伝説とかにも詳しいし。一度聞いてみるか? 」
私は頷いて立ち上がる。ほとんどぐちゃぐちゃになった花冠らしきものを草むらに置く。
「お姉ちゃんこれ上げる!」
うっ。ローリエちゃんの方が花冠きれいにできているじゃないか。ちゃんと輪になっている。