記憶
死霊王子を見つけ出せば、ゲームクリアだ。
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「ベッドの用意できたぞ」
私が、涙を流しきった少しばかり後、家に入ってからどこかに消えていたマルスがひょっこり姿を現した。
「なにこれ?」
ベッドというより、でっかいクッション?
「ちゃんとマットレスを敷いているからそんなにちくちくしないと思うけれど」
トリスさんが、穏やかな声で答えてくれた。
ちくちく?
「一応乾燥した藁使っているから、寝心地はそんなに悪くないはずだ」
「アルプスの少女?」
「少女って年か?」
そんな失礼なことを言ったのは、マルスである。
『少女』扱いされるのもそれはそれで癪だが、なんだか言い方が気に障る。まったく、余計なところだけ、しっかり聞いているんだから……って。
「あんた、さっきいなかったでしょ?」
マルスはベッドを整えるのに忙しくて、先ほどまで居間にいなかった。
もしかして、さっさとベッドを整えて、影でこっそり聞いていたのだろうか?
マルスの後ろに隠れているローリエちゃんが、マルスの影からちょこっと顔だけ出し、すぐに顔を引っ込めた。
この子が、彼に教えた犯人だったんじゃ、怒るに怒れないじゃない。
◆
日が落ち、空が藍色に染まり始めているのに、闇が迫りつつある部屋の中で、灯りもつけずに、ベッドの上で三角座りして、壁をじっと見つめていた。
どうしてこうなったのだろう。いったいなぜ……。
灯りはランプで、普通に日本語でしゃべっているはずなのに『レペンス語』。首都だか王都だかに行って、本当に日本に帰れるのだろうか?
まだ、マルスと言い合っていた時は、先のことを考えずに済んだが、こうして独りになってしまうと、不安ばかりが押し寄せる。
「おねえちゃん。ママがご飯で来たって!」
私は、どうしてこうなったか、誰も答えを渡してくれない腹立たしさで気が立っていた。
「…ほ……いて」
ほっといてよ。
「お姉ちゃん大丈夫?おなか痛い?」
こんな天真爛漫な声で、話しかけてくるな。
ローリエの指先が、私の手に触れようとする。
「触らないで!」
思わず、少女の頬を打ってしまった。完全な八つ当たりだ。途端、ローリエは火が附いた様に泣いた。
マルスが一番先に飛んできた。すごく怖い目で私をにらみつける。続いて、トリスさんと奥さんも部屋に入ってきて、トリスさんが頬の腫れ具合を確認する。
「そんなに、赤くなってないから大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけだよな」
家族みんなに囲まれて慰められる小さな少女をじっと見つめるしかない。
謝らなければいけないのに、家族に囲まれている少女を見ていると、私だけ『独り』なんだと思い知らされる。
私が動けずにいる間に、ローリエちゃんは母親に抱っこされ、マルスに頭をなでられ部屋を出て行く。
残ったトリスさんが私のほうを向く。廊下からの光だけでは、彼の表情はよくわからない。
「居間で、食べられそうにないなら、こっちに持ってくるよ」
「……お願いします」
「灯りはつけとく?」
「いえ」
トリスさんは私に背を向けて出て行こうとする。
「あの……」
「……ん?」
思わず引き止めたが、どうしてもそれ以上言葉が出ない。
泊めてくれたお礼も言っていない。ローリエのことも謝っていない。
「ローリエに言ってくれたらいいよ」
そう言って、トリスさんは今度こそ、部屋から出て行った。
◆
日が完全に落ちた真っ暗な部屋で、電源を落としていた携帯をつける。
携帯の画面を見つめながら、私は記憶を手繰り寄せた。
昨日、終業式が終わって、その日発売されたばかりの本を読んで……それから、明日のバイトに備えて、早めに寝て……
携帯の時計の現在の時間は午後8時。
スケジュールのところには、昼の1時から、バイトとなっている。
森で携帯を確認したときは……確か、昼の2時40分くらいだったはず。
あせらず、ゆっくり最初から……朝食は、ご飯に味噌汁。あと野菜。その後二度寝して、正午にセットしていたアラームで起きたのよね。で、ちょっと早めにバイト先に着いて、仕事の説明を受けた。
バイト代はそんなに多くはないが、まだ販売されていないゲームをプレイできる。
そう聞いて、このバイトを引き受けたのだが……
バイト先で聞いた言葉が頭の中に響く。
「死霊王子を見つけ出せば、ゲームクリアだ」