出会い
出会った少女は、黒かった。
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「えっと、なんで・・・」
目覚めたら草むらに倒れていた。土と草みれの私はとりあえず顔を上げてみた。
周りは木々が生えている。どこかの林の中のようだ。林の出口付近のようで、木々の隙間から、畑らしきものが見えている。
自分はどこのど田舎にいるんだろう。
私の近所にも田んぼや畑はあれども、ぽつぽつといった感じで、それでさえ年々駐車場になっている。
なぜか握り締めていた携帯を見ると7月20日となっている。
前日は終業式が終わって、その日発売の本を読んだはずで、そのまま翌日のバイトに備えて眠ったはずだが……その後の記憶がない。
父さんがミステリーツアー気分で夜中の内にド田舎に……なわけないか。
家族に電話……アンテナ立ってない。メール……なぜかエラー。一縷の希望を持って、携帯のナビ……やっぱり駄目。
「それなに?」
するりと手が伸びて携帯を奪い取る。
男の子だ。年は私と同じくらいか一つか二つ上くらいに見える。が、金髪と薄い蒼の混じった栗色の瞳が日本人ぽくない。外国人?でも日本人がしゃべっているような、きれいなイントネーションだ。
ハーフ?
っと、そんなことはどうでもいい。「ちょっと、返してよ!」
手を伸ばすが、身長差のせいで、手が届かない。勝手に携帯開けるな馬鹿!
近づいたと思ったら猿みたいにすばしっこくすり抜けていく。
もう一度、手を伸ばした途端――二人一緒に倒れこんでしまった。
男の子が私の上に覆いかぶさる感じで。
男の子は、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけている。
「ぎゃぁああ!!」
女の子にはあるまじき悲鳴をあげて、思いっきり男の子の顔をひっかいた。
男の子が退いた隙に、立ち上がって、男の子を視界に捕らえたまま、数歩距離をとる。
「お、おまえが……のしかかってきたのが悪いんだからなっ!」
「悪いのはどう見てもお前だろう!」
男性の怒鳴り声。続いて男の子の後ろに人影が現れたかと思うと少年の頭に拳骨が落下。
「っ痛、なっ、殴るな!」
「女の子を森に連れ込んで、何するつもりだ!」
「なんもしてねえよ」
「携帯!」
私の叫びに金髪のおじさんは、少年から携帯をすばやく取り上げ、私に返してくれた。
四十は超えているだろうか。少年が、赤みの混じった金髪に対して、金の糸ってこんなんだろうなってくらいきれいな金髪と、きれいな水色の瞳の男性だ。
「女の子の嫌がることしちゃ駄目だって、何度言ったらわかるんだ」
もう一回、少年の頭に拳骨が落ちる。
「ちょっと珍しかったから、なんだろうって思ったんだよ」
「人様の物を無理やり奪ったら駄目だろ。どうしても見たかったらちゃんとお願いして見せてもらいなさい。昔から、好きな子が読んでいる本を取り上げたり、好きな子のスカートめくったり--」
額を手をやって嘆かわしげに説教を始めるおじさんの横で、私はスカートを抑えた。
「いつの話してるんだよ!だいたいこんな黒い女好きじゃねー」
黒いって髪のことだろうか?
真っ赤になって怒っている男の子を「スカートめくってた頃から、ちっとも成長してないだろうが!」とおじさんがぽかりと殴る。
「説教はいいから、さっさと森を出よう。狼が出たら大変だ」
「そうだな。あっ、家帰ったら、説教の続きするからな」
家っていうことは、やっぱり親子か。どおりで顔の作りがよく似ている--って、そうじゃなくって。
狼?狼って今言った?日本の狼って確か全滅していたはずじゃなかった?
「頭、打ってない? 大丈夫なら早くこの森を出たほうがいい」
「ここ、日本ですよね?」
おじさんは私の手の先を柔らかく握って、私が歩きやすいように半歩だけ先に進んで、先導してくれた。
ちなみに、私を押し倒した男の子はさっさと歩き始めていた。その男の子が首を傾げる。
「あの、桜川って知ってます?」
「サクラ?知らないけれど。君、見ない子だけれど、なんでこんなところにいるの?」
「きゃっ」
おじさんは私の歩調に合わせてゆっくり進んでくれたんだけれど、うっかり石につまずいてしまった。
おじさんが支えてくれたおかげで、小石や草だらけの地面に倒れこむことはなかった。 おじさんに礼を言おうと口を開きかけたが、
「足元気をつけろ! なんで、そんな細っこい靴履いているんだ!」
細っこい靴って……私だって、こんなことになるってわかっていたら、スニーカー履いてきたわよ。
「マルス!」
この女性への気遣いがまるで足りない男の子は、マルスって言うのか。
「なんでこんなところにいるかはちょっとわからないんですけれど……あの、おじさんのお名前は?」
ぶっと噴出す音が聞こえた。もう!せっかく、おじさんに支えてくれたお礼を言おうとしたのに。文句を言ってやろうと振り向くと、マルスはけらけら笑っていた。
「孫三人もいるじじいなのに、『おじさん』なんて言ってもらえてよかったな」
「孫!?」こいつが孫ってことは、相当な年齢のはずだ。確かに金髪に混じって白い髪がちらほら混じっているが、孫がいるような気配は微塵も感じさせない。
「違う違う。私の名はトリス。こいつは私の息子。家に残っている子供は、これと末娘だけで、上の子供たちは結婚して家を出ている」
孫ってのは、マルスのお兄さんたちの子供か。っと、お礼。
「トリスさんありがとうございます」
「どういたしまして。お嬢さんのお名前聞いてもかまわないかな?」
あ。今の今まで名乗るの忘れていた。
でも、不機嫌そうにこっちを睨んでいる馬鹿には、教えるつもりはない。
トリスさんの耳に唇を寄せ、こっそり名を告げる。
「美原 彩夏です」
「ミハ・ラサヤカさん?」
どこで区切るか、わからないようだ。トリスさんの小首をかしげる様は、親子なだけあってマルスとよく似ている。
「彩夏でいいです」
私の声に合わせて、小さい声で聞き返してくれたのに、普通の声で話してしまった。
「……サヤカ」
マルスが私の名前を小さくつぶやく。ちっ、マルスに思いっきり聞こえてしまったようだ。
「あんたみたいな泥棒に、私の名前を呼ぶ許可を出した覚えないわよ!」
マルスの顔が一瞬で沸騰した。何か言い返されるかと身構えていたが、穏やかな声がマルスの反撃をさえぎった。
「森を出たよ」
その時はまだ、海外に来たのかもなどと能天気に思っていた。それだって半信半疑だったが……。