手紙
質の良い紙を使った手紙にはこの王家の封蝋に酷似した封蝋がなされていた。
王は封筒の裏の署名を見て息を呑んだ。
ぶるぶる震えた手で封筒から便箋を取り出し、一読すると手よりかさらに震えた声で言った。
「これを送りつけたものはどこだ?」
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城門に近づくとそれは確かにトリスさんだった。ぎりぎり声が届く通りの角にこっそり隠れて、成り行きを見守る。
「では、これならいかがですか?」
トリスさんが衛兵に渡したのは一通の手紙。見た限り、何の変哲もない手紙だが、その手紙を胡散臭そうに見ていた衛兵の顔が見開かれる。
「その封蝋が押されている限りは、破ることはできないはずです。しかも色は赤ですよ?急いで国王様にお届けしないと」
衛兵はにっこり微笑むトリスさんと手紙に交互に視線を移す。
ここから見ると、赤いシールみたいな物が真っ白な封筒の後ろに付いているのが見えるけれど……
一人(指輪を取り上げた)がもう一人(私に剣を突きつけたほう)に耳打ちすると耳打ちされた衛兵は城内へ走っていった。
王城へ走って行った兵士の姿が完全に消えたのを確認して、私達はトリスさんに後ろから忍び寄った。
「トリスさんすごい。腰はもう治ったんですか?」
「父さんどんな秘策使ったんだよ」
「おまえら……」
トリスさんは驚いた顔で、なんでか空を仰いだ後、きっぱり「帰れ」と言い放った。
その後は、軽く兵士に一礼して、門からほんの少し離れる。私らもトリスさんに付いていく。
「通れそうなのは、私だけだ。お前とサヤカさんはレイス先生の家で、レイス先生が解放されるのを待っていてくれ」
「トリスさん一人だけ行かせるのは不安です。三人寄れば文殊の知恵。三本の矢ですよ」
「なんかよくわからないけれど、要約すれば、一人よりか、三人で交渉したほうがいいってことだよな」
ちょうど戻ってきた衛兵にマルスが声をかける。
「おい、兵士のおっさん。もう一度行って、俺らも入れるよう許可を貰ってきてくれ」
戻ってきた兵士は一瞬、顔を真っ赤にしたが、もう一人の方が「確認してまいりますので、少々お待ちください」って、さっきとは雲泥の差の丁寧な言葉遣いでトリスさんに伝え、走ってきたばかりの同僚に小声で何事か囁いて、王城に入って行った。
「この方たちは無関係の方々で、私だけ通していただければ--って、行っちゃった」
トリスさん、自分の息子を『この方』と言うのは変ですよ。
しばらく親子は「帰れ」「帰らない」と問答を続けたが、息子は「俺は母さんから頼まれているんだ」と一向に首を縦に振らず、私もマルスに加勢して「絶対一人よりか三人で交渉に当たったほうが有利ですって」と言ったが、痺れを切らしたトリスさんは--
「あまり我が儘を言うと、怪我することになるぞ」と手を振り上げた。
次いでトリスさんの口から小さな言葉が漏れる。「ライジ……」
手を振り下ろす直前、先ほどの兵士が戻ってきた。
「三人とも許可が出た。通れ」
戻ってきた兵士の言葉遣いは乱暴では無いが、さっきはちょこっと有った敬意が消え失せていた。
「あの、私だけで十分なんですが……」
「正確には、『三人とも必ずお連れしろ』とのことだ」
私とマルスは顔を見合わせ、トリスさんは思いっきり頭を抱える。
「何かあったときは全力で逃げなさい」
門を通る直前、トリスさんはそう囁いた。