王城へ
ただ脅しただけのつもりだった。だが、時を経て其れは本当の呪いになったのだ。
自分が犯した過ちで他の者が裁かれるなどあってはならない。 だから――
「申し訳ないが、この家で一番質の良い紙とペン、それに赤の封蝋を用意してくれ」
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翌朝は揉めた。
てっきり、マルスと私を連れて行ってくれると思ったのに、トリスさんが「一人で行く」と言い出したのだ。
「王城の人に手紙を渡すだけだから。おとなしくお留守番していなさい」
「子ども扱いするな! 大体、拒否されても兵士にねじ渡す根性が父さんにあるとは思えない」
うん。トリスさんはいい人だけれど、お人よし過ぎて言い負かされそう。
「そんなときのために、兵士さんへの付け届けもしっかり用意しているから大丈夫」
えー。それって……
「賄賂?」
「わいろ?」
私の言った言葉を反芻するローリエちゃん。
トリスさんは唇に人差し指を当てて「しー」と言う。
「せっかく、言葉を選んだのに」
「父さんなら、金もぎ取られるだけもぎ取られて、訴状をこっそり捨てられるな」
「うっ。だ……い丈夫。 ちゃんと、お偉いさんに手紙を渡せるよ……」
もう、出だしから先行き不安なお使いである。
「子供に言い負かされているようじゃ駄目ね」
ロザリーさんがため息を付いて、マルスの目を見据える。
「いい? 絶対お父さんの言うことを聞くのよ」
「だから、俺は子供じゃない」
「もしもの時はお父さんを守るのよ」
いくらなんでも息子に守られるほど弱くは……息子のマルスの方がトリスさんより筋肉しっかり付いているような。う~ん。
◆
「ロザリーさんの勘、当たっていたね」
「もう若くないのに、無理するから」
トリスさんは昨日の王都からの帰りと同じく私と相乗りで馬を爆走させていたのだけど、王都に着いた途端、「こっ、腰が」って、訴え出した。
私たちは情報収集も兼ねて、レイス先生の家に立ち寄った。
迎えてくれたシャムローさんが現状を教えてくれる。
「産婆は亡くなっていた。王子もついでに地方視察中。後十日は帰ってこないらしい」
まあ、レイス先生が40代後半から50代前半くらいだし。
「王子様って?」
「あれ? 言ってなかった? いつも王様が死霊王子捜索のお触れを出して、頃合を見て皇太子様が、お触れを取り下げてくれるのだが……」
トリスさんが私の疑問に答えてくれたはいいがすぐ黙り込んでしまう。
「シャム兄、レイス家には、王子様がどこら辺回るとかの情報はないのか?」
そうだ。トリスさんの腰の調子が戻って、王子様の居場所が分かっていれば、トリスさんの乗馬の腕なら呼び戻せられるかも知れない。
が、希望はシャムローさんによって、次々摘み取られていく。
「ない。明後日までに王子様を探し出して、処刑を中止してもらうのは無理だな。戸籍の写しは提出済み。だけれど、疑いは晴れていない」
「戸籍もあって、親兄弟もいるのに何で?」
この国じゃ、そんなに戸籍簿の記録はあやふやなのだろうか?
私の疑問にシャムローさんが答えてくれる。
「死霊王子は転生しているんじゃないか、もしくは死霊王子の魂が乗り移っているんじゃないかって」
出てきたよ。転生説と憑依説!
お約束とはいえ、こんなぎりぎりの危機的状況で出て欲しくない。
「屁理屈こねて、よっぽど死刑に追い込みたいんだろうな」
「とりあえず、イタコさん呼ぶとか?」
あっちが、転生とか憑依だかを振りかざすなら、天国だか地獄だかに行っている死霊王子をイタコさんにお願いして呼び出すしか--
と、考え込んでいたトリスさんが、顔を上げる。
「昔からの知人は?」
「その学友が……売ったんだ。『シリウス=レイスは昔から、幽霊と話していた』って。で、押収品の中に、シリウス先生が死霊王子である決定的な証拠があったんだと。一冊の手帳……手記だ」
「あの手記を持っていかれたのか?」
トリスさんが驚いた様子で腰を浮かした。
「手記?」
首を傾げたマルスにトリスさんが教えてくれる。
「エリエールとの対話の記録を残したものだ」
エリエールって幽霊のエリエール?
「俺は興味なかったから触りくらいしか読んでないけれど、当時、この国がウエストレペンスを乗っ取った経緯が結構事細かに書かれている」
トリスさんの言葉を引き継いで、シャムローさんが手記の内容を教えてくれた。
「それ、つまり暴露本?」
幽霊とお話できるというレイス先生の言を信じるなら、そこには王子やそれに近しい人しか知らないはずの内容が見てきたように書かれているわけで……
シャムローさんが頷く。
「裏づけが足りないからって、発表する気はなかったようだけど」
レイス先生を罠に嵌めたい人からしたら、格好の証拠品だろう。
◆
トリスさんの世話をエリエールちゃんに頼んで、私とマルスは王城に向かった。
シャムローさんは、レイス先生のお兄さんと今後の対応を検討するからって慌てて出て行ってしまった。
王城の人とお話しするのだから、シャムローさんからそれなりの服を着ていくように言われたのだが……
ちらりとマルスの方に目を向ける。
「似合わないのは、お互い様だ」
う~んと小さな頃だったら、ドレスを憧れたことはあったよ。
マルスはシャムローさんのお古を借りたけれど、私はレイス先生の姪御さんのドレスだものなぁ。どうもしっくり来ない。
髪や目の色を考えると、エリエールちゃんのドレスの方がまだしっくりくる感じだったのだが、さすがにちょっと小さい。
貴族の姫様風ではなく、ちょっといいところの商家の娘さん風くらいなのがまだ救いだ。
コルセットなんか絶対無理。
これ以上、突っ込み合うとむなしいので、話題を変える。
「トリスさん、賄賂用意してあるって言ったのに……」
トリスさんが「例のものは?」ってシャムローに出させたのは赤いルビーの指輪だった。
綺麗な深紅の石で「ピジョンブラッドって言うんだよ」とトリスさんは自慢げに説明してくれた。
うん。確かルビーの中で最高級の物で、って、それトリスさんのじゃないでしょ!
私は預かった指輪を太陽にかざしながら、ほんの少し人通りの回復した大通りを歩いていると、横を歩いていたマルスが聞く。
「こんな石ころがそんなに価値あるのか?」
「さあ。本物だったら、それなりの値段するだろうけど、ちっさいから……。あ、文字が彫ってある」
指輪の裏側に彫られているイニシャルを目を眇めて確認する。
「んーっと、S・R」
その後ろには、小さな絵が彫られている。細いリングによくここまで彫れるなぁ。
「シリウス・レイス。それともシャムロー・レイス? 面白くともなんともねー」
まあ、ここで全く違うイニシャルが出てくれば、恋人かってなるんだろうけれど。
「あんた、余裕ね」
そんなこんなで、城に辿り着いた……のだが。
「嘆願書ぉ~? 農民が書いたものを陛下が読むわけなかろう」
門前にいた二人の衛兵のうち一人に話しかけたが、しょっぱなから鼻であしらうような態度だ。
タイトルにばっちり村の名前入っていたからなぁ。身なり良くしても駄目だったか。
「じゃあ、この嘆願書を誰か地位のある方にお渡し願いますか」
そう言って、マルスは指輪を添えて嘆願書を衛兵に握らせる。
「これは……」
もう一人の衛兵が、ルビーの指輪を持ち上げる。
ビリッ
「って、破るな!」
あろうことか嘆願書を持っていた衛兵はその嘆願書を二つに裂く。
さらに半分、その半分……
マルスがしゃがんで、細かくちぎれた紙片を集める。
風に飛び散る前に、同じようにしゃがんで紙片を拾い集める。
この世界にセロテープとかないだろうなぁ。
「渡していただけないのでしたら、指輪の方を返していただけませんか」
マルスの押し殺した丁寧な物言いに、衛兵二人がお互い顔を見合わせ、指輪を持っていた方の衛兵が答えた。
「紛い物の流通を取り締まるのは、我々の管轄外だが、見つけたからには押収せねばならぬ」
「見逃してやるから、散れ」
はあ?何様のつもりだ!
衛兵のあまりの物言いに血が上ってしまった。
「そんな! 指輪を返して、嘆願書を破ったこと土下座して謝れ!泥棒!」
せめて、借り物の指輪を取り戻さないと。
「それ以上ごちゃごちゃ抜かすと斬るぞ」
衛兵の一人が剣を抜いて、切っ先を私に突きつける。上っていた血が一斉に引く。
逃げなきゃ、距離をとらなきゃって思うのに、広場のギロチンが頭をよぎってしまって、腰が抜けた。
剣と私の間にマルスが割り込む。無理やり入り込んだから、少しだけ腕を切ったようだ。
あそこは、前にかまいたち(マルス的にはあかぎれ)でぱっくり割れた箇所?
血が服の裂け目からにじみ出る。
守ってくれたんだ。
「いいから。シャム兄には俺が謝るから」
マルスはがくがく震える私を立ち上がらせ、衛兵たちに形ばかりの礼をして、王城を後にした。
◆
「あぁ、もう。この世界には目安箱はないの!?」
あんな相手に腰を抜かしてしまったことが悔しい。去り際、兵士が二人ともにやにや笑っていたのが腹立たしい。マルスに傷を負わせてしまったのが申し訳ない。
「その目……何とか箱って、目の絵でも描いているのか?」
「その箱に苦情の手紙を入れると王様が直接読んでくれる箱。そんなことよりも、腕大丈夫?」
「ちょっと、切っただけだ。血も止まっている」
「ごめん。私が考えなしで……」
「いや。兵士を前に啖呵切ったお前は格好良かったよ」
いや、あれは危機感が足りなかっただけで!
なんで、いきなり褒めるの! 今までで一番いい笑顔でこっち見るな!
さっきと同じようにかーっと頭に血が上る。
あーなんだか、また怒りが込み上げてきたみたいだ。
目安箱があったら、あいつら免職しろって百通投書してやるのに。
それよりか、レイス先生の助命嘆願の投書が先だけど。
悔しくて王城の方を振り返ったら、いるはずのない人が王城の門の前に立っていた。
貴族っぽい服を着ているが、あれは--
「ねぇ。あれ」
思わず、マルスの傷があるほうの腕を引っ張ってしまった。
「何だよ。さっさと帰って次の対策を考えないと。明後日には、レイス先生の首が--」
マルスの言葉が止まり、目が見開かれる。
「父さん?」
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「幼い頃は、幽霊が見えると言いふらしていたらしいが……」
「子どもの戯言です」
拷問官--いや、王は、屋敷から押収された古びた手記を突き出す。
最初に王子付きの侍女(幽霊)と出会った翌日、その王子の家で、幽霊の話を忘れないうちにと記したものだ。
「この国が、死霊王子を罠に嵌めたように書いてあるが……」
「別に、そういう意図をもって書いたわけじゃない。論文として発表するつもりもない」
王が鞭を振り上げようとしたその時、一人の男が牢に入ってきた。