7.
頷いたから、クコリはすぐに動き出した。準備なんて特にない。クコリはいつだって身一つだったし、貴族通りはかつてのクコリの庭のようなものだ。だから下調べなんかも必要はなかったし、もうただ、動けばよかった。
クコリは久方ぶりに王都に戻った。
帰ってきた、とは思わなかった。もともと気付いたらいたというだけの場所だったせいもあるし、また、出たときとは空気が違っていたせいもあった。
荒廃、という言葉がよく似合った。
昔はこうではなかった。もう少し、人々には人生を楽しむ気配があったように思う。クコリがいたスラムの人々も、なんだかんだ言ってぎりぎりの生活を楽しんでいた。貴族連中も気が向けばスラムの人々に哀れみを寄せて、多少の金品を放ることさえあったのだ。それは自己満足でしかなかっただろうけども、偽善でも優しさはあったのだ。
けれど、数年ぶりに戻った王都からは、全ての余裕が失せていた。
こうなって、はじめて、クコリはあの日王都を出た自分の判断が間違っていなかったことを知った。その自覚なんてなかったのだけれど。確かに自分は、うまいこと生きているのだなぁと、クコリは唇を歪めた。
昔自分が住んでいた場所は、ほかの誰かが多分住んでいた。多分、というのは、人の姿は見えなかったからだ。けれど生活しているようだったから、多分。しばらく帰っていないような気配もあったけれど、多分、誰かは住んでいるのだろう。‥‥のたれ死んだのでなければ。
もともと何の権利も有していなかったクコリは、大して落胆せずにその足を貴族通りに向けた。必要なものはすべて手で持っているだけのものだから。この身一つと、ほとんど唯一執着を寄せる、武骨なナイフの一振りだけ。
かつてはスラムの住人でも、物乞いをするヤツがいたくらいだから貴族通りを歩いても何も言われなかったものだが、少し嫌な感じがしたのでクコリは道を一本はずして裏道を行くことにした。その判断は正しかった。貴族の館の前には、どこも、物々しい連中が立っていて、クコリのような薄汚れた人間が近付いたらどうなっていたかは分からない。裏道にしても、気を付けていないとやっぱりどうなるかは分からない、と思った。
薄暗い裏道で、暗色をまとうクコリは沈んで見えただろう。はたしてクコリに意識を向けるような誰かがいるかは分からないが。あまりにも自然にクコリは歩いていたから、気を留められるようなこともなかった。
かつてはこんな風にぶらぶらして、目を付けた家にふらりと入りこんで、主に食べ物を盗んでいた。たぶん入り込めない家はなかったし、かといって入り浸るようなこともなかった。そういう意味では、目的地があるのは初めてかもしれないと、クコリはちょっと笑った。
やがて目的地、女隊長の家が近付いてくる。
近付いて、クコリは行き過ぎた。そして角を曲がって、ぐるりを回る。
そして呟いた。
「連れ出す‥‥のは、難しいかも」
やめる気はさらさらないのだけれど。
クコリにしては珍しく、挑戦的な目で頷いた。




