12.
浅くて短いが十分な眠りからクコリが覚めたとき、太陽は天頂にあって、締め切った部屋の中は2人分の呼気で蒸し暑く、けれどシザリはまだ音もなく眠っていた。
食べ物がちょっと心配になったが多分大丈夫だろう。
これまた少し心配だった、シザリの呼吸を確認して、クコリは壁に背をもたれて外を探った。
生きているものは生きている限り、熱と音を発している。
確かにクコリは他人より身軽だし器用だが、それだけで泥棒として生きてこられたわけではない。クコリが真に他人より鋭いものがあるとすれば、それは発せられる熱と音を詳細に感覚できることだろう。耳と、熱はどこで感じているのか、肌感覚なのか、多分それが他人より鋭いだけ。
人によってはそれを気配と呼ぶだろう。であればクコリは、気配を察するのが誰より優れているだけなのだ。
確かに身軽な身体は仕事を助けるし、器用な手先だって欠くべからざるものだが、多分それだけだったらクコリは今頃生きてはいなかった。誰に教えられたわけではないが、その事実を事実と知っていたからこそクコリは謙虚で、堅実で、だから生きてこられたのだと思っている。
そしてまた、自身が熱と音を感じ取る器官が発達しているがゆえに、それを抑えて気付かれないように行動する術もいつの間にか身についていた。
(このまま夜まで起きなければいい)
視線だって熱を持つとクコリは信じているから、何ものをも無駄に睨んだり見つめたりしない。いつものように、シザリを眺めるように視界に収めたまま、思った。
緊張は体温を上げる。また発汗も誘発するし身体が動かなくなるから、常に泰然とするような癖がついた。
けれど多分、クコリでない他人であるシザリはそこまで器用でないだろう。糞度胸だけはあるようだが、それだけでクコリの人生経験が身についたら世話はない。
だから、夜まで眠って意識を落としてくれていたほうが助かるのだけれど、
(ちょっと淋しいかも)
他人に何かを期待するような思考は初めてで、我がことながら可笑しかった。
陽が沈み、多くの人間が一日の最後の活動をしている時間帯に、クコリはシザリを蹴り起こした。あきれたことにそれまでぴくりとも動かなかったのだから驚きだ。
「‥‥足蹴にするか、普通」
ぼやきながら、身体をほぐすように動かすのを眺める。
この時間ならば他人は夕飯の用意やら何やらで忙しく活動しているから、余程の音を立てない限り生活音程度なら紛れるものだ。肩を鳴らしたりだとか、あと小声での会話くらいならば問題はない。ただし壁に触れた状態は不可とする。
「‥‥で、何時出て何処へ向かうの」
どうせ着いて行くだけだけどと、シザリは言った。
「‥‥壁を越えようと思うけど、いける?」
「‥‥登る‥‥んだよねぇ。やってやれないことはない‥‥と思う‥‥けど‥‥」
「あんた体力ないからなぁ」
情けないような声に答えると、シザリはちょっとむっとして、けれどその通りと思ったのだろう、押し黙った。
事
ここに至っても、シザリは言い訳を口にしない。それが好ましく、そして歯がゆい。
助けを求められれば、手を貸すくらいできるのに。貸すことができる手があるのだと、女隊長に出会ってクコリは知ったのに。