9.
驚くほどすんなりとそれを聞き入れ、クコリは危なっかしく降りていくシザリを見送った。彼女が地面を踏んだのを確認してから、ひょいと窓を越えると、これまた古典的だが寝台の脚に縛り付けてあった布をほどき、窓から放った。つぶれたような声が聞こえてきたが無視して、窓をまた越え、流石に鍵まではかけられないが窓をぴちんと閉めてするすると降りた。
「‥‥やもりみたい」
なるべく証拠を残さないようにというクコリの考えを正しく読み取ったのだろう、地面に座り込んで、縛り目をほどいてただの布の塊に直しているシザリが呟いたが、クコリは無視した。
シザリを初めて正面から見て、クコリは少し眉根を寄せた。
彼女はあまりにも白かった。
顔立ちは笑えるくらい女隊長に似ていたが、女隊長が屋外での職業に従事しているせいだろう、健康的に焼けた肌をしているのに比べて、シザリはいっそ青白いと言っていいほど白かった。何も知らなければ深窓の令嬢か何かかと思い違いをしてしまいそうだが、それは違う。女隊長が民間から登用されたというのなら、その血族である彼女も元は一般市民のはずだ。それに先ほどからのやり取りからしても、下手な貴族の令嬢のように容色に気を遣ったり運命に殉じたりというような殊勝な感覚とは縁遠そうだ。むしろ運命なんて鼻で笑って叩き切りそう。
なんというのか、ひどくアンバランスな印象を受けた。
けれど事情を聴くことは後回しにした。それに、何故名前を口にしただけで自分を女隊長の手の者だと判断したのかだとか、ほかにも聞きたいことは色々あったが全て後回しにすることにして、クコリはとりあえずシザリの手を取った。
早歩きと駆け足との間くらいの歩調で、暗がりをクコリは泳いだ。転ばれると面倒なのでその程度には後ろのシザリに意識を割いて、けれど大部分の感覚を、周囲を警戒することに費やして。
特に危なげなく、ひとまずは女隊長に与えられている屋敷の敷地を抜け出して、そこでクコリは振り返った。
そして眉をひそめて囁く。
「‥‥あんたなんで使用人の服なんて着てるのさ?」
「うっかり、見つかっても、大丈夫なように、のつもり、だった」
可哀想なくらい息を弾ませて、けれどクコリは特にそれには同情しなかった。むしろそんなにか弱くてよく逃げ出そうとしたなとあきれるくらいだ。
「逆に目立つだろ。
‥‥さっきの布、貸して」
確かに夜の街中ではその恰好は目立った。それに先ほども思ったが、抜けるような白い肌もまた場違いだ。
それは自覚があったのだろう、息を整えるためもあろうが押し黙ったシザリから、クコリは布の束を受け取って、ざっとそれを検分した。そして内の一枚をシザリに放った。
「そのくらい重い色ならまだ目立たないだろ。適当に羽織っといて」
「‥‥怪しくない?」
確かに重い色の布を頭から被ったりしていたら怪しいことこの上ないが、
「夜の街歩くんなら多少は怪しいほうがむしろ自然」
「‥‥それもそうか」
意外とあっさり頷いて、シザリはそれに従った。