プロローグ
真夜中よりも夜明けに近い時間帯。
峻厳な山脈を背にした王都、城に程近い貴族連中の屋敷が立ち並ぶ区域の外れ、この並びの中にあっては少し見劣りのするそれでも立派な屋敷の敷地内の暗がりに、クコリの姿はあった。
小柄な体躯。茶味がかった黒い髪は短く刈られている。闇色の瞳で屋敷を見上げ、それから見回すような仕草を見せた。手荷物などは特にない。影に溶けるような暗い色合いの服に身を包み、足音ひとつ立てないその姿は、誰かに見咎められたら泥棒とでも思われて言い訳もできないだろう。幸い、ここまでそういった場面はなかったが。
気配を探り、いい頃合いだとでも思ったのか、クコリは壁に手をついた。石造りの壁である。凹凸はあるにはあるが、普通の人はそれを垂直なただの壁だと判断するだろう。だがクコリはいろいろな意味で普通の人ではなかった。ざらざらとした手触りのそこは、クコリにとっては通行可能な道のひとつでもあるのだ。
するするとヤモリのように登っていく。今夜は月はあるが、こちら側からは見えない。明るい半月の光は、潜むのに十分な闇を用意してくれた。
クコリはこれから、この屋敷に住んでいる――囚われている、と表現してもいい――2人の姉妹を連れ出そうとしている。
それを命令ではなく頼みだといった人の面影を頭に描いて、クコリは闇色の布の下で唇を歪めた。