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【X'mas 特別編】 ガントナ その2

「ねえマイケル、お願いがあるんだけど」

 アビゲイルに突然声をかけられた。それはクリスマスの午後のこと。厨房で隊員たちのお昼の片付けをしているときだった。

 彼女は、私が属するマスティマという闇組織の幹部の一人。医師であり総務担当でもあり、私の上司である。ここで、コックのマイケルが実は女であると知っているのは二人。ボスと彼女だけだ。

 しかし、アビゲイル、私の仕事場である厨房まで足を運んできて、お願いってどういうことだろう。少なくとも良い予感はしない。

「……なんでしょうか」

 恐る恐る尋ねてみた。

「これをしばらく預かって欲しいの」

 彼女は後ろ手に隠していた茶封筒を私の前に差し出した。A4くらいのサイズだ。

 受け取って様子を窺ってみる。これ自体は怪しいものではなさそうだ。薄っぺらだし、匂いもしないし、振ってみてもさして音もしない。

 封筒を探る私を見るアビゲイルは不審そうだ。

「ただのクリスマス・プレゼントよ。プリシラのなんだけど、今あの子に見つかるとマズいの」

「見つかるとマズいプレゼント……ですか?」

 プレゼントなんて見つけられてなんぼの物のはずだ。首をひねる私に面倒くさくなったのだろう、アビゲイルは封筒を取り戻し、封を開けた。

「見て」と私の前に差し出してくる。

 トナカイの絵が描いてある。クリスマスにはつき物、『赤鼻のトナカイ』の絵本? どうしてこれがマズいんだろう。

 絵本を手に取り、尋ねようとしたとき、廊下に続く入り口から聞き覚えのある声が飛び込んできた。

「ママー」

 プリシラだ。今日もまた可愛い格好。クリスマス仕様で、サンタクロースのような赤いワンピース。白いボンボンの付いたフード付きだ。

「ガントナないよー? ガントナー」

 アビゲイルは慌てて、本を持った私の手を無理やり後ろ手にさせる。いきなり関節技を食らったみたいなもんだ。飛び出したのは短い嗚咽のような悲鳴。

「さあ? ママは知らないわ。パパに聞いてみなさい」

 アビゲイルはそ知らぬ顔で答えている。

 私から遠ざけようとしているのだろう。あっという間にプリシラの前にいる。彼女はこれ以上ない笑顔でしらばくれて、一家の部屋のある方向を指差した。

 分かったーと駆け出していくプリシラを背中に、アビゲイルは溜め息をつきながら私の前に戻ってきた。

「朝からボスに見せようとするんだもの。三回は阻止できたけど疲れちゃうわ」

「この本ですか?」

 赤鼻のトナカイの本を見せて、何が悪いんだろう。確かに絵本を読んでとボスに絡めば厄介なことになりそうだけど。アビゲイルの慌てよう、そんなことじゃないみたいだ。

 それにプリシラが言っていたガントナって?

 本を目の前にして、その答えを知った。

 ガントナって『ガンたれのトナカイ』のことだったんだ。つまりはこの絵本のタイトルの略。

 確かに表紙のトナカイ、目つきが悪い。がんをとばしているみたいだ。このトナカイのモデルは明らかにボスだ。悪い予感は確信へ変わっていく。

 読んでいいかと尋ねると、片手を振っただけのYESの答えが返ってくる。

 私は絵本のページをめくった。


*******************************


 ガンたれのトナカイ


 サンタクロースの一番大事な仕事。

 それは聖夜に子供たちを巡り、プレゼントを届けることです。

 あちらへこちらへ。一晩のうちに世界を回ります。

 ソリは車や飛行機よりも早く進まなければなりません。

 クリスマスにプレゼントを受け取れない子供がででしまうからです。

 そんなことはあってはなりません。

 去年も一昨年もぎりぎりでした。

 今年は間に合うか分かりません。

 それでもサンタクロースは頑張るしかないのです。

 世界にサンタクロースはただ一人。他に代わりはいないのでした。


 あるところに目つきが悪いと評判の黒いトナカイがいました。

 サンタクロースのお仕事を手伝うために集められたトナカイたちの一頭です。

 悪い黒トナカイは乱暴ものでした。

 仲間をけり倒したり、角でサンタクロースのおうちを壊したりしました。

「これではまともにソリも進まない」

 トナカイたちは訴えました。

 黙って見ていたサンタクロースも確かにそうだと思いました。

 目つきの悪いトナカイはトナカイ道場に入ることになりました。

 良いトナカイになるための訓練をするのです。

 ところが、一日も持ちませんでした。

 のし付きで目つきの悪いトナカイは戻ってきました。

 道場主と喧嘩して、破門になってしまったのです。

 またあいつが来たとトナカイたちは騒ぎます。

 どうしたものかとサンタクロースは考えました。

 もうすぐクリスマス。ソリの引き手の代わりはすぐには見つかりません。

「ソリを引く気はあるのかい?」

 サンタクロースは尋ねました。

 もちろんと目つきの悪いトナカイは胸を張りました。

 引く気がないなら、ここにいる理由がない。世界一のトナカイになるのだと目つきの悪いトナカイは言いました。

 サンタクロースは試しにソリを引かせることにしました。

 目つきの悪いトナカイを先頭にしてみます。

 すると、後ろのトナカイたちを振り返り、ガン見します。

 トナカイたちは足をすくませ、ソリは止まってしまいました。これはいけません。

 次は列の中ほどにしてみます。

 すると、前と後ろのバランスが取れません。後ろのトナカイたちは引きずられます。ソリは大きく揺れ、子供たちへのプレゼントがこぼれてしまいました。これもいけません。

 次は列の一番後ろにしてみます。

 前のトナカイたちは、目つきの悪いトナカイを恐れて、良く走ります。

 ソリは飛ぶように滑り、これまでの最高速度を塗り替えました。

「最高のそり引きだ」

 目つきの悪い黒いトナカイは声を張りました。

 聖夜を駆けるサンタクロースのソリは世界中の子供たちを回ってもなお、ゆとりができました。

 こうして、サンタクロースは慌てることなく、いつも笑顔でいられるようになったのです。


*******************************

 

 トナカイ道場って何? とか、サンタクロースの顔がディケンズ警備会社の総取締役アーロンにそっくりだとか、トナカイたちのなかに顔を知ったマスティマ的隠れキャラがいるよ、とかツッコミどころは満載だ。

 だけど、最初の感想は「よくできてますねー」だった。

「でしょー。私とオスカーでめいっぱい考えたんだから。ここにはレイバンがいてね。ここにはグレイがいるの」

 アビゲイルは楽しげに隠れキャラたちを指差していく。

「……でも、これ、ボスが見たら大変でしょうね」

 そういうと、彼女は我に返ったようで真面目な顔になった。

「だから内緒なの。あなたの部屋なら、ボスにもプリシラにも知られることがないでしょ。オスカーのためにもお願い」

 アビゲイルにはお世話になっているし、お願いされるとむげに断れないたちだ。

 それに技術情報部のコンピューターや人を部長権限で使ってしまったオスカーもやばいらしい。

 あの人はボスの暴力とか免疫なさそうだ。コックである私の必須アイテムである保温機能付きのワゴンを作ってくれた人でもあるし、助けてあげられるなら、そうしたい。

 私は絵本を預かることにした。

 茶封筒に仕舞い、部屋に備え付けのクローゼットの棚に置く。そこにはレイバンから受け取ったボスのブロマイドもあった。

 こんなアイテムはもう増えて欲しくないというのが本音だけど、可愛らしくデフォルメされた目つきの悪いトナカイの姿を思い出して、くすりと笑いがこぼれた。

 一年に一回くらいは許されるときがあってもいいはずだ。ボスも分かってくれたらいいのにと心から思った。

 今日はクリスマス。天使が沢山降り立つという特別な日なのだから。

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