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6.掌の孫悟空

 甘かった。ちょっと考えれば分かることだったのに。

 あまりにもタイミングの良すぎるレオからの手伝いの要請。ファビオの店での素早い対応。私は足止めされた上に監視されていたのだ。時間稼ぎは終わったので放免、そんなところだろう。

 なのに、ぜんぜん気付かないなんて。のんきすぎる自分に呆れる。お釈迦様の掌の上で自由を宣言する間抜けな孫悟空の気分だ。

 フランスの店に戻って、すぐに気付いた。

 カミーユだ。

 すれ違い様の彼の目ときたら。目つきがまったく変わってしまっていた。

 挨拶しても返事さえない。こちらに寄ってこないどころか、近付くととたんに距離をとる。私にだけかと思ったら他の女の人に対しても同じ。挙動不審だ。

 あまりに様子がおかしいので、こっそり店のウェイトレスに尋ねてみた。

 返ってきた答えは予想通り。数時間前、店の裏に柄の悪い男たちに引っ張っていかれ、脅されていたと言うのだ。

「マフィアのお嬢さんに手を出したとかって。当然の報いよねえ」

 ウェイトレス曰く、店に戻ってきたときには、何故か下半身パンツ姿の半べそ状態。「何でだ」「どうしてだ」と独り言を繰り返した末、「人畜無害そうな顔してんのに」と頭をかきむしって混乱した調子で言っていたらしい。

 それから態度が急変。

 もう女なんて信じられないと女性そのものに拒絶反応を示すようになったというのだ。

 人畜無害って私のこと? なんだか複雑な気分になる。 

 それにマフィアのお嬢さんって……。それもやっぱり私のことなのだろう。

 確かにブルーノさんは、娘のように思ってくれているのだろうけど、ありがたいの半分、困るの半分だ。

 だいたい、女性大好きだった人が一変、恐怖症って変わりすぎじゃないだろうか。

 確かに仕事の邪魔をされなくなって、助かったと言えばそうだけど。

 遠目でもびくびくしているのが分かる。顔見知りの女性客に声をかけられただけで逃げ腰だし、今にも泣き出しそうな表情だ。女性客からも引かれている。なんだかちょっと気の毒に思えてきた。

 ……と、突然割り込んできた電子音。携帯電話の呼び出し音だ。

 ウェイトレスさん、仕事中はせめてマナーモードにしておけばいいのにと思ったら、彼女は私の鞄を指差している。

 私は携帯なんて持っていない。不審に思いながらもボストンバッグのファスナーを開ける。出てきたのはもちろん携帯電話、それも見たことがある型。私は通話ボタンを押した。

「チャオ、ミシェル!」

 この元気な声、ソニアだ。見覚えがあるのは当たり前、これは彼女が持っていた携帯電話と同じ型だ。

「そっちはどう? うまくいった?」

 うまくいったって? やっぱり彼女がブルーノさんに喋ったのか。

 ちょっと待ってと彼女の言葉を遮り、好奇心むき出しのウェイトレスの前から逃げ出す。

 店の奥にある自分の小部屋に入って扉を閉めた。これでやっと話せる。

「ソニア、どうして私の愚痴をブルーノさんに伝えたりしたの?」

 私の言葉に彼女はくすりと笑い声をもらした。

「言ってないよ」

 思いもかけない言葉を返してくる。

じじの耳に入ったら怖いことになるもん。気付かれないうちにやっちゃうよ。ミシェルにも他の人にもね」

 怖いことってどんなことって聞いてはいけない気がした。

 やっちゃうなんて軽く言ってるが、かなりヤバめの話だと分かる。なんだか妙な汗がにじみ出てきた。

「じゃあ、誰が……」

「私だよ。私がお兄さん達に頼んだの」

 お兄さん達? 彼女は一人っ子のはずだ。そう思ってはっとする。

 空港まで運ばれる黒塗りの車の中で、男達はマロッチーニ・ファミリーの者だと名乗りはしたが、見たこともない顔ぶれだった。年齢も若そうだったし、割とくだけた格好。

 少なくともブルーノさんの近くにいるような感じの人たちじゃなかった。

「本当は私がお仕置きしたかったんだけど、縄張りの外だと何かと面倒でさ。パパに頼む手もあったけど、ブレーキきかなそうだもん」

 義父のご機嫌とりなんて、婿養子は辛いよねーと彼女は言う。

 ブルーノさんの娘の旦那さんだから、色々と複雑なのだろう。彼もまた現役のマフィア幹部と聞いている。

 彼女の言うお兄さん達っていうのもきっと……。

「にしても、ミシェル、予想外の行動とるんだもん。慌てたよ」

 レオの息子の手伝いで時間稼ぎできると思ったら、早く戻ろうとするし、おまけにヤバい奴に関わろうとするしとソニアは続ける。

 あのクレーマーもどき、銀髪の男のことだ。

 闇社会でも有名な人で、なんとかというファミリーの……って人でってソニアは説明してくれたけど、分からない上に興味がないことは右から左に抜けていく。

「お兄さん達には流血は避けてってお願いしたの。ミシェル、そういうの嫌いだもんね」

 なんでも彼らは脅しすかしのプロ。今回の彼女の頼みももちろん完璧。二度と女の子を困らせることなんてできないようにした、世のため人のための仕事だと自慢していたという。

 そういえば、ウェイトレスの話だと下半身パンツ姿だったって。一体なにをされたんだろう。聞きたいような聞きたくないような。

「やっぱショックだったのかなぁ」

 素人さんには刺激が強すぎたかもとソニアは笑っている。彼女が悪い子じゃないのは、よく知っているけど、これは少しばかり問題だ。

「気持ちは嬉しいし、助かったというのも本当だけど、こういうのはね」

 私のためだからといって、こんなことをして欲しくない。

 注意すると彼女はしょげ返ったが、ちゃんと分かってくれた。こんな風に素直なところはソニアの美点だと思う。私が見習いたいと思うほどだ。

 電話を終えて店に戻ると、すでにカミーユの姿はなかった。数日後、正式に店を辞めると連絡がきた。

 結果的にはソニアの助けが功を奏した形になった。フランス料理の修業に打ち込めるようになったのだ。

 数年後、結婚した彼が子供と奥さんを連れて、店に挨拶にきたという噂を耳にしたとき、私が胸をなでおろしたのは言うまでもない。

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