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5.お手伝い

 楽しいお喋りの時間はあっという間に過ぎ、私たちは再会を誓い合って別れた。

 墓参りも済ませたし、ヴィーノとのひと時を過して、ソニアとも会えた。

 用はこれで済んだのだが、フランスに戻る前にブルーノさんに挨拶したかった。連絡すると、客人は帰ったというので屋敷へ立ち寄ることにした。

 そこでは嬉しい知らせが待っていた。マスティフ犬、ラッテに子犬が産まれたのだ。

 すでに他の子供達は他の家に引き取られていたが、黒と茶の毛色の二頭は彼女の元に残された。ネーロとカフェラッテだ。

 母親のラッテの傍ですやすやと眠っている。まるでぬいぐるみ。

 手を伸ばして触ってみたかったが、あまりに気持ちよさそうに寝ているので、ぐっと堪えた。起したら可哀想だ。

 代わりにラッテの頭を撫でる。子供たちの傍に横になり、頭をもたげた彼女はゆったりと尻尾を振る。目を細める彼女が良い母犬であることは間違いなかった。


 さて、ブルーノさんと会って近況報告も終えた。これで心残りもない。

 早々にフランスに戻るつもりだったのだが、家で支度をしていると電話が入った。

 それはレオからのもので、私に助けを求めていた。

 何でも彼の息子がレストランを開いていて、コックの一人が急に病欠となり、人手が足りないらしい。彼自身が行ければいいのだが、ブルーノさんの食事を放って、それはできない。何とか数日手伝ってもらえないかという話だった。

 師匠の一人である、他ならぬレオの頼みだ。断るわけにはいかない。

「二日三日なら、お手伝いできます」

 フランス料理の修業を空ける日のぎりぎりのタイムリミット。それくらいなら勘が鈍ることはないし、迷惑も最低限で済むだろう。

 レオもそれを承知して、それでもいいから手伝ってくれるとありがたいと言った。


 レオによく似ているファビオは、父親をさらに柔らかくした感じで、人当たりの良い人だった。

 彼もまた腕利きのコックであり、レオとよく似たエネルギッシュな味を作り出していた。

 コックは他に一人。本来ならもう一人いて、つまり三人で埋まるはずの厨房はそれほど広くないながらも、清潔で使いやすいように工夫されていた。

 私の話はよく聞いているからと、すぐに厨房に通して調理を任せてくれた。

 まだ修行中の身である私が作って良いのだろうか。正直迷いもあったが、実際戸惑っている暇なんてなかった。

 この店は近所では有名で、席は絶えず埋まり、賑わっていた。要するに厨房はいつも慌しく、料理以外のことを考える余裕なんてなかったのだ。

 私にできるのは、この店の評判を落とさないように頑張ることだけ。今まで学んだことを発揮する場でもあった。

「あの人、昨日も来て同じ料理頼んだのよ」

「よっぽど好きなのね」

 そんなウェイトレスの話を小耳に挟んだこともあったが、常連客がいるのは良いことだ。ほとんど気にすることなく、調理に専念した。

 手伝い始めてから三日目、最終日になると、快癒したコックが戻ってきた。これで、私の仕事は終わりだ。午前中で上がらせてもらおう。そうすれば今日中にフランスに戻れる。

 最後の仕上げとばかりに調理に打ち込む。

 そんな時、困った顔をしてウェイトレスが厨房にやってきた。

「さっきのオーダー、カルパッチョを作ったのはあなた?」

 問いに頷くと彼女の眉がさらに寄った。

「いえね、お客がこれを作った者を呼んで来いって言うの。文句でもあるみたいよ。あなたはこの店の人じゃないし、ファビオさんに言ったほうが良いのかしら」

 何か料理に不備な点でもあったんだろうか。

 私は彼女に頼んで、その人の様子をこっそり見に行った。

 指差す先には長いストレートの銀髪の人。最初女の人かと思ったが声が違う。コックはまだかとウェイトレスを捕まえて、大声で怒鳴りつけている。なんだか堅気の人じゃないみたいだ。

 ブルーノさんとの付き合いがあるからだろうか。最近、そんな匂いを嗅ぎ分けることができるようになった。

 相手の正体がなんだろうと、作った料理に何かあったのなら、それは間違いなく私の責任だ。

 意を決して踏み出そうとしたとき、いきなり私のお腹に人の腕が絡みついた。腰を抱えられるようにして、実に情けない格好で連れ去られてしまう。

 悲鳴を上げる暇もなかった。黒塗りの車に押し込まれ、訳の分からないうちに運ばれてしまった。


 車が止まったのは空港の前。そこには私の荷物まで用意されていた。

 フランスに戻れと言うのだ。人さらいだと思ったのはマロッチーニ・ファミリーの人たち、つまりブルーノさんの部下だった。

 私を見張り、危険な人物に近づけないようにしたと言うのだ。


 空港に入ると、すぐにファビオに連絡を取った。

 彼は、私の声を聞いて心底安心したようだった。受話器越しにほっと溜め息が聞こえる。もう少し連絡が遅かったら、誘拐だと警察に連絡するつもりだったらしい。

 マロッチーニ・ファミリーの人たちは私と知り合いだと言い残したらしいけど、ファビオは半信半疑だったようだ。

 そりゃ、あんな風に店から連れ去られたんだもの。普通はそう思うよね。

 彼が父親の仕事先のことをどれくらい知っているかも分からない。詳しく話すこともできず、「私は大丈夫」と繰り返すしかなかった。

 結局、挨拶もせずに空港まで来てしまった。お店の人たちは良くしてくれて、色々教えてもらった。お礼だってちゃんと言いたかったのに。

 そう告げると、彼は気にしないでフランスの修行に戻ったらいいと言ってくれた。

 あの大声を出していた銀髪の客のことは、ちゃんと対処してくれたとのことだった。

 クレーマーかと思いきや、私の料理を気にいってくれて、作った本人と話をしたかったのだと言う。

 心配しなくていい、うちの店には色々な客が来るから鍛えられているとファビオは笑った。

 なんだ、ブルーノさんの部下の早とちりか。

 それにしても過保護すぎる。もう子供じゃないのに。

 加えて乱暴だ。ほんとに人さらいと紙一重。いくらマフィアだからって、もう少しスマートなやり方があるんじゃないだろうか。

 私はふくれっ面のまま、フランス行きの飛行機に乗り込んだ。

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