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4.盆休み

 三ヵ月半の貴重な夏休み。それでも三日間の休みを貰って、八月の中ごろ、フランスからイタリアに戻ってきた。

 何もカミーユのせいではない。あれから、閉店後の店で迫られて際どいところを兄弟子の登場で救われるということがあったけど。無防備だった私にも責任はある。

 にしても、料理の修業に来ていながら、こんなことまで頭を使わなければいけないのは、辛いところだ。

 さて、今回の帰省の理由は三つある。

 一つは祖母から帰ってこいコールがかかったから。

 家族揃って墓参りに行くといって聞かないのだ。なんでも日本には、この時期、お盆と呼ばれるものがあるらしい。天国から帰ってくる家族をお墓まで迎えに行く慣わしだというのだ。

 私の家族で亡くなっている人と言えば、祖父と父だ。

 面識のない祖父は生粋のイタリア人だし、父だってイギリス人だ。日本人ではない二人がそんな風習を知っていたかも怪しいところだが、母にしろ私にしろ、祖母を納得させることは不可能だった。

 結局、帰省一日目は墓参り行くことになった。

 そして、帰省の二つ目の理由。それは私が帰りたかったからだ。幼馴染にして恋人のヴィーノに会いたかったから。家も近所で幼馴染、高校の同級生でもある彼は私の情熱を理解し、応援してくれる一人だった。

 明るくて学校でも人気者の彼。家族同士の付き合いもあって、家にもよく遊びに来ていた。父を亡くしたときも元気付けてくれた。

 そして、初めて料理を振舞ったとき、君なら世界で通用するコックになれる、自信を持ってと励まされた。それだけでも十分なのに、彼は私を好きだと言ってくれた。

 例え付き合ったとしても私には料理の修業がある。傍にいられるわけじゃない。それが悪くて返事を渋る私に、気持ちは変わらない、応援しているからと誕生日に指輪をくれた。

 お互い学生なので、もちろんそう高価なものじゃない。だけど、嬉しくて料理の邪魔にならないように、ネックレスに通して身に着けた。それが私の気持ちであり、返事だった。

 休暇の二日目、丸一日を彼と過せて私は満たされた。何があっても頑張っていけると思いは一新。難癖のあるカミーユにだって立ち向かえそうな気がした。

 翌日は、帰省の理由の三つ目を果たす日。ブルーノさんの孫娘、ソニアに会うことになっていた。彼女が祖父の家の傍に住んでいたのはわずか半年ほど。

 祖父の後継者である父親の仕事の都合とかで、すぐに引っ越してしまったのだ。

 互いに生き別れるように号泣した最後の日。それから三年ほど経っている。

 久々に祖父宅を訪れるという彼女を待つのは、街のカフェだ。当初、会う予定にしていたブルーノさんのお宅はその日来客があるとのことだった。どんなお客様なのかは触れないほうが無難だ。

 先に着いた私は手持ち無沙汰だった。何もしないでいるのって難しい。どんな風に過したらいいのか分からない。

 とりあえず席に座って、カフェ・マキアートを注文してみた。久々のイタリアの味だ。美味しい。ミルクが絶妙だ。

 感心すると今度はエスプレッソとミルクの配分が気になり始めた。店員を捕まえようとしてはたと気付く。これはもう病気だなと一人苦笑する。

 再びカップに手を伸ばそうとしたとき。

「Mani in Alto! (手を上げろ)」

 鋭い声が聞こえて、背中に何か硬いものが押し付けられた。

 硬直した私は恐る恐る振り返る。

「久しぶりっ、ミシェル!」

 姿を確認する前に後ろから抱きしめられた。

 背中に感じる柔らかいむにゅっとした感触。

 ようやく体を離してくれたこの人物は、何処かで見たような女の子。携帯電話を片手に握り締めている。あれがきっと銃もどきの正体だ。

 身に着けているのは、丈の短いタンクトップに短パン。カーディガンを羽織り、サングラスをかけている。夏満喫の格好だ。

「私だよ、ミシェル。見忘れた?」

 彼女はサングラスを取って、にかっと笑ってみせた。

「もしかして……ソニア?」

 私は上ずった声で確認した。

「当たり前じゃん」と彼女は笑う。

 だって、三年前とぜんぜん違う。背丈は私を軽く追い抜いてるし、胸だって大きい。これがあの背中に感じた柔らかいものだ。思わず自分のささやかな胸と見比べてしまう。

 栗色の髪は相変わらず短い、ベリーショートだが、それだってなんだかセクシーだ。耳にはピアスまでつけてるし。

 何よりも声が大人っぽい。掠れた感じのハスキーボイス。

 カフェにいる男達の視線を釘付けにしている。

 にしても、何を食べて、こんな風に育ったんだろう。危うく真面目に分析してしまうところだった。

「可愛いネックレスつけてるね。ペンダントトップがリングかぁ」

 こういう目ざといところは変わらない。

「元気そうで良かった。じじ、ミシェルになかなか会えないんで、すねてたよ。もう一人の孫娘の感覚なんだろうね」

 彼女はくすくすと笑う。

 この喋り方、やっぱりソニアだ。私はほっとすると共に久々の彼女に舞い上がってしまった。

 だからだろう。つい前で愚痴めいたことを口走ってしまったのは。

 それはもちろん、カミーユのこと。

「何そいつ。私がいたらぶっ飛ばしてやるのに」

 ソニアは口を尖らせて、拳を握り締める。ここがフランスじゃなくて良かった。彼女なら、本当にやりそうだ。

「相手にしてないから。そのうち寄り付かなくなると思うんだけど」

 自分でも半信半疑ながら、そう口にする。

「そうかなぁ」

 ソニアもまた納得のいかない様子だった。

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