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短編集

すきまの国へ

作者: ジェルミサ

以前某所に投稿していた作品です。


ちょこっとだけ内容変えました。


 風が吹いている。目を閉じれば、目の前に広がるのは深い森。誰もが迷うその中、眠れる城に眠り続ける私の元へ辿り着いたのは一人の王子様。私はずっと夢見ていた。それでいいのだと思っていた。それが真実だと信じていた。その方が楽だったから。お姫様でいられるのならばおとぎ話では幸せになれるのだ。チョイスするおとぎ話を間違えなければって注釈もつくけど。うっかり人魚姫なんて選んでしまったら泡で終わりだ。



「そろそろ帰る?」

って、シュメットが言った。え、もう?

 私はゆっくりと起き上った。ずっと同じ姿勢で草の上に寝転んでいたからちょっと腰が痛い。くつろぎすぎたか。

「けっこう時間経ったし」

 そうかなぁ?…そうかもね。そろそろヤバイのかも。じゃ、帰ろうか。

 シュメットは犬で、かなりのおじいさん犬だったけどここでは私と同じくらいの少年だった。ここは「すきまの国」という名前の場所。知り合いのおねーさんに教えてもらった異世界だ。どうしてもやりきれない事が日常で起きた時、私とシュメットは避難する為にすきまの国に旅行に来る。


 

「隙間の国にはいくつかルールがあってねぇ。日常に戻るつもりがあるのなら、絶対に住んでる気分にならない事。そう、旅行気分がいい。

 来たメンバーと一緒に帰るのも鉄則。同じ場所へ帰るのも大事ね。隙間の国は本当に隙間にあるから、飛び越えるのは簡単なのよ、その境界って。いくつか儀式はいるけどさ。

 でも、町に出るのにも乗り物くらいは乗るじゃない?そういうもんだと思う。この例えは分かりにくいかなぁ」

 おねーさんは最初からあまり細かく説明をしてくれなかった。それなのに私がすきまの国にちゅうちょ無く飛び込んだのは私が幼かったせいも大きい。子供って無鉄砲だから。だからこそ私はこういう特別な時間を手に入れる事が出来たんだから結果オーライなんだけど。

 リュックサックを背負って、シュメットに手を伸ばした。

「行こう」

 シュメットは頷いて私の手を握った。温かいシュメットの手を感じ、閉じていた目を開けた。




 …帰ってきた。私の部屋だ。途端に口の中で鉄の味がする。そうだった。殴られて切れたんだったっけ。わき腹も痛い。足も。いや、どこもかしこも痛い。すきまの国への旅行は帰ってきたこの瞬間が辛い。こんなに辛いのに、どうして私はあの国へと逃げっぱなしにならないのだろう。

 電気もつけてないから部屋は真っ暗。と言っても闇じゃない。カーテンは閉まってないから外から他所の家の明かりは入ってくる。下からはお父さん達が見ているテレビの音が微かに聞こえる。もうすぐ「夜ご飯だよ」って妹が呼びにくるだろう。




 いじめられっ子体質というものがある。クラスに一人か二人いてその存在がクラスをまとめている、というのは学校生活の隠れた常識だったりする。私は小学校中学年あたりからどうやらその体質になってきたらしく、中2の今じゃ、筋金入りのいじめられっ子だ。今日も体育祭の種目決めという実にくだらない理由が発端で、殴られ、けられ、このザマだ。

 暗い部屋の中で見る鏡の中の自分の顔はいつもよりも更に陰気だ。幽霊みたいだ。いじめる方も最近は見えない部分だけを攻撃する事を止めた。先生がいじめ側の味方についたから余計に張り切りだしたらしい。この顔で何でもないフリを家族の前で演技しなきゃいけないこっちの苦労を少しは考えて欲しい。見えない場所に病院に行かずとも完治する程度の怪我。それぐらいの配慮が欲しい。




「マサコはもっと普通に笑えばいいのに。ここにいる時みたいにさ。昔みたいにさ。笑った方がずっと可愛いのに」

と、シュメットに言われた事がある。

 笑う?それって何だっけ。

 シュメットは犬の時は雑種でマジックでまゆげを書かれそうなおとぼけた顔の犬なのに、人の姿になると呆れるくらいハンサムだった。ハンサムな子に可愛いとか言われるとものすごく照れくさい。

「ユミコは今でもよく笑ってるじゃん。ユミコって、昔のマサコに似てる」

「似てるかなぁ?」

 私はこの話題が嫌いだったから別の話題に変える。


「ね、シュメット。旅行から帰りたくない時ってない?」

 シュメットは茶色の綺麗な目で私をじっと見た。

「帰れなくなると、泣く人がいるから」

「そうか」

 シュメットは荻原さんの所のおばあちゃんの飼い犬だ。シュメットは彼女を心底愛している。が、残念ながら彼女はシュメットを愛していない。どっちかって言うと世話の面倒な駄犬だと思っている。シュメットは大人しい犬で手なんか殆どかからないのに。無駄吠えもしないし、誰かを噛んだ事もない。

「フサコが死んだら、ずっとここにいてもいいけどねぇ。ここ楽しいし。あんまり楽しいから時々うっかり帰りそこなう気がするよ」

「…シュメットは現実を忘れないじゃん、いつだって。私はここにいると、自分が境正子だって事を忘れる事がある。だから、いつか旅行じゃなくてここに来たらあっという間に今の生活を忘れると思うな」




 あのオーディションの二次審査に合格さえしなかったら。最終審査でちゃんと笑顔を作れていたら。きっと私はすきまの国には来ていない。他にする事が沢山あるから。色んなレッスンに通う妹のようにね。それは何年か前までは私も当然のように毎日続けていた事だった。



 おねーさんに聞いた事がある。

「何で私にすきまの国の事を教えてくれたの?」

「だって、本当の旅行に行くチャンスがシュメットにはないから。私には別にパートナーがいて、シュメットを連れて行くことは出来ないから。一番初めが肝心なんだよね。でも、マサコちゃんが本当にシュメットと一緒にここにくるとは思わなかったよ。ありがとね」

 シュメットにどうして親切にするのかの理由は聞き損ねた。おねーさんのパートナーは苺のキーホルダーだった。最初が肝心っていうのは本当だった。無機物がパートナーってどんな気分なんだろ。すきまの国で困った事はまだないけど、もしも困ったら相談出来る相手がいるかどうかは重要だと思う。

 




「人間ってめんどくさい生き物だよね。自分のなわばりでもない場所を欲しがって戦争したり。テレビに出る為にわいわい大騒ぎしたり」

「しょーがないじゃん。うちのお母さん、子供の頃子役に憧れていたんだって。山田さんだって、好きで二次に落ちたんじゃないし。私だって、最終でプロデューサーが変なこと言い出さなきゃあの時ちゃんと笑えてあのドラマに出てたかもしれない。それは別にいいんだけどさ。

 山田さんが二次に落ちたのは私のせいだって勘違いして嫌がらせするのを最初に処理しなかったのは私も悪いし。ったぁ!!痛いんだから触らないでってば!」


 私と違って山田さんは本人がタレントになりたいタイプだった。残念ながらそこそこ程度の顔でしかないのに本人は何故か自分を超美少女だと思い込んでいる。彼女の取り巻き共もいい加減な人間ばっかりだから彼女の誤解を否定もしてやらない。数々のオーディションを未だに受けまくっている山田さんが唯一勝ち上がってきたのがあのドラマのオーディションだった、というのはいじめが始まって割とすぐに知った。


 大体さ、自己アピールで私のすぐ後の順番なのに私より下手に私が歌ったのと同じの歌ってどうするのよ。それって私が悪いわけ?アカペラなんだから、その場で違う曲にしろよ。1曲しか持ち歌ないなら先にこっそり教えてよ。こっちは何曲も嫌になるほど練習させられてたんだから別にあの歌じゃなくても良かったんだから。しかもあのレベルで歌うってのがイタイわ。イントロから音を外してどうするのよ。

 あぁ、腹立つ。歌じゃなくてタップダンスかバレエにすれば良かった。めんどくさがらずにバイオリンを持って行けば良かった。どっちにしろ山田さんのレベルじゃ二次に奇跡的に受かっても三次で落とされてるだろうけど。山田さんはあのオーディションが最終審査まで入れたら六次審査まであったなんて知らないからな。教えてあげた方が親切なのかな。出来レース以外のオーディションがいかに大変なのか。大きなお世話か。どうせ受かるわけがないんだし。山田さんは顔も残念だが、オーラが足りない。選ばれる子独特の雰囲気が一切ナイ。合格する子はどこか「なるほどな」と言わせるオーラを持ってる。



「お母さんびっくりするよね、マサコの顔見たら。うわ、こっちも切れてる」

「だから痛いんだって!!触らなくていいから!

 最近は私の顔なんて見ないよ。ゆみちゃんに夢中だからね。何てったってレイコキクモトベイビークラウンの専属モデルだよ。…お母さんは普通の娘ならいらないんだ」


 泣きそうな顔をした私をシュメットは痛いって言ってるのに構わずにぎゅうぎゅう抱きしめたっけ。すきまの国では他者、私の場合はシュメットだけど、彼から触られない限り、現実世界の傷も痛みも忘れていられる。他者と触れ合った時は現実世界とリンクするらしい。私が勝手にそうなのかなって思ってるだけだから実際は違うかもしれない。すきまの国は人口が少ないのか、他人に会う事が殆どないから確かめた事がない。何時でも穏やか。のどか。


 レイコキクモトベイビークラウンはフレンチスタイルの上品な子供服で、セレブのお母さんに大人気のブランドだ。レイコキクモトが初めて出した子供服で、その記念すべき初代モデルにゆみちゃんは選ばれた。百貨店の子供服売り場に行けば、どどんとでっかいゆみちゃんの写真がばんばん貼られている。時には地下鉄の駅なんかにも。雑誌にも載っている。看板商品である紺色に白襟のワンピースはすごく上品だ。

 お受験も発表会も結婚式もこの二年レイコキクモトベイビークラウンが一人勝ちらしい。タグに刺繍されている王冠をかぶったクマはそのままぬいぐるみとして非売品のノベルティにもなっている。

 うちはゆみちゃんのおかげで年間200万以上買った顧客しか貰えないはずの銀色のマントをはおったベアが居間に飾ってある。


 羨ましいのかな。自分があの場所に立ちたかったのかな。子供ミュージカルでも最終審査までで結局役に選ばれた事のない私にはあの世界の本当の厳しさは分からない。ちょこっとモデルをやったり映画の端役をやった事があるだけだ。きらびやかだけど、大変。あの世界から逃れられたのにほっとしている私がいる事も確かだ。





 うなだれて小さくなっているシュメットに、声をかけた。


「旅行に行く?」


 シュメットは茶色の目で私をじっと見つめた。犬も人型でもシュメットの目だけは変わらない。いつだってそう。透きとおるような純粋な目。多分、人間は育っていくうちに失う光。私にはとっくに無くなった光。守ってあげたいって思う光。


「行ったきりになってもいいよ。二度と帰らなくてもいい。一緒に行く?」


 黒い服の人が出入りする家の庭の片隅で私はシュメットの頭をなでていた。庭の片隅に勝手に中学生が一人入り込んでも誰も気にしない。一応制服を着てるからかな。私別にこの家の親せきとかじゃないんだけどな。単なるご近所さんでしかないんだけど。

 人型じゃないから泣けないシュメットの代わりではないけど、私の目から涙がこぼれて地面へ吸い込まれていった。


 彼の欲しかった優しく撫でてくれる腕を持った人はもういない。シュメットは本当に本当に彼女を愛していたのに。世の中って本当に上手くいかない。


 あぁ、そうか。私なら出来たのに。おばあちゃんにシュメットの気持ちを言う事が出来たのに。彼の想いをすきまの国で何度も聞いたんだから。どうして思いつかなかったんだ。伝える事が出来なくなった今はもうどうしようもないのに。棺に向かって叫べば届く?いや、きっと無理だ。




 シュメットが寂しそうに鼻を鳴らした。うん。行こう、すきまの国へ。


シュメットが特別なわけではなく、家で飼われている動物は飼い主さんの事をひたすら愛して大事に思っていることが多いです。

もし、あなたの家にペットがいるのなら、決していつでもケチらずに「愛してるよ、可愛いよ」って言ってあげてください。


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