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ソラのお仕事 ~浮遊大陸観光案内所受付嬢のいつもの一週間~  作者: 玉部×字
Day 2

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5/5

火曜日にはサスペンスもあります


「あーん、また点かなくなっちゃった」


 観光案内所の朝、いつものように羊獣人クリソのミミ先輩の声が上がります。


「どったのミミちゃん?」

「困りごとでありますか?」


 颯爽と向かった2人――馬獣人ケンタウルのルイン先輩と犬獣人ケルベルのリロリ先輩。

 羊と馬と犬の獣人のお三方がちょっと古臭い浮遊大陸のpcを弄っています。


「まーた毛が絡んだかな?」

「うーもっとトリートメントしないと駄目かなぁ」

「毎日一本使うつもりでありますか?」


 羊獣人クリソは髪の毛くらいしか人との違いはありません。

 けれど髪は本当に凄いです。量も長さも生える速度も、抜け毛も切れ毛の量も。


 私は先輩方の話に聞き耳を立てつつ掃除をしています。

 既にミミ先輩のものと思われる毛を掃くこと10本以上。しかも長くて丸まる癖が強いため機械のファンには良く引っかかり易いのです。


「ミミちゃん。トリートメント増やさなくてよさそうだ」

「え?」

「ほら、電源タップの電源入れないと点かないよ」

「タップの電源?」

「ああ! 省エネでこの間導入したであります」


 どうやら解決したようです。

 私はそのまま掃除を続行。


 観光案内所の朝は早いです。

 開扉し、お客様を招く30分前には着替えて受付に入らないといけません。

 団体の方々と一緒に共有部分の掃除。そして受付周りは拭き掃除も。こんなところで魔法を使わせてはくれませんし、地上の機械も最小限しか許されていません。必然私たちの掃除方法は箒と雑巾と原始的なのです。


「ソラ、そこやるからどいて頂戴」


 同期の牛獣人ミノスのセーアが話掛けて来ました。

 雑巾がけのしゃがみこんだままです。


「へ? セーア。いいですよ。私がやるので」

「あんたじゃ時間掛かるんだもの。いいから、ぶるぁぁぁぁ」


 しゃがんだ姿勢で、私の前の2mはある長椅子を片手で持ち上げてしまいます。


「ほら、危ないでしょうが。どきなさい」

「わっ、わっ」


 そのまま長椅子の下を雑巾がけしていきます。

 牛獣人ミノスは見た目は角くらいしか獣成分はないのに、力がかなり強いのです。


「ぶるぁぁぁ」


 と声を上げ、持ち上げ、拭いて、声を上げ、持ち上げ、拭いてとお客様の待合用の長椅子の下をどんどん磨いていきます。


「ご、ごめんなさい」

「何謝ってんの? 適材適所」

「うん、ありがとう」

「はか? 何感謝してんの? 適材適所って言ったでしょ」


 セーアはつんけんとした口調で誤解されやすいですけれど。

 良い子です。何せ今、顔が真っ赤なのですから。


「それより、あんたは、あれ起こして」


 セーアの赤いツインテールが揺れました。

 勢い良く振り向いた先は、私の隣の受付。そこに寝ている青銀色の猫――の獣人。


「え? あ、マルさん。また寝てる」

「朝礼までに起きてないと怒るでしょ所長。もう胃が4つともひっくり返るわよ」

「胃って、牛獣人ミノスは身体は普通じゃ?」

牛獣人ミノスジョークなの。思わず先祖返りして反芻して胃の中身全部ぶちまけるくらいビビる――って解説させないでくれる? ほら、お願いよ。ソラ。あの子。私には爪出るんだもの。あ、時間時間。朝礼始まるわ」


 マルさんはすぐ寝ます。そして寝起きは機嫌が悪いのです。

 勿論、私にも爪が出たことはあるのです。

 とはいえ、所長は私も怖いのです。

 どちらを取るかと言われれば当然――


「マルさんマルさん。起きて下さい」

「んー」

「ほら、朝礼の時間なんですよ」


 駄目です。うんともすんとも言いません。

 猫獣人ワーキャット齧歯獣人ワーラットと並ぶ獣成分の強い獣人。

 さすった背中の毛。少しひんやりとすら感じる毛並みの下。ごつごつとした筋肉の

隆起は間違いなく肉食の、肉体一つで狩りをする動物のそれです。私如きひ弱な人間の手ではマッサージにすらならないのです。


「むにゃむひゃ」

「仕方ありません」


 なのでマルさんを起こす唯一の方法は――大声。


「起きて下さいっっ!」


 ただこの方法は周りを驚かせますし、裏に居る所長にも気付かれます。


 多分気付いてしまったのでしょう。

 まだ、少し早い時間ですけれど、かつかつと足音が裏から聞こえてきました。

 そのうえ、マルさんはまだ起きてないです。髭がちょっとぴくりとしただけ。


「わわ、セーア。両耳に行きましょう」

「ええ? んまあ、仕方ないわね」

「せーの」

「起きろ!」

「起きて!」


 その声と同時に事務所の扉が開く音がしました。


――怒られる


 そう思って固まった私たち。飛び跳ねるように立ち上がったマルさんの頭がセーアと私の顎にクリーンヒット。


「ぐお」

「ったぁ」

「――っっ!」


 3者ノックアウト。

 ただ痛がってる余裕はありません。


 何せ扉は開いたのですから。

 一番向こうミミ先輩の受付の向こうに赤いベレー帽が目に入ったのですから。

 私もマルさんもダッシュで受付の前に並びます。


「おはよう小娘たち」

「おはようございます!」

「声が小さい!」

「おはようございますっ!」

「ふざけるな。大声出せ! アレの日か!!」

「おはようございますっっっ!!」

「よろしい」


 所長は今年33才、この所内で唯一の浮遊大陸の世界遷移の経験者。

 そう昔の戦乱の世を知る人で――元軍人です。


「知らせによると、本日08:20《まるはちふたまる》にてきは250人来所《襲来》するとのことだ。つまり昨日もビックブラックは満員であった――だというのにだっ!」

「また、始まったよ」


 私の隣――猫獣人ワーキャットのマルさんがぼつりと呟くと緊張が走りました。


「誰だ! どの小娘だ! 真紅ヴァーミリアンの手先の股割れか! ぶっ殺されたいのか!」


 怒り心頭で練り歩く。

 私たち6人の顔を見ながら

 つかつかと音を立てて。


「答えなし? 科学者の双子か? 上出来だ。乳がもげるまで絞り倒してやる。鼻の穴からミルクを吹くまで絞り倒す! 喋ったのはミッシェル貴様の乳袋か!」

「ち、違いますっマム!」


 最初に狙われたのはミミ先輩。

 所長の額が付くほど詰められてます。

 所長の鋭い視線が至近距離――私なら軽く涙が浮かんじゃうでしょう。

 ミミ先輩も、ふわふわの髪がしなしなになってしまってます。


「クソ駄肉! 貴様の駄肉か!」


 次はミミ先輩の隣、ルイン先輩へスライド。

 目の前に来た所長に対し、蹄を鳴らして姿勢を正します。

 けれど、私やミミ先輩とは違い恐れている様子はありません。

 頭の上から飛び出るような小さい耳を立てて、堂々としています。


「違いますっマム! 私より右側から聞こえました。オーバー」


 冷静な方で一回り歳が上の所長相手にも、いつもしっかり反論します。


「こっちかぁ?」

「はぁ――いつまでやんの、これ?」


 隣から聞こえて来た声に、私のただでさえ伸ばしている背筋が更に伸びました。

 もっと早く起こすべきだったと、後悔です。


「そっちのクソか。勇気あるプッシーキャット。正直なのは感心だ。だが――何度も言わせるな! 貴様は口からクソを垂れた後に”ニャ”と言え! 分かったか?!」


 背の高い所長がほとんどお辞儀をするような角度で腰を曲げて、マルさんの狭い額に額を擦りつけて脅します。


「えーはあ、頑張る」

「ニャだっ!」

「ニ、ニャ」

「ニャーーーっ! これが猫の語尾だ! やってみろ!」

「ニャー!」

「ふざけるな! それでてきが満足する《やれる》か! 気合いを入れろ!」

「ニャーーーーーーっ!」

「可愛くない、練習しとけ」


 マルさんから所長が離れて、ようやく終わったと思いましたけれど。


「次、長耳女。貴様の言い訳は?」


 何故か私の目の前に来ました。


「な、なんのことでしょう?」

「アホ! 耳糞詰まったか? 相手に質問するのは私の役だ!」

「イエスマム!」

「昨日の言い訳はないのかと聞いている!」

「え、ええと、あーそのーははは」


 何も答えが浮かびません。

 私何かやっちゃいましたでしょうか?

 と言っても多分怒られるだけ。


「続けてよろしゅうございますか?」

「イエスマム!」

「最初の客に何時間かけた?」

「あ、ええとそれはその。質の高い案内でお客様を満足させるようにと」

「私のせいか!」

「イ、イエス」

「何だ? 私がドン亀接客の指示したクソ馬鹿と罵りたいのか!」

「ち、違い――」

「違う? なら何故早くてき処理しまつしない?」

「それは――その――」

「おかしいか?」

「いえ」

「その胸糞悪い笑みを消せ!」

「は、はいっ」

「早くそのぷにぷにの頬に伝えろ!」

「頑張ってます!」


 私はまだ半人前というのもあり、良く怒られています。

 実際、個人観光のお客様は全体の3割程度。とはいえ、それでも毎日50人近くはいらっしゃいます。

 私たち受付嬢6人で8回転は必要です。

 そのうえ、最初の日に観光計画を決め切らないお客様や団体ツアーから離れて個人観光に切り替えるお客様もいらっしゃいます。

 とにかく早く仕事をしないといけないのは間違いないのです。


「小娘ども今日こそてきを満足させ《撃退し》る受付《兵器》となれ。そしてゲーゲロ評価☆5《勲章》という金星を掴め! それまではウジ虫と思え!」

「はいっ!」

「現時刻0818《ぜろはちひとはち》を持って作戦開始! 出迎え準備!」


 こうして朝礼からの解放――もとい、本日の接客業務の始まりです。



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