浮遊大陸だって月曜日は憂鬱3
冒険者とは観光の方々の案内役件見張り件守護者。
観光客に現地を案内し、観光客が無法を行わないよう見張り、観光客を危険から守る存在です。
別に冒険はしません。単にウケがいいからそう呼んでいます。
ただ、その名に恥じない戦闘能力を有している方々です。
「しょ、召喚! 許されるんですか」
「ええ、規則的には問題ありません」
「やります! やりたいです!」
「では少々お待ちください」
椅子から立ち上がり、後ろへ振り向きます。壁一面の古びた棚には、水やらコップやらの備品、pc導入前に使われていた観光用パンフレット。
そして、この本棚に相応しい古びて色褪せた赤の装丁の分厚い書物。
その内の一冊を取り出して受付に戻ります。
「あーそれが魔術書って奴ですか!」
「はい、冒険者を呼び出すための書物となります」
「ふふっ、それじゃあ冒険の書ってところですかねぇ」
中はお客様には読めない文字と魔法陣で隙間なく埋められています。私もさっぱり分かりません。
分かっているのは内容だけ。そこには冒険者の名前とステータスがあります。
ステータスといってもパラメータ的なあれではなく。呼び出し可否、今後の予定、主にスケジュールについてです。
今回呼び出すのはページの頭の方、何故ならもっともランクが高い冒険者。それもパーティを組んでいるからです。
「一週間で、戦闘可能となりますと――ランクが一番上の一行しか受けられません。当然、お値段もほうも相応に張りますが宜しいですか?」
「最高等級! S級、アダマンタイト級――いや、エリートでしたよね?」
「え、ええ、はい、そうです。合計9つのパーティのみがエリート冒険者一行として登録されておりまして、現在ここに呼び出せるのは――2つのみです」
「よかったぁ2パーティも空いてて。ラッキーですねぇ」
「はい、観光案内以外も忙しい方々ですので。本当に――」
しかも、2つのパーティは割りと話を聞いてくれる方々。
お客様第一で、多少無茶な依頼もこなして頂けます。
問題はどちらをお勧めするか? ですけれど、これは簡単でした。
「私がお勧めするのは”盾”というパーティにございます」
「盾! 守ってくれそうですねぇ。それでお願いします!」
「はい、ありがとうございます。では、書をお持ちになって下さい。立ち上がって、こちらのページに手を当てて、書をこちらの方向へ向けながら――」
受付の左側の空いたスペースに向いて頂きます。
書のページの下にある魔法陣に手を当てて頂き、呪文を伝えます。
『ダレト ベド ダウ』
唱えると空いたスペースの床から光が発されました。
その光は移動しながら、ページに描かれた魔法陣と同じ模様を描きました。
中からは盛り上がるように、せりあがるように、4つの白い影が浮かんで人型の形を為すと――
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! いやぁ、お客はん運が良いでぇ。儂がこの盾のリーダーマノリトや。マモさんで呼んでぇな? かんっぺきに守ったるで。ま、少々こっちのほう掛かりまっせ?」
それは両手を開いておどけた、齧歯獣人でした。
浮遊大陸の獣人種の中でも、もっとも獣に近い種類の方です。
全身が短い毛に覆われた二足の獣が、人のように言葉を話す――本来ならば幻想的で感動するところですが。
だらしなくも見える丸みのあるフォルムは中年のそれ。ガラの悪い地域特有の訛りも翻訳されて伝わってしまい――なんというか品を感じません。
「おい、どうすんだよ。リーダー。空気凍ってるって」
「マモさんさぁ。だから、やっぱ駄目だろその挨拶」
「待て待て、この空気儂のせいか? 前のお客はんが言っとったやろ? これが地上じゃ定番の召喚時の挨拶やって! なぁ聞いとったろ? お客はん。どうなんや? 受付の姉ちゃんは? 知らんか? 合っとるよなぁ?」
「いえ、多分挨拶では――」
「ええ? 違う? お客はんどないや?」
「え、ああ、まあ、大分オールドスタイルな気もしますけど」
「ほれみい! 儂が正解なんじゃ!」
小柄でたるんだ身体を精一杯大きく胸を張るマモさん。
勢いに押されてる感はありますが――悪印象ではないように見えます。
冒険者とお客様は長くいるため、時折問題も起きます。
こんな感じではありますが、こんな感じだからか、盾はコミュニケーション能力が高いパーティです。
浮遊大陸のサービスの満足度を数値化するゲーゲロ評価でも4,5を超えます。
大丈夫そう――という感触がありました。
「えーと、こう見えてエリート冒険者パーティ”盾”の方々です」
「ちょ、受付さん。酷いよ。私はちゃんと見えるでしょ! あ、私はコフィ。見ての通り鳥獣人だよ。飛べるし、目もいいの。周りの警戒は任せてね」
「儂がリーダーのマモさんや。このぷりちーなぼでぇでしっかり守ったるさかい。傷一つお客はんにはつかんでぇ。安心しぃや」
「マモさん。さっき紹介したじゃんか。それにあんたはヒーラーだ。身体張って守るのは俺らの仕事。俺はベン、こっちの無口なのがギャスパー。まあ、俺らがいる限りヒーラーの出番なんてこねぇから。ぶっちゃけ二人で十分なのよ」
「あ、じゃあ私も一人で十分でーす」
「だー何ぬかしとんねん。儂の前に立つなどあほっ! ギャスパーまでヤメヤメ! 儂がリーダー様やっ! ほんま偉いすんまへんなぁ。マジな話。儂らそんくらい強いでんがな。じゃあ、受付の嬢ちゃん今回の案内書を――」
コフィさんは鳥獣人の女性。メンバーでは一番若いでしょうか。
マモさんと違って人よりの獣人で、鳥っぽさは羽くらい。人より長い手から、後ろに鳥のような羽の生えてます。胸が大きく、全体的にほっそりとした羨ましい体形。羽と髪の毛は緑色で、オーソドックスな鳥獣人です。
ベンさんは短い角が2本生えた牛獣人のベテランさん。ギャスパーさんは普通の人で、二人とも鎧を着込んで大柄の頼もしいタイプです。
この4人をお客様は舐めるように見て、私に視線を戻しました。
何か不満げな顔に見えます。
何か見落としがあったのでしょうか。
「もしもーし? 嬢ちゃん。その年でもう耳遠くなったん?」
「え、いや、すみません。ちゃんと耳――はっ耳っ!?」
思わず口にした、その言葉で自らの愚かさを思い知りました。
山田様も私が気付いたとご理解されたようで、ようやく一言発されました。
「もう一パーティいるんですよね?」
「――はい」
「その――大丈夫ですか?」
「いえ、問題はありません」
「――じゃあチェンジお願いします」
「待て待て待て待て! なんやチェンジってありかいな!」
「失念しておりました。申し訳ありません」
「ちょ、ちょっと、嬢ちゃん! え? 何? 了承する流れ?」
「あーあ、マモさんのせいだぁ」
「え、あ、おい、嬢ちゃん、ちょっと本から手離しいや! 戻さんといて!」
「はぁ、久々の案内仕事だったのになぁ――リーダーの挨拶のせいじゃんよ」
「ちっちがっ! ねぇ、お客はん、お嬢ちゃん。待って。今月厳しいねん! 頼むわほんと完璧に案内するで? なぁなぁなぁ!」
「大変申し訳ありません。皆さんでは完璧になれないのです」
「何がやっ!」
「それでは――」
私は冒険の書を持ち帰還の呪文を唱えました。
『ラメド カフ タウ』
4人の足元の魔法陣が再び光り。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
マモさんの叫びとともに吸い込まれて、帰って行きました。
「えーと、それではもう一つのエリートパーティを――」
「すみません。度々我がままで」
「いえ、元来、先に確認すべきところでした。申し訳ありません」
完全に失敗しました。
無意識にもう一つのパーティを外していました。
実のところ少々苦手なのです。
ですから山田様のもっとも重視するであろう条件を失念してしまいました。
「次は私が呼び出させていただきます。何分、五月蠅い方々ですので」
先程と同じ呼び出す方の呪文を唱える。
先程と違い受付の内側の、専門に用意されたスペースにです。
同様に現れる魔法陣から、現れたのは大きな6つの影。
「召喚完了! 観光案内所と確認! 整列! 点呼!」
「1っ」
「2っ」
「3!」
「4ぃ」
「5ぉ」
「よし! 休め! 09:13《マルキュウヒトサン》 現着」
現れるなり、所内に響き渡る大声で点呼を取る6人。
一糸乱れぬ統率、足を入れ替えるごとに”ざっざっ”と小気味の良い音。
全員揃ってカモ柄の服の上から黒い金属のボディアーマーを付けた姿。
ノリも含めて軍隊のような方々が――爪の方々です。
「爪の皆さん。よろしくお願いします」
「はっ! 気を付け! 総員、受付嬢殿に敬礼!」
「よろしくお願いいたしますっ!」
「休めっ!」
「此度の観光計画と案内対象はどちらでありますか!」
「あ、はい、こちらの山田様になります」
「はっ! 気をつけいっ! 山田殿に敬礼!」
「よろしくお願いいたしますっ!」
「初めまして、自分は”爪”部隊長のトゥイン・プラットであります!」
「ひ、ひぃ、よ、よろしくお願いします」
一人だけ赤いベレー帽を被ったトゥインさん。
割と細身の美形なのですが、山田様と並ぶと頭1つ半ほど大きいです。身長は2m近くあるでしょう。
それで”爪”の平均的身長です。
「よし! 各々自己紹介!」
「前衛担当ルピタであります」
「セナイダです。早さには自信があります」
猫獣人のお二人。
猫獣人も齧歯獣人と同じく、かなりの獣よりの種族です。
もふっとした黄色い毛に黒い斑点、細身のしなやかな身体付きはハンターのよう。
早さに自信あるのも頷けます。
「ドゥクであります」
「ドゥヌであります。空は我らにお任せください」
鳥獣人のお二人。頭髪と羽の色がカモ柄です。
少し背が高く、ただでさえ細い身体が更に細く見えます。
この4人のスピードで奇襲や攪乱を得意とする――攻めのパーティ。
幾多の死線を潜り抜けた巨体の5人の威圧感。
山田様も気絶寸前――かと思いましたが意外と大丈夫そう。
「クロエです! 些少の傷なら直せます!」
最後のクロエさん――の大きな長い耳のお陰でしょうか。
彼女は”爪”の中でも一番大きい身体をした耳の長い人間です。
一人だけ大きな鎧に盾とモーニングスターという圧しかない装備。
「ど、どど、どうも、こここちらこそ、よろしくお願いします」
今までとは違う感じのどもり方。
目がハートマークになってそうな声になってます。
やはり、本物の大きな長い耳の魅力には抗えない様子です。
「打合せを行いますので、少々お待ちを。ルピタ、セナイダ、クロエ。不要な山田殿への接近があれば排除しろ」
「はっ!」
山田様は大丈夫でしょう。
問題はどちらかと言えばトゥインさんです。
「どうでした? 受付嬢殿。僕の部隊長ぶりは」
「ええ、いや」
「姉上は見ていてくれてますでしょうか? 今どちらに?」
「ああ、奥にいますので。見てるかと」
棚の上の監視カメラを指差しました。
と、トゥインさんはカメラに向かって手を振って「姉上」と声。
先程までの威圧感あるきりっとしたイケメンはどこへやら。涎を垂らし兼ねなない
だらしない表情です。
姓がプラット、つまりトゥインさんはリンカ所長の弟です。
そして見ての通り、トゥインさんは重度シスコン。
「ちょっと裏――いいですか?」
「駄目ですよ。業務中です。叱られますよ」
「うほっ、姉上に叱って頂けるなんて――」
「ちょ、駄目ですって。二度と喋ってくれなくなりますよ」
「そ、それは――流石にご褒美」
「いや、そんな――ええと、じゃあ所長の立場が悪くなります」
「何をそんなバカな。姉上ならなんとでもするでしょう」
「待って。今週は爵の視察があるんです。カメラのデータも見られるかも。そしたら所長が怒られちゃいますって」
「姉上が怒られる? しかもそれを僕は見られないですって? なしですね。なし。僕の知らないところで、見たこともない姉上の姿があるだなんて断じてなし!」
「はぁ」
本当に非常に残念な方なのです。
黙ってて、且つ、所長と絡まなければ――
勿論エリート冒険者パーティですから、実力は折り紙付き。
仕事に関しては問題ない――はずです。
「こちらが、今回の観光計画書です」
「ほう、ボナンザ中央連峰。いや、そうなると。やはり一週間丸々――受付嬢殿! 我々をそれだけ使うということは、その、報酬がかさみますが」
「了承済みです。支払い能力も確認しております」
「はっ! 失礼いたしました」
「それと、出来ればでいいのですが。目の前で戦闘をして頂けると喜ばれます」
「なるほど――善処します。が、あのあたりの魔物では我らから逃げてしまうことがほとんどかと思われます。戦闘というより狩りになりますが――いえ! 何とか戦闘を成立させてみます」
「お願いします。書類はこちらに」
「長旅で遠出となります。ギルドにお願いしてもよろしいでしょうか?」
「承りました。では、ではこちらにサインをお願いします」
「はっ!」
観光計画書にサインを頂いて私の仕事は一応終わりとなります。
これからは彼らの番です。
「山田殿、正式に契約が結ばれました。改めてよろしくお願いします」
「はい、お願いします」
「では現時刻09:20《マルキュウフタマル》を持って作戦開始。ドゥク、ドゥヌ、ルピタ、セナイダ! 扉の安全を確保しろ! クロエは私とともに山田殿の護衛。身を呈して守れ!」
「はっ」
「はい!」
「えっ、あ、あのっ?! この外ってそんなに――危ないとか?」
「いえ、まったく。ご安心下さい。エスパスはかなり治安がいいです。日本で言えば六本木より治安が悪い場所はありませんし、魔物もそこまで凶悪なのはおりません」
「いや、でもあれ。特殊部隊みたいな」
「そういう方々なので」
扉に陣取った4人は壁を背にして。2人が扉のノブに手を伸ばし、2人がいつでも飛び出せるようにナイフを手に構えています。
確かにまるで今から突入するかのようです。
「部隊長! 配置完了!」
「よし! 3,2,1――ゴーゴーゴーゴーゴー!」
トゥインさんの掛け声で、勢い良く開扉。
猫獣人の2人が目にも止まらぬ速さで外に飛び出します。
「きゃっ!」
「うわっ、なんだなんだ?!」
往来に居た人の軽い叫び声は、鳥獣人の2人が飛び立つことで更に増します。
「地上クリア!」
「上空クリア!」
「よし、警戒状態のまま待機! では山田殿。参りましょう」
トゥインさんとクロエさん。
大柄な二人によって塞がれていた扉の向こうが、開かれました。
「それじゃあ、行ってきます」
山田様はそう言って、一歩外に踏み出します。
もはやコンクリートも機械もない、本当の浮遊大陸の景色へと。
木と漆喰と石の壁を持つ切妻屋根の建物が並ぶ街では今日も人が行きかう。
肌の色だけでなく、姿形まで違う人種の集う街。
下肢が馬の獣人が二輪の客車を曳いたり
羊のような、ふわふわの丸まった自らの髪で糸を紡いだり
手から翼の生えた獣人が郵便物を入れた赤い鞄を首から提げて飛んだり
耳の長い人たちが行きかう。
見上げれば、どこまでも広がる青い空。あまりにも近い太陽。澄み渡る空気。
大陸の外に見えるは白い雲平線。
上にも前にも下にも、あらゆる場所に点在する浮島たち。
そして頭上には優雅に泳ぐ龍のような、空を飛ぶ鳥のようなエトピリカ。
「うわあああ――凄い」
他の先輩受付嬢に話を聞くと、一番好きな瞬間はお客様の帰り際――そういう声が圧倒的です。
『ありがとう』
『楽しかったよ』
なんて仰ってくれるからだからだそうです。
けど私はこの瞬間が一番です。
子供のような声を上げ、満面の笑みで口角を上げ、元気一杯に両手を突きあげる。
ゆっくり悦びを噛みしめて、しっかり地面を踏みしめる。
感動に震えるお客様を見れば、私も旅立つかのようなワクワクを感じてますから。
そんなお客様の背に向けて――
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
と言う瞬間のために働いております。




