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ソラのお仕事 ~浮遊大陸観光案内所受付嬢のいつもの一週間~  作者: 玉部×字
Day 1

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2/2

浮遊大陸だって月曜日は憂鬱1


 浮遊大陸――1999年、成層圏に現れた陸地には様々な生物が住んでいました。

 動物も植物も、知的生命体もです。


 そして20年の月日が経って、浮遊大陸は地上から観光客を受け入れたのです。

 ただし一日500人まで。年に15000人。滞在期間は1週間。


 受け入れ空港は東西に一つづつ。

 東はサマーデイ大陸のバースデイ空港。

 西のエスパス大陸のワゾー空港。


 浮遊大陸は地上とは色々違うため、観光客は厳密に管理されます。

 まず、空港に降り立つと、併設されたコンクリートの味気ない施設で検疫。

 浮遊大陸に地上の菌、ウイルス、植物の種等を持ち込ませないためです。

 一日かけて徹底的に防除され、衣服も鞄も財布もここに預けるのです。


 そして翌朝、空港から出――ることは出来ません。

 最後の関門が待ち構えてるのです。


 ワゾーなら向かう先は、石と漆喰と木の柱のむき出しの赴きある大きな建造物――エスパス観光案内所。

 250人をゆうに収容できる案内所の重厚な両開きの扉。


 開かれた扉の中でお客様を待っているのは――

 暗い色の石床に、毛の短いしっかりとした赤い絨毯の上。

 淡い空色の制服を来た出迎える若い娘たち。


 あるものは頭から角が生えていたり、あるものは頭上に獣のような耳があったり、またあるものは横に長い目立つ耳を持っていたり。

 地上では見ることのない種族もいる、私たちが受付嬢が出迎えます。


「ようこそ、浮遊大陸へ!」



 朝の8時20分の扉の前での出迎えの挨拶が本日の就業の始まりです。

 お客様は本日も満員250名。全員支給の白ローブでいらっしゃいます。

 観光客と人目で分かるように、また、地上の物を出来得る限り持ち込まないように配られたもの。

 非常に軽く着心地のいい、それでいて丈夫な地上で言うところのシルクとリネンを合わせたような――魔法生地と言われているものです。

 といっても羊獣人の毛製で、魔法で作っているのと厳密には違うそうですけれど。煌めく白い生地は魔法で出来ていると言いたくなります。


 ただ、そんな美しい生地も、観光案内所の人間としては緊張しちゃいます。

 このローブを着ているすべての方に”安心安全な楽しい観光”を案内することが、私たちの使命だからです。


「団体ツアーの方はこちらの部屋へお越し下さい!」

「個人で観光される方は案内札を受け取られたら、お好きな場所にお座り下さい」


 観光案内所は3つに別れます。

 中央から入って来たお客様がまず来るのがここの大きな部屋。

 壁だけで仕切られた向こう側が団体向け、こちら側が個人向けの受付です。それと個人向け受付の後ろは扉があり、中には事務所があります。


 私の担当は個人ツアーの受付。

 6つの受付の一番左、一番新人の位置に座ります。

 前に並ぶ長椅子の空きは半分ほど。大体50人が今日のお客様の数です。

 いつもと変わらない数です――つまり結構忙しいってことです。


「では番号札6番でお待ちのお客様、こちらの受付にどうぞ」

「は、ひゃいっ!」


 本日の私の最初のお客様は緊張の御様子。同じ側の手と足が同時に出るぎくしゃくとした動きです。

 多分、30才くらいの男性。中肉中背。アジア人、肌の色から極東でしょう。歩き方は大きくはありません。緊張が強いですし、顔立ちからも日本人と見ました。


 つぶさに観察します、一挙手一投足、情報を拾わなければいけません。

 そう、既に観光案内は始まっているのですから。


「どうぞ、お座り下さい」

「あ、ありがとうございます」


 やはり日本の方です。

 言葉はインカムで私が一番わかる言語に魔法で翻訳されているので分かりません。けれど、腰が低く、促すまで座らず、無防備に椅子の横にリュックを丁寧に置く。

 座ってから小さく「こんなに早く呼ばれるなんてラッキー」と呟いてガッツポーズする仕草――確実に日本の方です。


 日本の方は案内をするのが非常に楽――もしくは非常に難しい。

 両極端な方が多いというのが当観光案内所での定説となっています。


 素直で自己表現が控え目、分からないことは相手にプロに任せる、そもそもツアーに入ることが多い。というのが楽な理由です。

 ただ、私は個人観光客担当。既に一つ楽な理由は潰れています。


 そしてお客様の顔立ち――申し訳ないですけれど平凡。唯一浮遊大陸に持ち込んでいい私物のメガネも、やや不安を高めます。


「本日のご案内させていただくソラと申します。よろしくお願いします」

「お、願いします」

「まずは昨日はお疲れさまでした。施設に検査で一日閉じ込められて、体調に変化はございませんか?」

「は、はい」

「良かったです。無理はしないようお願い申し上げます。何かありましたらすぐ遠慮なくおっしゃって下さい」

「だだだだ、大丈夫でふしっ! つっ」


 噛みました。

 非常に緊張されてる御様子のお客様。そんな時にと、私の右手のデスクの上にある水差しから水を注いでお出しします。


「浮遊大陸の美味しい水です。どうぞ」

「あ、あ、ありがとうございます」


 紙コップを一息に呷って、大きく息を吐く。

 顔の赤みは取れ、どうやら落ち着いた御様子。


「いや、すみません。その、緊張しちゃいまして」

「皆さま初めての場所ですから、緊張なされます」

「ああ、それもそうなんですが――その」


 と、そこで気付きました。

 お客様の視線は私の目を捉えていなかったことを。

 少し外側を見ています――こめかみのさらに外側を。


「まさかこんなに早くエルフ耳の人が見れるだなんて思ってなくて――美しーっ! なんて、ああ、すみません。いやでもなんというかいいですね。エルフ耳は金髪碧眼が一番という派閥に所属している僕ですが。ブルネットの髪に黒目も――いいっ! ああ、なんてラッキーなんだ僕は」

「はは、ありがとうございます。でも、この耳は――」

「ああ、ああ、そうでしたね。勿論知ってます。存じてますとも! ここ浮遊大陸においてはエルフ耳は別に珍しくないと。エルフなんという神秘的な種族のものじゃあないと」

「はい、その通りです。浮遊大陸では普通の人間のおよそ――」

「3割りに発現する遺伝的特性――ですよね?」

「え、ええ、良くご存知で」


 きっと私の笑顔は引きつっていたでしょう。

 ただ、それはお客様がエルフ耳にかける熱量が高いからではなく。


 嫌な予感がしたからです。


「良かった。動画で言ってた通りだ。ああ、だったらエルフ耳って失礼な言い方ですかね?」

「皆さまエルフエルフ仰いますので。構いませんよ。浮遊大陸の民も慣れてます」

「ああ、それじゃあ、浮遊大陸にも間違った認識が既に広まってしまいましたか」

「間違った?」

「ええ、元々エルフは耳が長いというのは後世の創作なんです。特にそのソラさんのように横に長い形で定着したのは。日本のアニメの影響なんですよ」

「はあ」

「しかし、世界中には厄介なオタがいるはずなのに。特に古典ファンなんていう原理主義者は過激とも言えます。なら何故エルフイコール長い耳が定着したのか。分かりますか?!」

「えーと、いえ」


 まったく観光案内が出来ません。


「耳が長いからです。それはつまり美しいということ。人の形をした生物の”美”を極めようと思ったら耳を長くせざるを得ないと気付いてしまったからです。ですから耳が長いから、エルフというのは美しい種族なんですよ」

「は、はは」

「いやほんとにラッキーですよ僕は。だって、遺伝なんですよね? これで長い耳の遺伝子が分かるわけです。つまり将来的には遺伝子編集で地上の人間の耳も全部長く出来るということなんです! 化粧、整形と来た人間の飽くなき美の探求も、ついに最終ステージに入りましたねぇ!」


 流石にここまでの方は慣れないです。

 思わず乾いた笑いで応えてしまいました。

 案内嬢として失格――また、所長に怒られてしまいそうです。


「ああ! すみません。一人で勝手に――」

「いえ、緊張が解けたなら何よりです」

「はい! もうばっちり! いつでも観光案内始めちゃってください」

「では、ご本人様の確認書類を頂けますでしょうか?」

「あ、はい――えーと、これです!」


 支給された皮のリュックから出て来たのは綺麗で皺のない一枚の紙。

 書類にはお客様の個人情報が書かれています。


――氏名 山田 太郎 年齢33 住所 日本 C県M市


 やはり日本の方でした。


「いやぁお恥ずかしい。古風な名前でしょう」

「ああ、伝統的で素敵なお名前です」

「はは、そう言って貰えると嬉しいです。今時そんな名前ないですからね。昔は苦労もしましたよ」


 私は話半分で、椅子を回転させて右を向き手を動かします。

 失礼ではありますが、情報を入力する必要があるからです。


「あ、pcなんですねぇ。ここまでバスだったしコップも”下”で見る紙のだし――配信で聞いてたよりは異世界感がなぁ」

「はい――情報の一括管理はどうしても地上の技術の便が良く」


 個人で観光される方は特にこういう細部にまで拘る方が多いです。

 入力し終えると少し残念そうな、お顔がありました。


「安心してください。こういうのはここまでです」

「ここまで?」

「はい、ここから一歩外に踏み出せば本当の浮遊大陸です。異世界から来た別の大陸の文化と生活がそこにあります」


 私の左手、お客様たちが入って来たのと逆側。

 入って来たものよりも、少し頼りない木製の両開きの扉。


「おお、確かになんか扉すら良く見えてきました」

「はい、ですが、ここを出るためには――」

「あ、観光計画ですね。好き勝手に行動させないために。予定を立ててから、行動をしなきゃ行けないっていう」

「はい、その通りです。御詳しいですね」

「いやぁ、何せ。ずっと夢でしたから。空に浮遊大陸が現れた時から、ここに来たいって思ってましたから。動画とか配信とか片っ端から見てます。予習は完璧です!」


 テーブルに身を乗り出す勢いの山田様。

 その俄然勢い余った突っ込み気味の表情に、私は緊張が走りました。


 顔が近いからではありません、確信したからです。

 このどこか得意げにも見える顔は、とあるお客様のタイプであると。

 当観光案内所において、もっとも接客の難しいとされる方々。

 所長、リンカ・プラットなどは『もっとも厄介なてき』とまで言います。


「僕、青雲ってところに行ってみたいんですっ」


 知識があり、探求心が強く、知らない事、物を好んでしまう。

 故に通り一遍の場所には行きたがらない。

 計画を練るのが非常に難しく、無理だと説得するのは更に難しい。


――当観光案内所での通称”詳しい人”だと。





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