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第10話 海を見にいく。

「きつく無いか?」

「うん。大丈夫よ、シリル」

かがんでスラックス姿のクラリスの編み上げ靴の靴ひもを締める。


俺たちはいよいよラヴィ山に登るべく、登山口に着いた。


叔父貴の診療所のあるところでみっちりトレーニングをして、下準備はばっちり。

ラヴィ山にここから登ることも考えたが、狭い山道だし、途中一泊は野宿をすることになりそうなので、隣の隣の町にあるきちんとした登山道から登った方がよかろう、ということになった。乗合馬車を乗り継いでやってきた。


まだ朝早い時間だが、登山道の入り口には、もうかなりの登山客が集まってきている。

乗合馬車の停車場あたりには、食堂やお土産物屋さんがたくさん並んでいて…どこの観光地だ?という景色だ。頂上まで登らずに、ここが目的の人もいるようだ。ちらほらとスカート姿の人もいる。実際、ここでも結構標高が高くなっていて、景色が広がっている。近くに避暑地もあるから、そこからも観光客が来るのだろう。

カフェのテラスで優雅にお茶をしている人もいる。季節はもう夏だが、ここの風は涼しい。


今日は8合目まで登って、そこにある山荘に泊まる予定だ。

一気に頂上まで登って、帰って来る人もいるようだが、クラリスの様子を見ながらなので、ゆっくり行こうと思う。


翌朝はまだ夜が明けないうちにガイドが案内してくれて、9合目にある神殿にお参りしてから、山頂で太陽が昇るのを見る、というコースにした。

「行くぞ」

「うん。」


クラリスは今日はスラックスに編み上げ靴。シャツに上着を着ている。そこに手袋。杖は叔父貴の提案で2本使っている。その方が重心が安定するんだそうだ。

「まあ、4足歩行しているって思えばいいさ」


…なるほど…。


荷物は俺が背負った。念のために薄い毛布、着替え、セーター、軽食、水…二人分なので結構大荷物になってしまった。夕食と翌日の朝食は山荘で用意してくれるらしい。もちろん、タダではないが。


黙々と歩く。

登山道はきちんと整備されていて、獣道に迷い込むこともなさそうだ。

1時間歩いて、小休憩。水を飲んだり、持ってきた飴をなめたりして休憩。

それを繰り返して、6合目に着いたのは予定通り昼。


持ってきた軽食と、山荘でお茶を頼んで飲んだ。

今のところ、クラリスも大丈夫のようだ。

荷物を下ろして汗を拭きながら、景色を眺める。随分と上がってきたな。

俺たちの後から登ってくる人たちが小さく見える。


「大丈夫そうか?」

「うん。シリル?荷物少し私が持とうか?」

「いや、いい。お前にばてられると俺が困る。頭痛くないか?」

「うん。」


顔色もよさそうだし、大丈夫か?


人によっては高い山に登ると、頭が痛くなったり、息苦しくなったりすると叔父貴に散々脅されてきた。

俺が、クラリスを頂上に連れて行ってやるんだ。妙な使命感だな。


あれからも、クラリスはトレーニングをやめなかった。週に一度は必ず休ませたけど。

「もう、余命の心配がなくなったんだからさ…急いで登らなくてもいいんじゃないか?」

そう聞いた俺にこいつは言った。

「どうしても行きたいの」

「山頂に行っても…海が見えるとも限んないけど、いいのか?」

「うん。いい。」


クラリスはあの舞踏会以来、俺に対しては随分と砕けた言葉を使うようになった。年下だからか?まあ、いいけど。

「あの日のシリルは結構かっこよかったよ」

そう言って笑った。そう、良く笑うようになった。でも、何やら考え込んでいるときもあった。

あれから…セザールと言う男には余罪も出てきて、あの二人はまだ裁判中だ。


俺たちは叔父貴の診療所の脇の山道を登ったり下りたり、薬草を摘んだり、木の実を採ったり、麓に降りて買い出しをしたり…毎日がトレーニングだったなあ。



明日、山頂に着いたら…何か、終わってしまうのかな?



俺は外の岩に座って、大きく伸びをするクラリスを眺めた。


その向こうに、川や広がる耕作地が見える。ところどころに、黒く見えるのは民家かなあ。みっちりと建物が並んでいるあそこは、王都かなあ。








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