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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
序 鐘 百鬼夜行開門編

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第8話   鎖刃

 ━━━━雨が激しく降りしきっていた。


 とどろき続ける雷鳴の中、鎌足かまたりは、伊賀屋敷への謎の侵入者━━甲賀こうが忍たち四人をたった一人で追跡していた。


 例えるなら猫が鼠を本能で追うように、屋敷からの鎌足かまたりの動きもまた本能、忍の習性とでも言えた。

 半ば無意識のまま屋敷の天井を破り、外へ飛び出す。

 至極当然の追撃態勢を取っただけの事だった。



(一人は片付けた、後は四人)


 攻撃の射程距離の長い鎖鎌を自分の得意の得物えものとする鎌足かまたりは、小柄な女子おなごゆえに身も軽く、また足も達者なので、敵を追撃する事に関しても伊賀御庭番衆いがおにわばんしゅうの中で随一ずいいちと言っても過言ではなかった。


「よしッ、届くっ!」


 鎌足かまたりは自分の目の前を駆けていく四人の甲賀こうが忍、その最後尾の忍との距離がどれ程かを目算もくさんする。

 そして最後尾の忍が、自分の鎖鎌の最大の射程範囲、その中に入った事を確信した。


「逃さないッ!!」


 鎌足かまたりは鎖の先端を握る右掌に力を込めた。

 そして疾走はしりは全く緩めずに加速度を維持したまま、右腕を振り上げ、鎖で虚空こくうに幾度かを描いた。



伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま いち鎖刃さじん天渡(あまわた)りッ!」



 鎖鎌を扱う武人の戦い方は、基本的にまずは鎖の先端に付いた分銅ふんどうを相手に向かって投げつけ、相手の刀に巻き付けてその動きや攻撃力を封じるという戦法かたちを取る。

 絡めた相手の刀を奪い取ることもできる上、時には鎖を手繰たぐりながら接近し、鎖と反対の手で握る鎌で斬りつけることもできる。

 頭上で激しく鎖を旋回させて相手を威嚇し退かせるという防御もできるため、攻めとまもりとが上手く一体化した、使い勝手の良い効率的な武器とも言えた。


 数多くの流派のある鎖鎌術だが、その中でも伊賀流の鎖鎌術には、攻撃と守備、双方合わせて四十八のかたがあり、他の流派には無い優位性と特異性があった。


 かたの事を伊賀忍者は鎖の刃と書いて『鎖刃さじん』と呼ぶ。

 そのかた一つずつに技名が付けられ、それは「あ」から始まり「を(お)」で終わる。

 これは、ゐ、ゑ、まで含めた『かな四十八字』がその(もと)となっていた。


 半分のかたを会得するだけでも、通常何十年という長い修練を必要とするが、鎌足かまたりはこの四十八の型の全てを、僅か四年足らずで自分のものとしていたのである。



 鎖をいかに自由自在に自分の手のように扱えるかが(きも)となる鎖鎌の技において、鎌足かまたりの放ったこの鎖刃さじん天渡(あまわた)り』は、まさに鎖鎌術の神髄しんずいを極めていた。


 空中を飛ぶ鎖は、明らかに”生き物“だった。


 今宵の獲物は、甲賀こうが忍四人。


 まるで空を自由に飛ぶ渡鳥のように、波を打ちながらひらめき、海面に急降下し、泳ぐ魚をくちばしで捕らえる海鳥うみどりのように、強く鋭く鎖は空を舞う。


 鎌足かまたりの放った『天渡あまわたり』で命を与えられた鋼の鳥は、最後尾の甲賀こうが忍の首を的確に捕らえていた。


 捕らえられた甲賀こうが忍も背中をがら空きにして地を駆けていたとはいえ、それこそ忍の習性で背後からの攻撃には十分な注意をしていただろう。

 だが鎌足かまたりの鎖の動きは、そんな常識的な警戒などいとも簡単に打ち破った。



 鎌足かまたり二間にけんから三間さんけん(※約5m)先、投じられた鎖に首元を巻き付けられた甲賀こうが忍の足が止まる。

 鎌足かまたりはその真横へと即座に駆け、そして追い越しながら、左に逆手で持つ鎌で、その忍の喉元を横一文字にっ切った。


「⋯⋯ッぐはああああああああああッッッッッッ!!」


 通り過ぎた鎌足かまたりの後方で、血飛沫ちしぶきが舞う。

 激しい雷雨の中でも十分にわかるほどの、甲賀こうが忍の断末魔だんまつまの叫び。



 鎌足は即座にその追撃の足を止めた。


 その叫びに情をほだされたからではない。

 仲間内に新たな犠牲者が出たことにより、他の三人の甲賀こうが忍が逃げる足を止めたからだ。


 ⋯⋯この追跡者と戦い、勝たなければ逃げられない。


 そう覚悟を決めたように、残り三人の甲賀こうが忍が鎌足かまたりの方を振り返る。



 しかしこの急転の対峙たいじからの鎌足かまたりの判断と初動もまた素早かった。


 鎌足かまたりは背後に横たわる甲賀こうが忍の首に絡みつく鎖と分銅ふんどうほどくと、風を切りながら一気に手許てもとに引き戻した。

 そして甲賀こうが忍の三人のうちの一人が見せた初動の僅かな遅れを狙い、続けざまに次の攻撃動作に移っていた。


 鎌足かまたりは鎖鎌を握る右手を思い切り振り上げた。

 今度は前方の敵に向けて鎖を放ったのではない。

 前ではなく、上に向けて鎖を放っていた。

 鎖は最大限の長さまで一直線に伸びきり、空中で一瞬だけぴたりと止まった。


 この時の鎖鎌は、鎖鎌ではなかった。


 対峙する甲賀こうが忍たちから見れば、鎌足かまたりが鎌ではなく槍やこんなど長さのある武器を取り出し、自分たちの方に向けて構えている、そんな姿にすら見えただろう。


 鎌足かまたりは、鎖鎌を空中で止め、一時的に鎖と分銅を“槍”に変えてしまっていた。


 鎖にしろ縄や紐にしろ、空に投じたとすれば、普通はそのまま地面へと落ちてしまう。

 空中で棒のように固定させることは、全くもって不可能であることは言うまでもない。

 だが極極ごくごく短い時間に限られてはいるものの、鎌足かまたりは鎖の端を持つ右手首を、誰も気付かない程の繊細な動きで巧みに操りながら、その不可能を可能へと変えていた。



 この恐るべき技術も、伊賀流鎖鎌術いがりゅうくさりがまじゅつに伝わる極意の一つだった。


伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま 三十六さぶろく鎖刃さじん槍衾(やりぶすま)⋯⋯」



 鎌足かまたりは一瞬だけ槍と化した鎖を、天を向いている先端の分銅ふんどうごと、勢いに乗せて一気に前方へ突き出した。

 長い間合いを諸共もろともせず、鎖はではなく直線を描く。

 凄まじい勢いで狙いを定めた敵へと向かっていく”鎖の槍“は、振り返る動作が僅かに遅れた甲賀忍の胴を、一刺しで貫いていた。


「⋯⋯ッ、ぐぐ、が、ぐぐぁはあああああああっ!」


 槍と化した鎖、そんな脅威と意外の攻撃を前にして、抵抗は皆無だった。

 体を貫かれた三人目の甲賀こうが忍は、貫かれた胴とゆがんだ口、その双方の穴からおびただしい血をほとばしらせながら、前のめりになってゆっくりと倒れていく。

 そして足元の水溜りの中へ、水飛沫みずしぶきを上げながら頭から突っ込んだ。



「⋯⋯ッぐ!? ⋯⋯な、なんだ今の技は!?」


 二人の甲賀こうが忍が共に狼狽ろうばいする。


「⋯⋯き、貴様! ば、化け物か!?」


 たおしたばかりの甲賀こうが忍のしかばねを遠目で冷ややかに見つめながら、鎌足かまたりは呟いた。



「人間、だよ」



 そう答えた瞳は明確な殺意に満ちていた。

 ⋯⋯そこには、年頃の少女らしい瞳は影も形も無く、伊賀の服部半蔵はっとりはんぞう百地幻斎ももちげんさいが手塩にかけて育てた、非情の暗殺者━━忍の鎌足かまたりの瞳があった。



 鎌足かまたりは鎖をたおれた甲賀忍の胴から一気に引き抜いた。

 人間の身体を鎖が抜けていく、”じゅるり“という粘り気のある不快な音を残し、槍はまた鎖へと戻っていく。

 そして雨と血が混じりあいながら鎖と分銅ふんどうは宙を舞い、瞬く間に鎌足かまたりの手元へとまた戻っていた。


 鎖鎌を構え直し、残り二人となった甲賀こうが忍を睨みつける鎌足かまたりの鋭い瞳。

 鎖からは、雨粒と血が滴り落ちる。


 焦りを見せる甲賀こうが忍二人が攻撃に転じた。

 鎌足かまたりに向けて何枚もの手裏剣を投げつけた。


 だが鎌足かまたりの方は焦りの表情一つ浮かべない。


 地を叩くように鎖を波打たせながら、素早く右手首を回転させ、自身の周囲四方八方に鎖を旋回させた。



伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま 十一といち鎖刃さじん鎖防陣さぼうじん!」



 鎌足かまたりを中心にして、その周りを囲む鎖の凄まじい旋回は、防御用の鎖の竜巻と化した。

 敵から連発で投じられる手裏剣の雨あられ。

 その横殴りの危険な刃の雨を、鎌足かまたりは鎖の回転の壁と、逆手に持った鎌のさばきによって尽くを弾いていく。


 全ての手裏剣を弾ききった鎌足かまたりは、鎖の旋回を緩めると一転攻撃に転じた。

 鎌足かまたりは身をひるがえして勢いをつけ鎖を振りかぶると、今度は分銅ふんどう側ではなく、反対の左掌に握るかまの方を甲賀こうが忍たちに向かって投じた。

 横殴りでぎ払うように飛んでいく、鎖と鎌。


 しかし敵の甲賀こうが忍も、仲間を相次いで倒された鎌足かまたりの脅威の鎖鎌の技を、先程から嫌と言うほど見ている。

 その警戒から、鎌の届かない十分な間合いを保ちながら手裏剣を投じていた。

 そのため鎌足かまたりの投じた鎖は、狙っていた甲賀こうが忍には届かず、喉元に到達する少し手前で伸び切ってしまう。

 当然、先端の鎌も完全に空振りしたように見えた。


 口元を緩める甲賀こうが忍たち。


 しかし攻撃を外したはずの鎌足かまたりが、何故なぜか勝ち誇るように微笑んだ。


 狙われていた甲賀こうが忍の一人は、鎌足かまたりに向かって何かの言葉を言おうとしていた。

 それはきっと「馬鹿め」や「外したな」など、ののしりに近い言葉だったのだろう。


 だがその声は言葉として出ることはなかった。


 その甲賀こうが忍の喉は既に横一文字に掻っ切られていた。

 喉から流れる血の細い雫。

 甲賀こうが忍の何かの言葉を発しようとする喉内こうないの動きによって、すぐに雫は大量の噴血ふんけつへと変わる。


「⋯⋯が、⋯⋯が」


 声にならない声を上げながら、甲賀こうが忍はゆっくりとその場に崩れ落ちた。


「⋯⋯ッ、鎖も鎌も届かなかったはずだ!? 何故!?」


 鎌足かまたりに問いかけたのか、それとも自問自答なのか。

 残る一人の甲賀こうが忍が叫んだ。



 鎌足かまたりは、その叫びに答えるように淡々と呟いた。



伊賀流鎖鎌いがりゅうくさりがま 鎖刃さじん鎌鼬かまいたち⋯⋯」



 鎖鎌が起こした風の衝撃で敵を斬る。


 会得するのは極めて難しい、伊賀流鎖鎌術いがりゅうくさりがまじゅつの極意中の極意。


 鎌や分銅ふんどうによる第一の刃をかさわされたとしても、起こした風が見えない第二の刃として敵に襲いかかる。

 この鎌と風の二段攻撃は、僅かに間合いの外にいる敵を攻撃するのに適した技であり、鎌足かまたりの卓越した速さ強さ鋭さだからこそ可能となる、鎌足かまたりが最も得意とする技の一つだった。

 



 ⋯⋯五人の侵入者のうち、四人はたおした。



 最後に残った甲賀こうが忍と、鎌足かまたりが向かいあう。



 稲光いなびかりに照らされる鎌足かまたりの顔には、僅かな疲労も心の乱れも見えない。


 鎌足かまたりは、最後の甲賀こうが忍に向けて冷たく微笑んだ。



「⋯⋯さあ、もう最後の一人、⋯⋯だね」━━━━。



 

数年前に作成した完成済の物語ですが、空いた時間を見つけて改めて執筆、小説化して投稿してみることにしました。一見わりと固めの文学的作品に見えますが、本編内容は異世界和風バトルを基調としたライトノベルになります。本編開始は10話から。9話までは世界観を伝える目的の序章が続きますが、2話以降も引き継ぎ御一読頂けたら嬉しいです。投稿や執筆の励みになるので、ぜひブックマークや評価、感想等よろしくお願いします!

★1月12日は序章9話までを投稿予定です。前日譚的な序章も終わり、1月14日からはいよいよ本編に入ります。よりドラマチックな展開の本編もぜひ御一読ください。

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― 新着の感想 ―
鎌足、女の子なのに強いのカッコイイなぁ( ー̀֊ー́ ) これなら余裕で全員倒せちゃいそうだね♫
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