表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
序 鐘 百鬼夜行開門編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

第5話   鬼切丸

 ━━━━「⋯⋯まことに申し訳ございませんでした!!」


 四年前の鎌足かまたりとの出会いを思い出していた幻斎げんさい

 その幻斎げんさいに向かって、当の鎌足かまたりは今、土下座とも思えるくらいに深々と頭を下げていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 その謝罪の声の大きさに、幻斎げんさいの意識は四年後の今へと引き戻される。


「あの時は、伊賀の⋯⋯、あの、その⋯⋯、百地翁ももち様の大切な御仲間を斬ってしまい⋯⋯」


 目の前で謝り続ける鎌足かまたりを、幻斎げんさいは改めてじっと見つめた。


(それにしても、あの時の娘がのう、⋯⋯今は本当の孫のように思えるとは)


「⋯⋯っ? 百地翁ももち様? どうされましたか? また腰でも痛くなったんですか?」


 幻斎げんさいの眼差しに、いつもは感じない不思議な何かを感じたのか、鎌足かまたりが頭を上げて首をかしげた。


「⋯⋯ん、なに、伊賀の忍として認められるための試練には、臨む者も受ける者もどちらも本気。死は付き物。覚悟の上じゃ。気にするでない。そなたの方が、生きて勤めを果たすに相応ふさわしい強さを持っておった。ただそれだけじゃ」


「⋯⋯良かった、⋯⋯その御言葉に救われます。改めて御心遣いに感謝致します」


「それにしても、あの時のそなたの繰り出した技には、思わず息を呑むくらい惚れ惚れしたぞ」


「えっ⋯⋯」


「特に最後の鎌の技の、美しさと鋭さ。鎌を手刀(てがたな)のように扱う者は見知っていても、あの若さで、しかも女子おなごの身でありながら、まさか鎌を足刀(あしがたな)のように扱える者は初めて見た」


「⋯⋯だから、本当の名前を覚えていない私に、『鎌足かまたり』の名を下さったのですよね」


「まあ、今だから言えるが、”鎖“や”鎌“の付く良い名前が他に思い付かなかった、というのも理由じゃがの」


「⋯⋯は、ははは」


 鎌足かまたりは少し照れ臭そうに笑った。


(⋯⋯変な名前だなぁって思って、最初は嫌だったんだけどね。でも鎖鎌の何かを名前に付ける事にそんなにこだわらなくても⋯⋯、まぁ、鎌女かまおんなとかよりはましか⋯⋯)




「⋯⋯それにしても、あの日のわしの目に狂いは無かった。伊賀に伝わる四十八の鎖鎌の秘術。その全ての技を僅か四年足らずで極め、また剣の師でもある御頭おかしらにも認められる程の剣の腕前。だからこそ尚更に京都の援軍はそなたに頼むしかないのじゃ」


かしこまりました。表向きは帝を鬼から守り、そして裏では京都朝廷側の探索。この表裏一体の任務、どちらにも全力を注ぎます」


「京都への旅に同行する者の人選は、小頭こがしらであるそなたに一任する。伊賀の中忍たちの中から旅のともを数名選ぶのだ。準備を整え、三日後の夜明けと共に旅立つがよい」


「⋯⋯はっ」



「そして、わしからの餞別せんべつとして、旅立つそなたにこの刀を授けよう」


 幻斎げんさいは横に置いていた古びた一振りの刀を握り、鎌足かまたりの目の前へ差し出した。

 鎌足かまたりはおずおずと前に歩み寄ると、幻斎げんさいからその刀を受け取った。


「斬るよりも突いたり刺したりが得意の刀。このさやはあくまで形だけ。抜けやすくなっているからの、気をつけるのじゃぞ」


「⋯⋯っ!? これは!」


 さやから刀身を抜く時の手応えは、鎌足かまたりの思っていた以上に軽かった。

 さやから滑り落ちるようにして抜けたその刀は、鎌足かまたりの持っている忍刀しのびとうより一回り小振りに見える。


(何だ、この刀は⋯⋯、こんな軽く細く鋭く、そして妖しい光を放つ刀は、今まで見たことがない)


 更に鎌足かまたりを驚かせたのは、その刀身の(いびつ)な形だった。

 まるで刀の切っ先から物凄い力が加わり縦に裂けた様に、刃もつばつかまでも、刀の全てがまさに「真っ二つ」に近い状態になった片割かたわれ刀━━半刃刀はんじんとうだったのだ。


「ほっほっほ。あまりの酷い有り様に驚いたであろう。だが、これぞわしの守り神と言っても過言ではない。七十年前に紅鬼おにどもを滅した時に、わしが使っていた刀。⋯⋯その名も━━『鬼切丸おにきりまる』」


「⋯⋯鬼切丸おにきりまる!?」


 鎌足かまたりてのひらの中の鬼切丸おにきりまるをまじまじと見つめた。


「元々は一本の脇差用の刀だったのじゃがな。鬼との戦いの果てに御覧の有り様よ。じゃが、この世に存在しているどんな刀よりも、多くの鬼を滅してきた。無限の妖力を帯びた刀なのじゃ」


「このような名刀を私に!? いえ、私などには勿体のうございます」


つかまでも半分になってしまっておるからの。伊賀の男衆が扱うには一苦労じゃが、女子おなごのそなたなら誰よりも上手く扱えよう」


「まあ、確かにそうかもしれませんが⋯⋯、でも⋯⋯」


 遠慮する鎌足かまたりの目を真っ直ぐに見つめながら、幻斎げんさいが少し寂しげな表情を見せる。


鎌足かまたりよ。この刀を老い先短いこのわしの形身と思って、どうか受け取ってくれ。わしからのささやかな願いじゃ」


 家族の記憶を失っている鎌足かまたりは、幻斎げんさいを実の祖父のように慕っていた。

 同じように、幻斎げんさいもまた鎌足かまたりを実の孫のように可愛がってくれた。


 そんな鎌足かまたりでも幻斎げんさいの歳を正確には知らなかった。

 今までに何度か尋ねてみたことはあったが、「忍の秘密だ」「儂はまだまだ若い」と、一笑に付されるだけだった。

 しかしその見た目からも、七十年前の鬼との戦いの話からも、かなりの高齢であることは疑いの余地が無い。

 ましてや鎌足かまたりは、何時いつまた江戸に戻ってこれるか分からない、そんな過酷な任務への旅立ちを三日後に控えている。

 

(⋯⋯三日後が今生こんじょうの別れになるかもしれない)


 きっと幻斎げんさいも自分と同じことを思っているのだろう。

 三日後に訪れる別れの時を想い、鎌足かまたりは胸や目頭が熱くなった。



「そしてかつて鬼と戦ったわしと同じように、この鬼切丸おにきりまるで⋯⋯」


 幻斎げんさい鎌足かまたりに、七十年前の熱い想いを託そうと、言葉を続けた時だった。


 目を潤ませていた鎌足かまたりの表情が突然に強張こわばる。



「⋯⋯ッ! 屋根裏! 曲者くせものッ!!」



 鎌足かまたりは天井を見上げ、睨みつけた。

 そして腰の鎌袋から鎌を抜くと、腰と太腿に巻き付けていた鎖を瞬時に振りほどいた。

 鎖が床に落ちる、じゃらり⋯⋯とした音が響く。


 天井に潜む侵入者たちの気配に対して、鎌足かまたりの心も身体も、既に戦闘体制へと切り替わっていた。

 鎌足かまたりは鎖を振り回して何度か円を描くと、座敷の天井に向かって、鎖の先端の分銅ふんどうを投げつけた。


 分銅ふんどうが鎖の尾を引きながら、座敷の天井を突き破る。


「⋯⋯ッ! 百地翁ももち様! この刀、『鬼切丸おにきりまる』を、しばしの間お借り致します!」


 その時、鎌足かまたりは無意識の内に鬼切丸おにきりまるを握りしめていた。

 と同時に、鎌足かまたりは天井へと跳び、鎖分銅くさりふんどうの貫通で空いた穴を抜けて、天井裏へと一気にその身を投じる。



 ━━天井裏には、数人の忍装束の侵入者の姿。



(やはり⋯⋯! いったい何者だ!?)


 天井裏へと身を躍らせた鎌足かまたりを出迎えたのは、無数の手裏剣の雨。

 飛んでくる手裏剣の全てを、屋根裏のはりつかを盾として、鎌足かまたりは素早い動きで軽やかにかわしていった。


 つかに刺さった手裏剣の十字の形を見て、鎌足かまたりが敵の正体を読む。


(この独特の手裏剣の形は! 甲賀こうが組か!)



 甲賀こうが組━━鎌足かまたり幻斎げんさいら伊賀組と、徳川幕府が開かれる前から永年に渡って、敵対している忍の一派だった。

 将軍家を正式に守護する役目を担う御庭番おにわばん

 公の職である御庭番おにわばんに就任するという事は、即ち日本ひのもとの全ての忍を束ねる、という意味にも等しい。

 全ての忍が望むこの大役を、伊賀組が射止めたことによって、伊賀組と甲賀組、両忍の溝は決して埋められないまでに深くなっていた。

 


 鎌足かまたりは両の瞳を素早く上下左右に動かし、天井裏の四方に潜む甲賀の忍たちの位置の全てを、瞬時に把握する。


(⋯⋯三、四、⋯⋯五人か!)


「貴様ら、甲賀こうがの忍だな!」


 つかの陰に身を隠した鎌足かまたりは、殺気と敵意に満ちた声で、甲賀こうがの忍たちを威嚇いかくした。


(目的は何だ? この人数を見ると、伊賀への攻撃ではなく、情報収集なのか?)


「この伊賀屋敷に何の目的で忍び込んだ!? 言え!!」


 鎌足かまたりの追及の言葉に、五人の甲賀こうがの忍たちは元々戦う心構えは無かったのか、天井裏の空気取りの小窓を突き破り、屋敷の外に一人また一人と飛び出していく。


(やはり偵察か、⋯⋯逃げる気か!)


 四人の忍が飛び出した後、ほんの一瞬の間をおいて飛び出そうとした最後の五人目。


(⋯⋯まずは一人)


 鎌足かまたりはその五人目に向けて、追撃の鎖を放つ。

 鎖の先端の分銅ふんどうは、外へと飛び出す前の甲賀こうが忍の首や胴を的確に捉えていた。


 疾走かけ鎌足かまたりと、首や胴に絡みついた鎖を外そうと藻掻もが甲賀こうが忍が交差する。

 そのすれ違いざまに、鎌足かまたりは絡ませた鎖を強く引き、甲賀こうが忍の身体を一気に締め付けた。


 無数の固い何かが折れる不快な音と共に、甲賀こうが忍の首や胸の骨は粉々に砕け散った。


(残り四人⋯⋯)


 鎌足かまたり颯爽さっそうと小窓から飛び降りると、片膝立ちのまま後ろを振り返ることもなく、鎖の持ち手を引いた。

 すると鎖分銅くさりふんどうは小窓から落下する甲賀こうが忍の首から外れ、地に降り立ったあるじ⋯⋯鎌足かまたりの手元へと吸い込まれるように宙を舞っていく。


 甲賀こうが忍が地に激突する鈍い衝撃音を背に、鎖鎌を構えた鎌足かまたりの鋭い視線は、深い闇の中へと向けられた。

 雨によってできた泥土と、とどろ稲光いなびかりが、逃げた甲賀こうが忍たちの痕跡⋯⋯無数の足跡の向かう先を教えてくれていた。


(そっちか、⋯⋯逃さないよ)


 鎌足かまたりは闇の中へ、即座に疾走かけ出していた━━━━。







 ━━━━鎌足かまたりが天井に向けて鎖を放ってから、ここまで時間にして僅か数十秒の出来事であっただろう。

 会合に集まっていた伊賀の忍たちは、羅生門らしょうもんや鬼の出現の動揺を引きずったまま、屋敷内の持ち場の警備のために慌ただしく右往左往うおうさおうしていた。


 そんな中、幻斎(げんさい)だけは変わらず上座に座したままだった。


「⋯⋯御頭(おかしら)よ、どうですかな。鎌足は」


 幻斎げんさいは、つい今しがたまで鎌足かまたりが座っていた場所を向いたまま、背後の神棚の脇の壁に向かって話かけた。


 壁が突然に動き、回り出す。


 上座の壁の一部は回転の隠し扉となっていた。


 そしてその隠し扉から一人の男が上座に歩み出ると、幻斎げんさいの真後ろに立った。


 上高貴な忍装束に襟巻えりまき、上忍らしい貫禄に満ちた佇まい、そして厳しさも優しさも兼ね備えた眼差し。


 ⋯⋯鎌足かまたりがこの伊賀屋敷に初めて現れた際に、上座に座っていた男だった。

 幻斎げんさいに「御頭おかしら」と呼ばれたこの男こそ、現在の伊賀組を率いる、十代目 服部半蔵はっとりはんぞう、その人であった。



「⋯⋯やれやれ、天井裏の覗き見の五人、今宵の話が全て終わった後に捕らえ、拷問の上で口を封じようと思っていたのですがな。鎌足かまたりに先を越されましたわい」


「それにしても不幸な奴等よ。鎌足かまたりに狙われては絶対に逃げおうせまい。甲賀こうがの下忍や中忍如き、十人や二十人が束になっても鎌足かまたりの足元にも及ぶまい」


「我ら伊賀が公儀こうぎ御庭番おにわばんに就いているのを、よほど妬んでいるのでしょうな。⋯⋯諸州の他派の忍たちの噂によると、江戸城への攻撃や伊賀組の殲滅せんめつを密かに画策している、不埒ふらちやからが居るとか。⋯⋯もしかしたら今しがたの甲賀こうががその首謀者かもしれませんな」


「さあて、どうだろうな。忍の間の揉め事や恨みから伊賀組だけを狙うならともかく、江戸城までとなると、そんな大事だいじを仕掛ける力が甲賀こうがに有るとは思えぬ。もしかしたらまだ見ぬ強敵かもしれんな」


「それはそうと、御頭おかしらよ。京都へと旅立つ鎌足かまたりを、面と向かって見送ってはあげないのですかな。この二月ほどは会えてはおらぬはず。旅立ちの前に御頭おかしらに今一度会えれば、鎌足あやつめ、きっと喜ぶと思いますぞ」


「天井裏の甲賀ざこどもに気づくは当然として、気配を消してうかがう俺に全く気づかぬとは。ふっ、この俺に言わせれば鎌足あやつはまだまだ半人前よ。半人前の旅の見送りなど、いちいちしていられるか? 俺は忙しいのだ、幻斎げんさい


「多忙な中をわざわざ来ておいて? ⋯⋯ほっほっほ。されば敢えて会わずに送り出すのもまた、義父おやとしての優しさ、⋯⋯ですかな?」



 幻斎げんさいはあの出会った日の鎌足かまたりを思い出しながら、静かに目を閉じた。




 ⋯⋯四年前。

 陣内じんないの返り血を浴びる、鎌足かまたりの露わになった左の太腿ふともも

 稲光いなびかりによって照らし出されるその太腿ふとももには、返り血がきっかけか、あぶり絵のように浮かんだ『からす』の紋章があった。

 血に染まったその『からす』は、まるで生きているように、妖しく美しくきらめいていた。




 幻斎げんさいは、鎌足かまたりのその姿が今でも脳裏に焼き付いて離れなかった。



(⋯⋯あの紋章、七十年前にも見たことがある)



 幻斎げんさいが目を開く。


鎌足かまたりよ。此度こたびの鬼との戦いの中、そなたの閉ざされた忌まわしい記憶が蘇るかもしれん。おのれ宿命(さだめ)をも斬らねばならない苛酷な戦いになるかもしれん。⋯⋯じゃが、そなたと鬼切丸おにきりまるならば、どんな困難とて必ず乗り越える事ができるはず。わしは信じておる、信じておるぞ⋯⋯」━━━━。




数年前に作成した完成済の物語ですが、空いた時間を見つけて改めて執筆、小説化して投稿してみることにしました。一見わりと固めの文学的作品に見えますが、本編内容は異世界和風バトルを基調としたライトノベルになります。本編開始は10話から。9話までは世界観を伝える目的の序章が続きますが、6話以降も引き継ぎ御一読頂けたら嬉しいです。投稿や執筆の励みになるので、ぜひブックマークや評価、感想等よろしくお願いします!

★次回6話と7話は、明日1月11日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
拝読させていただきましたよ。 テンポが良くて、大変読みやすいです。 また、文章からイメージが浮かびやすく、頭の中で映像化され、楽しく読ませていただく事が出来ます。 鎌足の過去と名前の由来も知る事が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ