第5話 鬼切丸
━━━━「⋯⋯真に申し訳ございませんでした!!」
四年前の鎌足との出会いを思い出していた幻斎。
その幻斎に向かって、当の鎌足は今、土下座とも思えるくらいに深々と頭を下げていた。
「⋯⋯⋯⋯」
その謝罪の声の大きさに、幻斎の意識は四年後の今へと引き戻される。
「あの時は、伊賀の⋯⋯、あの、その⋯⋯、百地翁様の大切な御仲間を斬ってしまい⋯⋯」
目の前で謝り続ける鎌足を、幻斎は改めてじっと見つめた。
(それにしても、あの時の娘がのう、⋯⋯今は本当の孫のように思えるとは)
「⋯⋯っ? 百地翁様? どうされましたか? また腰でも痛くなったんですか?」
幻斎の眼差しに、いつもは感じない不思議な何かを感じたのか、鎌足が頭を上げて首を傾げた。
「⋯⋯ん、なに、伊賀の忍として認められるための試練には、臨む者も受ける者もどちらも本気。死は付き物。覚悟の上じゃ。気にするでない。そなたの方が、生きて勤めを果たすに相応しい強さを持っておった。ただそれだけじゃ」
「⋯⋯良かった、⋯⋯その御言葉に救われます。改めて御心遣いに感謝致します」
「それにしても、あの時のそなたの繰り出した技には、思わず息を呑むくらい惚れ惚れしたぞ」
「えっ⋯⋯」
「特に最後の鎌の技の、美しさと鋭さ。鎌を手刀のように扱う者は見知っていても、あの若さで、しかも女子の身でありながら、まさか鎌を足刀のように扱える者は初めて見た」
「⋯⋯だから、本当の名前を覚えていない私に、『鎌足』の名を下さったのですよね」
「まあ、今だから言えるが、”鎖“や”鎌“の付く良い名前が他に思い付かなかった、というのも理由じゃがの」
「⋯⋯は、ははは」
鎌足は少し照れ臭そうに笑った。
(⋯⋯変な名前だなぁって思って、最初は嫌だったんだけどね。でも鎖鎌の何かを名前に付ける事にそんなに拘らなくても⋯⋯、まぁ、鎌女とかよりはましか⋯⋯)
「⋯⋯それにしても、あの日の儂の目に狂いは無かった。伊賀に伝わる四十八の鎖鎌の秘術。その全ての技を僅か四年足らずで極め、また剣の師でもある御頭にも認められる程の剣の腕前。だからこそ尚更に京都の援軍はそなたに頼むしかないのじゃ」
「畏まりました。表向きは帝を鬼から守り、そして裏では京都朝廷側の探索。この表裏一体の任務、どちらにも全力を注ぎます」
「京都への旅に同行する者の人選は、小頭であるそなたに一任する。伊賀の中忍たちの中から旅の共を数名選ぶのだ。準備を整え、三日後の夜明けと共に旅立つがよい」
「⋯⋯はっ」
「そして、儂からの餞別として、旅立つそなたにこの刀を授けよう」
幻斎は横に置いていた古びた一振りの刀を握り、鎌足の目の前へ差し出した。
鎌足はおずおずと前に歩み寄ると、幻斎からその刀を受け取った。
「斬るよりも突いたり刺したりが得意の刀。この鞘はあくまで形だけ。抜けやすくなっているからの、気をつけるのじゃぞ」
「⋯⋯っ!? これは!」
鞘から刀身を抜く時の手応えは、鎌足の思っていた以上に軽かった。
鞘から滑り落ちるようにして抜けたその刀は、鎌足の持っている忍刀より一回り小振りに見える。
(何だ、この刀は⋯⋯、こんな軽く細く鋭く、そして妖しい光を放つ刀は、今まで見たことがない)
更に鎌足を驚かせたのは、その刀身の歪な形だった。
まるで刀の切っ先から物凄い力が加わり縦に裂けた様に、刃も鍔も柄までも、刀の全てがまさに「真っ二つ」に近い状態になった片割れ刀━━半刃刀だったのだ。
「ほっほっほ。あまりの酷い有り様に驚いたであろう。だが、これぞ儂の守り神と言っても過言ではない。七十年前に紅鬼どもを滅した時に、儂が使っていた刀。⋯⋯その名も━━『鬼切丸』」
「⋯⋯鬼切丸!?」
鎌足は掌の中の鬼切丸をまじまじと見つめた。
「元々は一本の脇差用の刀だったのじゃがな。鬼との戦いの果てに御覧の有り様よ。じゃが、この世に存在しているどんな刀よりも、多くの鬼を滅してきた。無限の妖力を帯びた刀なのじゃ」
「このような名刀を私に!? いえ、私などには勿体のうございます」
「柄までも半分になってしまっておるからの。伊賀の男衆が扱うには一苦労じゃが、女子のそなたなら誰よりも上手く扱えよう」
「まあ、確かにそうかもしれませんが⋯⋯、でも⋯⋯」
遠慮する鎌足の目を真っ直ぐに見つめながら、幻斎が少し寂しげな表情を見せる。
「鎌足よ。この刀を老い先短いこの儂の形身と思って、どうか受け取ってくれ。儂からのささやかな願いじゃ」
家族の記憶を失っている鎌足は、幻斎を実の祖父のように慕っていた。
同じように、幻斎もまた鎌足を実の孫のように可愛がってくれた。
そんな鎌足でも幻斎の歳を正確には知らなかった。
今までに何度か尋ねてみたことはあったが、「忍の秘密だ」「儂はまだまだ若い」と、一笑に付されるだけだった。
しかしその見た目からも、七十年前の鬼との戦いの話からも、かなりの高齢であることは疑いの余地が無い。
ましてや鎌足は、何時また江戸に戻ってこれるか分からない、そんな過酷な任務への旅立ちを三日後に控えている。
(⋯⋯三日後が今生の別れになるかもしれない)
きっと幻斎も自分と同じことを思っているのだろう。
三日後に訪れる別れの時を想い、鎌足は胸や目頭が熱くなった。
「そしてかつて鬼と戦った儂と同じように、この鬼切丸で⋯⋯」
幻斎が鎌足に、七十年前の熱い想いを託そうと、言葉を続けた時だった。
目を潤ませていた鎌足の表情が突然に強張る。
「⋯⋯ッ! 屋根裏! 曲者ッ!!」
鎌足は天井を見上げ、睨みつけた。
そして腰の鎌袋から鎌を抜くと、腰と太腿に巻き付けていた鎖を瞬時に振りほどいた。
鎖が床に落ちる、じゃらり⋯⋯とした音が響く。
天井に潜む侵入者たちの気配に対して、鎌足の心も身体も、既に戦闘体制へと切り替わっていた。
鎌足は鎖を振り回して何度か円を描くと、座敷の天井に向かって、鎖の先端の分銅を投げつけた。
分銅が鎖の尾を引きながら、座敷の天井を突き破る。
「⋯⋯ッ! 百地翁様! この刀、『鬼切丸』を、暫しの間お借り致します!」
その時、鎌足は無意識の内に鬼切丸を握りしめていた。
と同時に、鎌足は天井へと跳び、鎖分銅の貫通で空いた穴を抜けて、天井裏へと一気にその身を投じる。
━━天井裏には、数人の忍装束の侵入者の姿。
(やはり⋯⋯! いったい何者だ!?)
天井裏へと身を躍らせた鎌足を出迎えたのは、無数の手裏剣の雨。
飛んでくる手裏剣の全てを、屋根裏の梁や束を盾として、鎌足は素早い動きで軽やかにかわしていった。
束に刺さった手裏剣の十字の形を見て、鎌足が敵の正体を読む。
(この独特の手裏剣の形は! 甲賀組か!)
甲賀組━━鎌足や幻斎ら伊賀組と、徳川幕府が開かれる前から永年に渡って、敵対している忍の一派だった。
将軍家を正式に守護する役目を担う御庭番。
公の職である御庭番に就任するという事は、即ち日本の全ての忍を束ねる、という意味にも等しい。
全ての忍が望むこの大役を、伊賀組が射止めたことによって、伊賀組と甲賀組、両忍の溝は決して埋められないまでに深くなっていた。
鎌足は両の瞳を素早く上下左右に動かし、天井裏の四方に潜む甲賀の忍たちの位置の全てを、瞬時に把握する。
(⋯⋯三、四、⋯⋯五人か!)
「貴様ら、甲賀の忍だな!」
束の陰に身を隠した鎌足は、殺気と敵意に満ちた声で、甲賀の忍たちを威嚇した。
(目的は何だ? この人数を見ると、伊賀への攻撃ではなく、情報収集なのか?)
「この伊賀屋敷に何の目的で忍び込んだ!? 言え!!」
鎌足の追及の言葉に、五人の甲賀の忍たちは元々戦う心構えは無かったのか、天井裏の空気取りの小窓を突き破り、屋敷の外に一人また一人と飛び出していく。
(やはり偵察か、⋯⋯逃げる気か!)
四人の忍が飛び出した後、ほんの一瞬の間をおいて飛び出そうとした最後の五人目。
(⋯⋯まずは一人)
鎌足はその五人目に向けて、追撃の鎖を放つ。
鎖の先端の分銅は、外へと飛び出す前の甲賀忍の首や胴を的確に捉えていた。
疾走た鎌足と、首や胴に絡みついた鎖を外そうと藻掻く甲賀忍が交差する。
そのすれ違いざまに、鎌足は絡ませた鎖を強く引き、甲賀忍の身体を一気に締め付けた。
無数の固い何かが折れる不快な音と共に、甲賀忍の首や胸の骨は粉々に砕け散った。
(残り四人⋯⋯)
鎌足は颯爽と小窓から飛び降りると、片膝立ちのまま後ろを振り返ることもなく、鎖の持ち手を引いた。
すると鎖分銅は小窓から落下する甲賀忍の首から外れ、地に降り立った主⋯⋯鎌足の手元へと吸い込まれるように宙を舞っていく。
甲賀忍が地に激突する鈍い衝撃音を背に、鎖鎌を構えた鎌足の鋭い視線は、深い闇の中へと向けられた。
雨によってできた泥土と、轟く稲光が、逃げた甲賀忍たちの痕跡⋯⋯無数の足跡の向かう先を教えてくれていた。
(そっちか、⋯⋯逃さないよ)
鎌足は闇の中へ、即座に疾走出していた━━━━。
━━━━鎌足が天井に向けて鎖を放ってから、ここまで時間にして僅か数十秒の出来事であっただろう。
会合に集まっていた伊賀の忍たちは、羅生門や鬼の出現の動揺を引きずったまま、屋敷内の持ち場の警備のために慌ただしく右往左往していた。
そんな中、幻斎だけは変わらず上座に座したままだった。
「⋯⋯御頭よ、どうですかな。鎌足は」
幻斎は、つい今しがたまで鎌足が座っていた場所を向いたまま、背後の神棚の脇の壁に向かって話かけた。
壁が突然に動き、回り出す。
上座の壁の一部は回転の隠し扉となっていた。
そしてその隠し扉から一人の男が上座に歩み出ると、幻斎の真後ろに立った。
上高貴な忍装束に襟巻き、上忍らしい貫禄に満ちた佇まい、そして厳しさも優しさも兼ね備えた眼差し。
⋯⋯鎌足がこの伊賀屋敷に初めて現れた際に、上座に座っていた男だった。
幻斎に「御頭」と呼ばれたこの男こそ、現在の伊賀組を率いる、十代目 服部半蔵、その人であった。
「⋯⋯やれやれ、天井裏の覗き見の五人、今宵の話が全て終わった後に捕らえ、拷問の上で口を封じようと思っていたのですがな。鎌足に先を越されましたわい」
「それにしても不幸な奴等よ。鎌足に狙われては絶対に逃げおうせまい。甲賀の下忍や中忍如き、十人や二十人が束になっても鎌足の足元にも及ぶまい」
「我ら伊賀が公儀御庭番に就いているのを、よほど妬んでいるのでしょうな。⋯⋯諸州の他派の忍たちの噂によると、江戸城への攻撃や伊賀組の殲滅を密かに画策している、不埒な輩が居るとか。⋯⋯もしかしたら今しがたの甲賀がその首謀者かもしれませんな」
「さあて、どうだろうな。忍の間の揉め事や恨みから伊賀組だけを狙うならともかく、江戸城までとなると、そんな大事を仕掛ける力が甲賀に有るとは思えぬ。もしかしたらまだ見ぬ強敵かもしれんな」
「それはそうと、御頭よ。京都へと旅立つ鎌足を、面と向かって見送ってはあげないのですかな。この二月ほどは会えてはおらぬはず。旅立ちの前に御頭に今一度会えれば、鎌足め、きっと喜ぶと思いますぞ」
「天井裏の甲賀どもに気づくは当然として、気配を消して窺う俺に全く気づかぬとは。ふっ、この俺に言わせれば鎌足はまだまだ半人前よ。半人前の旅の見送りなど、いちいちしていられるか? 俺は忙しいのだ、幻斎」
「多忙な中をわざわざ来ておいて? ⋯⋯ほっほっほ。されば敢えて会わずに送り出すのもまた、義父としての優しさ、⋯⋯ですかな?」
幻斎はあの出会った日の鎌足を思い出しながら、静かに目を閉じた。
⋯⋯四年前。
陣内の返り血を浴びる、鎌足の露わになった左の太腿。
稲光によって照らし出されるその太腿には、返り血がきっかけか、炙り絵のように浮かんだ『鴉』の紋章があった。
血に染まったその『鴉』は、まるで生きているように、妖しく美しく煌めいていた。
幻斎は、鎌足のその姿が今でも脳裏に焼き付いて離れなかった。
(⋯⋯あの紋章、七十年前にも見たことがある)
幻斎が目を開く。
「鎌足よ。此度の鬼との戦いの中、そなたの閉ざされた忌まわしい記憶が蘇るかもしれん。己の宿命をも斬らねばならない苛酷な戦いになるかもしれん。⋯⋯じゃが、そなたと鬼切丸ならば、どんな困難とて必ず乗り越える事ができるはず。儂は信じておる、信じておるぞ⋯⋯」━━━━。
数年前に作成した完成済の物語ですが、空いた時間を見つけて改めて執筆、小説化して投稿してみることにしました。一見わりと固めの文学的作品に見えますが、本編内容は異世界和風バトルを基調としたライトノベルになります。本編開始は10話から。9話までは世界観を伝える目的の序章が続きますが、6話以降も引き継ぎ御一読頂けたら嬉しいです。投稿や執筆の励みになるので、ぜひブックマークや評価、感想等よろしくお願いします!
★次回6話と7話は、明日1月11日に投稿予定です。




