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羅生門怪鬼譚  作者: 夏川凪
序 鐘 百鬼夜行開門編

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4/13

第4話   名の由来

 ━━━━今をさかのぼる事、およそ四年。

 それは赤みがかった美しい満月が空に浮かぶ、とある夜の出来事だった。



 嵐の前触れか、折からの春の強風で桜が舞い散る中、記憶を無くした一人の少年が、百地ももち家伊賀屋敷の門の前で生き倒れになっていた。

 早朝に屋敷の門番によって発見されたこの謎の生き倒れの少年は、“幸”か“不幸”かまだ息があり、当主である幻斎げんさいへと即座に報告がなされ、対応が協議された。


 忍は不審な侵入者、もしくはそれに近い存在の者には決して容赦はしない。

 場合によっては、捕縛の後に弁明すらも許さないまま、即座の死が待っていることすらある。

 

 だがその日、その少年に下された運命は、“幸”の方だった。

 幻斎げんさいの指示により屋敷内へと運び込まれた少年は、応急の手当を受けるだけではなく、水や食事までも与えられたのだ。



 介抱の甲斐もあって少年はすぐに意識を取り戻した。

 肩まで伸びた髪は泥や埃にまみれ、ぼさぼさに乱れていた。

 着ているころもも所々に穴が空いて相当にみすぼらしく、一見して生来せいらい物乞いで命を繋いできた者のように見えた。

 しかし反面、不可解な点も垣間見えた。

 ぼろぼろな身なりの反面、何故なぜか腰には一本の短刀を差していたのである。

 どこか凛とした雰囲気も感じて、見ようによっては没落した武士か武芸者の子息のようにも思えた。

 

 とにかく、どこか不思議な少年だった。



 

 ⋯⋯そしてこれが鎌足かまたりと、伊賀組の接点だった。




『そなたは何者じゃ?』


 飢え死にや怪我による命の危険は去った、そう判断した少年を屋敷の広間に座らせ、居並ぶ忍たちを前にして、屋敷の当主である幻斎げんさいが少年を問いただしていた。


 この時、上座の幻斎げんさいの隣には一人の男が座り、この吟味ぎんみに加わっていた。

 精悍せいかんな顔つきに、たくましい身体からだつき。

 そして優しさと厳しさを感じる眼差し。

 高貴な忍装束と口元には襟巻えりまきを纏い、貫禄を感じる落ち着いたその佇まいからも、幻斎げんさい同様に上忍の一人と思われた。



 広間の中央に座らされた少年は、項垂うなだれたまま何一つ口を開こうとしない。


『⋯⋯⋯⋯』


『その身なり、何があったのじゃ?』


『⋯⋯⋯⋯』


『⋯⋯ん、では何故なぜ、当屋敷に参ったのかな?』


 幻斎げんさいが先程よりも優しく尋ねる。


『⋯⋯⋯⋯』


此処ここがどのような屋敷か知っておるのかい?』


『⋯⋯⋯⋯』


『記憶が無い、と聞いたがまことか?』


『⋯⋯⋯⋯』


『だんまりでは分からぬ、歳は? そなた幾つじゃ?』


『⋯⋯⋯⋯』


 どんな質問にもひたすらに少年は沈黙を続けた。


 相手から話を切り出すのをひたすら待つ、”逆の沈黙“もまた一つの尋問じんもんの手段と知る幻斎げんさいが、少年を問いただすのを一旦止めようとした時だった。


 今までやり取りをただ黙って聞いていた、幻斎げんさいの隣に座る男が初めて口を開いた。



『御主からは、数えきれぬくらい血の匂いがする。⋯⋯その若さで、既に何人も人を殺めたな』


 

 その言葉は嘘かまことかは分からない。

 圧をかけて、少年の反応がどう変わるかを見ようとしたのかもしれない。

 だがこの上座の男が放つ殺気のような凄みと、先程までの優しい目を捨てて少年を睨みつける鋭い眼光は、この場の空気を一気に凍りつかせた。


 美しく夜空を飾っていた満月は、いつのまにか黒雲の間に隠れ、外には雷鳴がとどろいていた。

 そんな空の不穏と同調するように、座敷の中の不穏さも一層膨れ上がっていく。


 少年が返事をする前に、今までの尋問じんもんの様子や少年の態度を見聞きしていた忍たちの中から、一人の男が唐突に口を開いた。


百地翁ももち様。此奴こやつ餓鬼がきとは言え怪しすぎまする。きっと甲賀こうがなど他派の忍の密偵でしょう。尋問じんもんなど無用。いっそこの場ですぐに斬り捨ててしまいましょう』


『まあ、焦らずに待ちなさい。いくら得体の知れない男とはいえ、顔立ちから見て歳はまだほんの十二から十三歳くらいであろう。何も語らないのを理由にすぐに命を奪うのは、さて、どうかと思うのじゃがの』


『⋯⋯こ、じゃない』


『⋯⋯ん?』


『⋯⋯おとこ、じゃない』


『ほう?』


『⋯⋯おんな』


『?』


『私は⋯⋯、女だ』


 皆が”少年“と思っていた“少女”は、ぼそりぼそりとだが初めて口を開き、そしてやっと下を向いていた顔を上げた。


『ほう? はっはっは。これは失礼した。なるほどなるほど、そなた、女人おなご、か』


 この幻斎げんさいの笑い声で、その場の緊張が少しだけ緩む。

 このほんの僅かばかりの空気の変化が、ずっとだんまりを決め込んでいた少女の心を動かしたように見えた。

 上座の二人が伊賀衆の頭領とうりょう格の上忍であると、少女も悟っていたのだろう。

 少女は何かを伝えたいのか、膝の上の拳を堅く握りしめ、改めて壇上の幻斎げんさいたち二人に真っ直ぐに向き直ると、再びゆっくりと口を開いた。


『⋯⋯っ、わ、私を、この私を、御庭番おにわばんに、伊賀組に、入れていただけませんか。⋯⋯きっと役に立ちます、此処ここの下座に座っている誰よりも、⋯⋯私、強いから』


 周りの屈強な男の忍たちを見回しながら、唐突に口にしたまさかの強気な言葉。

 それは辿々しくも、どこか不思議な芯の強さも感じる声だった━━━━。








 ━━━━「⋯⋯あれから四年、そなたの事は、今でもたまに男に見えることがあるわい」


百地翁ももち様!? それはあまりにも⋯⋯、私も髪を伸ばしたり、もう少し洒落しゃれてみたり、⋯⋯あ、あと、着物とか身なりも整えてちまたで流行りの化粧けしょうでもしたら、誰もが振り向くような美しい女子おなごになりまする!」


 そう言いながら、鎌足かまたりは口を膨らませて、ぷいっと横に顔を向けた。


「ほっほっほ。まあ、そう拗ねるな、鎌足かまたりよ。⋯⋯そうそう、あの時はの、そなたの願いに苦言をていした者と、その場で立ち合うたのじゃったな」


「⋯⋯はい、陣内じんない殿と。そしてあの日、あの時の立ち合いが、私の今の名前の由来ゆらいに⋯⋯」━━━━。








 ━━━━『⋯⋯先程から黙って聞いておれば!、奇怪きっかい女子おなごよ。ふん、いいだろう。お前が伊賀入りを望むならば、俺がその力量を試してやろう。俺に勝てることが出来たならば皆で考えてやってもよいぞ?』


 そう言い放ち、壁際で立ち上がった者がいた。

 居並ぶ者たちの中でも一際体格が大きく、野性味に溢れたひげをたくわえているその男の声は、凄まじい怒りと猜疑心(さいぎしん)に満ちていた。

 男は壁に掛かる一本の真剣かたなを手に取ると、少女に向かって横殴りに乱暴に投げつけ、刀は広間の床を荒々しく滑りながら、少女の膝に当たって止まった。



 忍の世界には、使命上のおきてと共に、縦社会のおきてがある。

 伊賀に限らず忍にとって、家系は非常に重要な意味合いを持っていた。

 正当な伊賀の上忍の血筋を継いでいない忍は、他者を圧倒する様な相当の剣技の実力があったとしても、まずもって上忍には上がれない。

 上忍は生まれながらにして上忍として生き、下忍もまた生まれながらにして下忍として生きる。

 これがほぼ全ての忍の宿命さだめなのだ。


 この少女は家柄において伊賀に縁もゆかりも無い。

 仮に下忍として正式に伊賀忍群に入る事を許されたとしても、中忍に成り上がっていくための資格すら無く、仮に厳しい選抜や試練に挑めたとしても、まず乗り越えられるはずがない。

 すなわちこの少女はその場にいる誰の目から見ても下忍以下、最下層で生きて最下層で果てる、価値の低い存在だった。


 会話の一部始終を傍で見ていた伊賀の中忍たちにとっては、まだ年端もいかない少女とは言え、この無礼な受け答えと突飛な願いは、忍の厳しい縦社会のおきての中で、決して許されるものではなかったのだ。



『この男はの、熊手くまで陣内じんないと言うてな、我が伊賀の中忍の中では、実力的に十本の指に入るであろう手練てだれじゃ。上忍並みの力量を持っていると言っても過言ではない。⋯⋯さあ、悪い事は言わぬ。先程の言葉は取り消して、今すぐこの屋敷を出るのじゃ。そして全てを忘れよ。わしらの本拠に一度とて足を踏み入れたからには、この江戸からも出ていってもらわなければならぬが、命までは取りはせぬ⋯⋯』


 幻斎げんさいは言葉の持つ厳しさを、精一杯の優しさで包みながら、少女に語りかけていった。

 しかしその配慮の声を、少女は自ら遮った。


『もう一度言う、今すぐこの場から⋯⋯』

『⋯⋯っ! 御隠居ごいんきょ様!』


 慌てたふためいたような少女の反応に、その場に居並ぶ忍の誰もがせせら笑う。

 陣内じんないの強さを耳にした少女が、その力試しを全力で辞退し、おずおずと逃げ帰ろうとする姿を想像していたからだ。


 ⋯⋯だが少女の口から出たのは、意外な言葉だった。



『その力試し、謹んでお受け致します!』



 まさかの言葉に、並大抵の事では驚かない伊賀の忍たちの中でもざわめきが起こる。

 それを聞いた陣内じんないも、怒りと呆れで声を荒げた。


『ほう? 負けん気だけは強いようだな。しかしそれ以上にどうしようもない阿呆あほうじゃ。この場で死んでも文句は言えぬぞ、おい、薄汚れた小童(こわっぱ)め』


『承知致しました。はい、落命らくめいしても決して文句は言いませぬ。⋯⋯お互い様に』


 少女は顔色一つ変えない。

 それどころか陣内じんないの顔すらも見ずに、正面の幻斎げんさいたちの方だけを見つめながら、淡々と呟いた。


 その言葉を聞くや否や、陣内じんない苛立いらだちは頂点に達した。

 この小さな少女を威圧する目的で投げかけた挑発に、予想外の挑発の言葉で返されたのである。

 中忍の誇り高き立ち場としても、決して許す事はできなかった。

 それは並み居る伊賀いが同胞どうほうの前で、下忍以下の者にいきなり恥をかかされたに等しかったのだ。

 

 怒れる陣内の初動は凄まじかった。

 広間の中央に座している少女と、壁際で立ち上がった陣内じんないとの距離は三間(※約6m)はあっただろう。

 たった一跳びで、その距離を一気に詰める。

 そして陣内じんないは瞬時に腰の刀を抜きさると、まだその場に座したままの少女の頭上をめがけて、渾身の刃を振り下ろした。


 床板がめくれ上がり完全に破壊されるほどの、物凄い衝撃音が響いた。


『仕留めた! 口程にも無い奴!』


 少女の死を確信した陣内じんないは、にやりとほくそ笑む。

 誰もがこの一撃で呆気あっけなく勝負は決したと思った。

 しかし少女は陣内じんないが振り下ろした刃の下に、無残な姿で横たわってなどはいなかった。


 少女の姿は陣内じんないの真上にった。

 目の前に転がっている刀のさやを手に取り、一瞬にしてその小さな体をひるがえして、陣内じんないの必殺の先手の一撃を避けて宙を舞ったのである。


 陣内じんないの宙を見上げた驚愕きょうがくの瞳の中に、さやを手に空中にふわりと華麗に舞う、少女の姿が映る。


 少女はもう次の動きに移っていた。

 さやから一気に刀身を抜き、陣内じんないの額を目がけて素早く振り下ろしていた。



 キィーーーン━━━━⋯⋯⋯⋯⋯⋯



 刃と刃がぶつかり合う鈍い音が座敷に響く。

 幻斎げんさいの言う通り、陣内じんないも相当の手練てだれであるのだろう。

 陣内じんないは額を僅かに斬られながらも、振り下ろされた少女の刃を(すんで)の所で受け止めていた。


 力勝負では、男の陣内じんないに間違い無く分がある。


(『⋯⋯ッ! そのまま刀での競り合いか!?』)


 力試しを見守る誰もがそう思った瞬間、少女の刃がまるで陽炎かげろうの様に揺らめいた。


 全員が息を呑む。

 その時には、もう勝負は着いていた。


 刀を受け止められたと同時に少女は空中で体を更にくるりとひるがえし、刀を返しながら目にも止まらない速さの右からの第二撃を、陣内じんないの左腹に叩き込んだのである。


『⋯⋯ッ!? ぐははああああッッッッ⋯⋯!!』


 陣内じんないの腹は横一文字に切り裂かれ、鮮血がほとばしった。

 苦悶の表情を浮かべ、よたよたと後に下がっていく陣内じんないは、そのまま広間の壁へと激しくもたれかかった。


 その顔には当初の余裕は微塵みじんも無い。


『ぐっ、一体何が!? ⋯⋯っ、ま、まさか、そんな、この俺がこんな小さな餓鬼がきに、しかも女子おなごに、返り討ちにあったっていうのか?』


 現実をまるで受け止められない、そんな困惑と激痛で苦々しく顔をゆがませる陣内じんないには、最も言いたくない言葉を口にするしか、もはや残されたすべは無かった。


『⋯⋯ま、まいった、俺の、⋯⋯ま、負けだ』



(『お、おい、見たか? 今、何が起こったんだ?』)

(『あの篦棒べらぼうに強い陣内じんないが負けたのか!?』)

(『刃が揺らめいた後、どうなったんだ!?』)


 目の前で起こった信じられない結末に、誰もが驚愕と困惑の表情を浮かべている。


 この場の忍たちの中でこの少女の動きをはっきりと眼で捉えられたのは、上座の二人だけだった。

 そしてこの少女の一撃に隠された真実もまた、この二人だけが見抜いていた。


『今の動きは⋯⋯、信じられぬわい』

『ああ⋯⋯、あやつ、陣内じんないに情けをかけたな』


 ⋯⋯誰もが驚愕きょうがくする身のこなしと刀捌かたなさばきだったとは言え、致命傷とはならないように手を抜いた攻撃だったという事を。



(『良かった、この傷ならば今すぐ治療すれば何とか助かるかな。死人を出さずに済んだ』)


 少女はそう心の中で呟くと、半蔵はんぞう幻斎げんさいの方へと身体を向き直した。


(『力試しにも勝ったし、上出来だ』)


 少女の後ろ姿を見た陣内じんないの次に取った行動は、常に戦いの中で生きる忍としての本能だったのかもしれない。


 忍の屋敷内の各所の壁には、刀の他にも様々な武器が飾り掛けられている。

 陣内じんないがもたれかかった壁には、伊賀流の秘伝の鎖鎌が掛けられていた。

 鎖鎌の長さは忍の流派によっても異なるが、伊賀の鎖鎌の長さは最大で三間さんけんから四間よんけん(約6〜7m)で、他の流派よりも遠方への攻撃が可能となる業物わざものであった。


 陣内じんないはとっさに目の前の鎖鎌を手に取り、背中を向けた直後の少女に向けて、鎖の先端の分銅ふんどうを勢いよく投げつけていた。


 陣内じんないの降参の意思表示を前に、完全に無警戒で油断していた中での不意の攻撃。

 投げられた鎖は少女の右手と刀に巻き付き、そのまま左手と上半身にまでも絡みついた。


『⋯⋯ッ!!』


『へっ、この餓鬼がきめ! 相手を殺さずに勝ったつもりか! まだ勝負は終わってねえぞ!』


 両手の自由を鎖に奪われたまま、先端の分銅の重みが、少女の上半身をぐいぐいと締め付ける。

 この不意打ちによって、少女の手や腕を含む上半身の動きは完全に奪われていた。


『⋯⋯へへ、これで利き腕は使えねえだろう』


『止めるのじゃ! 陣内じんない! 御主の負けじゃ、既に勝負は着いておる!』


 幻斎げんさい陣内じんないに自制を促す。


 しかし本来は絶対に従わなければならない、絶対のおきて━━上忍である幻斎げんさい命令ことばは、忍の本能だけで動いていた今の陣内じんないの耳には全く届いていなかった。

 陣内じんないにとってはここはもはやいくさの場。

 陣内じんないの眼には、鎖にもがく少女は、必ず倒さねばならない外敵として映っていた。


 陣内じんないは少女と繋がる鎖を、自身の片腕に少しずつ絡めつつ距離を縮めながら、鎌を振りかざし少女の斜め後方へとにじり寄る。


 鎖鎌に腕と刀の自由を奪われては、いかに腕の立つ剣客けんきゃくでも、襲いかかる相手の追撃に抵抗して劣勢を打破するのは相当に難しい。

 陣内じんないの奇襲は、正々堂々の精神からは間違い無く外れるだろう。

 だが「生き死にの勝負に勝つ」という、戦闘における本質的な点だけ見れば、間違い無く必然かつ必勝の一手のはずだった。


 そう、通常の立ち合いの場合は。


 だが、この少女の場合だけは別だった。


 

 少女は颯爽さっそうと振り向くと、上半身を鎖や分銅ふんどうに繋がれたまま、敢えて陣内じんないの方に向かって走り出し、そして再び空中に跳んでいた。


『⋯⋯なッ!?』


 陣内じんないはまさか少女が自ら、自分の方に走り寄って来るとはつゆとも思っていなかった。

 その想定外の動きと跳躍に、少女が抵抗するものとして思い切り引っぱり続けていた、鎖と鎌を握る手の力が緩んだ。

 そして鎖鎌がほんの一瞬、薄皮一枚ほど陣内じんないの両の手元から離れた。


『⋯⋯ッ!? しまっ⋯⋯』


 その一瞬の存在を計算していたのか、少女もまた戦う者としての本能なのか。

 低空を跳び上がった少女は、緩んだ鎖の上に流れるような動きで颯爽さっそうと飛び下りると、左足を巧みに回転させ、鎖を左足首に巻きつけた。


 そして接近戦から一転、今度は陣内じんないとの距離を取るため、左足に鎖を絡みつけたまま後方へと力強く飛び退く。


 その場に居る熟練した忍の誰もが、少女の動きを追いかけるだけで精一杯だった。

 そして気づいた時には、鎖鎌は既に陣内じんないの手を離れ、持主あるじを失い、宙を舞っていた。


 そして足に鎖を巻きつけたままの少女は、最後に空中で左足を蹴り上げるように大きく振った。


 その蹴り上げによって、陣内じんないの頭上を舞う鎖鎌の刃は、まるで少女の命令を受けた大蛇だいじゃと化した。

 鋭くしなやかな軌道を描きながら波打ち、鎌首をもたげて陣内じんないに襲いかかり、その喉笛のどぶえをかっ斬っていたのである。



 それは本当に短すぎる一瞬の出来事だった。



 飛び散る血飛沫ちしぶき

 呼吸すらままならない、声にもならないうめき声。

 そして響き渡る、陣内じんない断末魔だんまつま咆哮ほうこう


 ⋯⋯陣内じんない巨躯きょくが床へと崩れ落ちた。



『今の鎌を自在に操った足技、見事としか。⋯⋯しかもあの若さで。今までどれ程までに厳しく辛い修練を積んできたのやら⋯⋯』

『あれは人間業ではない。何と末恐ろしい女子おなごだ。幻斎げんさいよ、我々はとんでもない怪物ものを拾ったのかもしれんぞ』


 幻斎げんさいと上座の男が呟いた。



 一体目の前で何が起こったのか。

 この上座の二人を除き、その場に居る誰もが口を開けたまま唖然あぜんとしている。

 

 ただ一つ言えるのは、陣内じんないは負けて、死に。

 そして少女は勝ち、生を手にしたと言う事実こと



 少女は陣内じんないの返り血を避ける事もしなかった。

 地上に舞い降りた少女、その片膝立ちの小さな身体は、降り注ぐ陣内じんないの血を浴びるがままに深紅しんくに染まっていく。


 膝を立てている左の脚。

 その足元に、絡め取った鎖鎌が血で滑り、力無くじゃらりとほつれ落ちた。

 着地の際、着物がはだけて露わになった左の太腿ふともも

 それすらも少女は全く意に介していない。


 そして血と鎖で彩られた、その妖しく美しい装いのままに、しばらく無言でその場に佇んでいた。


 完全に刻が止まっていた。


 誰も声を発する者はいなかった。


 静まりかえったその場の静寂を破り、再び雷鳴が大きくとどろいた。


 その閃光の下で、少女はまだ幼さが残る声で、幻斎げんさいたちに向けて呟いた。



『⋯⋯如何いかが』━━━━。




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― 新着の感想 ―
まだ序章という事ですが、世界観がしっかりとしていて読みやすかったです。描写の中で、世界観を損なわないようだと思うのですが、横文字を使わないという配慮が素晴らしく感じました。 それに加え、目に浮かぶよう…
陣内おバカさんだなぁ|ू・ω・` ) 無駄死にしおって。 わたしだったら命を優先する。
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