第13話 京都御所
【登場人物紹介】
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。
甚左━━━━
伊賀組の中忍。江戸から京都へ派遣された四人の忍のうちの一人。鎌足の京都での補佐役を務め、鎌足からの信頼も厚い。剣の腕も立ち、いつも優しい人格者。
平次━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足の身だしなみには特にうるさい。
大吾━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験に乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。
━━━━京都滞在時の本拠とする宿屋に着いた鎌足たちを待っていたのは、京都朝廷側から送られた、親書とは名ばかりの“下命”の文だった。
江戸を出発する前日には、到着のおおよその予定や日時を知らせる親書を京都へ送っていた鎌足だったが、宿に早々と届けられていたこの下命の文には、既に謁見の日取りがしっかりと書き記されていた。
文によると、御所での帝との対面は早速明日の午後、公家たちの務めが終わった後、申の刻(※午後16時)に行われるらしい。
「⋯⋯明日か。早いなあ、日程的にもっと余裕があるものとばかり思ってた。道中たまたま悪天候じゃなかったから良かったけど、そもそも人並みにのんびりと旅をしてたら、明日以降の到着になってて、謁見に間に合わなかったじゃないか。⋯⋯うーん、甚左はどう思う?」
「そうですね、もしかしたら我々が送った親書を見て、敢えて我々が謁見に間に合わない可能性のある日取りを組んだとも考えられますね。絶対に間に合わないとは言えないし、間に合うかもしれない、そんな絶妙な日取りですから。⋯⋯ん、謁見に出る事が出来なかったなら、それはそれでこちら側に非がある事になりますので」
「え、何それ。嫌がらせってこと?」
「かもしれません。あくまで推測ですが」
今はまだ真実は分からなかった。
しかし京都へ送った親書を書いた甚左は、旅の日程を一日余裕をもって朝廷側に伝えていた。
それが功を奏したのかもしれない。
この御所からの親書の記載によれば、明日の謁見時に御所内に実際に入れるのは、援軍のうちの代表者一名のみで、他の者は御所の門外に待機しなければならないらしい。
(⋯⋯ちぇっ、けち。何だ、明日はあの赤の大鳥居を皆で見れないのか。援軍が江戸の役職ある武士ではなく、一介の忍ということも、この扱いの理由なのかもな)
朝廷側からの要請を受けての江戸からの正式な使者であるにも関わらず、日程と言い謁見の人数といい、まるでぞんざいとも思える扱いの数々に、鎌足たち四人は多少なりとも失望と憤りを覚えずにはいられなかった。
(⋯⋯京都まで来て今更あれこれ文句を言っても仕方がない。郷に入りては郷に従え、って事かな)━━━━。
━━━━そして運命の日、謁見当日の朝を迎えた。
⋯⋯「⋯⋯ねえ、本当にこの服じゃなきゃだめ? いつものがいい」
鎌足は男装に近い着物、俗に言う”礼服“とやらを、甚左たちに無理やり着されられていた。
鎌足は江戸で様々な忍としての任務をこなしてきたが、高家の子息等に身を窶した潜入は経験がなかった。
理由としては鎌足の若さもあったが、このあたりは適材適所、御頭や幻斎は鎌足の性格や苦手を見越して任務を命じていたのかもしれない。
今まで一度も着た事の無い儀礼用の着物の着心地の悪さに戸惑い、鎌足は郷に入っても郷に従えず、更に悶々とした苛立ちを一人募らせていた。
「⋯⋯よしっ、これで少しは青年らしく見えましょう」
「ねえ甚左ぁ? 男装する必要ある? 女って言っちゃ駄目なの?」
「親書からでも何となく推察できる朝廷側の嫌がらせ。援軍の頭が女子と知れば、更に何かと問題が起こるかもしれません。念のため謁見の間だけはなるべく伏せておきましょう。謁見さえ終わればどうとでもなります」
「嘘ついた、とか怒られないかな」
「言わなかっただけです、嘘をついたわけではありません、大丈夫ですよ」
「そうかなあ? ならなるべく女子だと言わないようにするけどさ⋯⋯」
「あ、あとその声も。女子に聞こえないように、声色もなるべく低く、変えてください」
「え⋯⋯、あ、⋯⋯うん。⋯⋯あ、ああああ、こ、こうかな⋯⋯、『甚左よ、苦しゅうない、近うよれ』」
「⋯⋯はは。帝に近う寄るのは小頭ですよ? その発言は絶対に駄目ですが、声はまあ、良いでしょう。それならば、少し声が高い男子くらいには聞こえましょう」
「はぁ⋯⋯謁見って、大変なんだね。⋯⋯あ、それよりも鎖鎌と鬼切丸だ、どうしよう」
帝が居る御所内は、刀や武器の持ち込みは有無を言わさずに一切禁止されているだろう。
仮に鬼には襲われなかったとしても、決して油断はならない京都御所の内部。
何者かから奇襲を受けた際に備えて、自己を守るために丸腰だけは絶対に避けたい。
幸いにして鬼切丸は短く細身で軽いため、京都の町を歩く時と同じように、背中の着物の内側に忍ばせておく事はできそうだった。
しかし問題は鎖鎌だった。
伊賀の鎖鎌は、先端の鎌は鎖から取り外しできるように造られていた。
鎌だけは泣く泣く持参を断念した鎌足だったが、今は袴をきつく履いているため、鎖分銅はまるで腹巻きのように、腹回りに巻き付けるしか手はなかった。
その不快さだけは、堪え難いものがあった。
普段は腰下や左の太腿に巻き付け、上から羽織るものも無く、開放的にしているぶん尚更だった。
腹に鎖の冷たさと重たさが伝わってくる。
(⋯⋯何か見た目もちょっぴり寸胴になったような気がする。⋯⋯恥ずかしいなあ)
更に鎌足には試練が待ち受けていた。
御所へと向かう道すがら、気合十分な平次からの、遠慮の無い細かな指摘や小言が次々と飛んでいた。
「小頭? 鎖が腹から解けて、尻尾みたいにちらちらと見えちゃってますよ。すぐに直してください」
「あ! 着物に埃が! あぁ!? 袴には染みが! 朝食の味噌汁こぼしたでしょう? あ! 此方にも⋯⋯」
「無造作に頭を掻いたりしない事! 折角私が用意したよそ行きの髪型が崩れてしまいます!」
「あああああ、足元が!? 袴を擦って歩かない! そして一にも二にも笑顔! 愛想の良い笑顔です!」
御所へと無事に到着した鎌足は、正門から少し離れた場所で三人と別れた。
正門前に下手に四人でたむろすると、何かまた別の口撃の機会を与えてしまうかもしれない。
そう判断した甚左の提案によるものだった。
「⋯⋯じゃあ、ちょっと行ってくるね。皆のぶんまで、出来る限り頑張ってくる」
鎌足は甚左たち三人にぶんぶんと派手に手を振った。
鎌足を信じきった表情の甚左とは対照的に、大吾はずっと心配そうな表情を浮かべている。
平次は結局別れる最後の最後まで、鎌足に小言を言い続けていた。
そして鎌足の顔には、早くも疲労の色が滲んでいた。
(やれやれ、やっと御所に入れる。腹回りが重いなあ。平次の小言からも解放された⋯⋯あ、声も変えないと)
此処から先は誰の手助けも無い。
鎌足は一人、意を決して御所の正門前に立った。
すぐ真下から見れているわけではないものの、御所正面から間近に覗く大鳥居の巨大さは相当な迫力があり、この京都の人々や御所の威厳の象徴になっている事が改めて実感できた。
(わあ、こうやって近くで改めて見るとやっぱり大きいな。でもこうしていると、何となく四人で一緒に見上げている気持ちにはなれるな、⋯⋯へへへ)
鎌足は気を引き締め、大声をあげて門番を呼んだ。
「頼もーう!!」
この挨拶が正しいのか、礼儀に即しているか。
そんなことは鎌足の頭には全く無かった。
当然に知識も無かった。
甚左や平次も、開門の挨拶の言葉を教えるまでは気が回っていなかった。
まるで江戸に居る時と変わらず、呑気に門番を開門を迫り、門が古い軋みを立ててすぐに開く事を想像していた鎌足だったが、京訛りの門番からは淡々とした予想外の言葉が返ってきた。
「そんな大声でなくても分かるわ。御所ではお静かにお願いしますなあ、江戸の御使者様、はいはい、話は聞いとります。が、すんません、こちらは鬼が出はってからは、出入りが厳しいなってなあ。従五位より低い身分の御方はお通すわけにはいかんのやわ。悪いんやけど裏門の方に回っておくれやす」
「⋯⋯⋯⋯、⋯⋯は?」
(⋯⋯まさか、裏門からの参上になるとは)
これには能天気な鎌足でも、流石に溜め息が漏れた。
(また嫌がらせか、やはり良くは思われていないようだな、はぁ⋯⋯、腹も気も重いな)
仮に形式的な謁見だったとしても、元々帝の要請在りきで遠い江戸からわざわざ京都にまで参上している。
尚且つ、将軍公認の援軍だ。
それなのにこの不遜な扱いとは。
(不満だなあ。でも甚左たちに話をすると、厄介な事になりそうだなあ)
鎌足は、正門近くに詰めている甚左たち三人や通行人には見つからないように、裏門へと繋がっていく土塀の上に颯爽と飛び乗った。
幸いにして土塀の内側には、塀に沿って木々が立ち並んでいて、御所内部からは鎌足の姿は見えなさそうだった。
(よし、今だ)
鎌足は土塀の上を風のように走り抜け、甚左たちから絶対に見えない角の位置にまで来ると、通行人の目を盗んで再び通りへと飛び下りた。
(よいしょ⋯⋯、っと。手間がかかるなあ)
長い土塀に沿った通りを裏門に向かって一人歩く鎌足だったが、その際に京都御所の大きさや立派さにも改めて気付かされることになった。
(⋯⋯凄いな。もしかしたら江戸城より立派な造りかもしれない。御所の中にはかなり広い場所もありそうだけど、反対に狭く入り組んでいる場所も多そうだ。身を隠して守るには最善かもしれないけど、攻めに転じた時に鎖鎌で戦うには難しい場所かもしれない。忍刀より小回りの利く、この鬼切丸の方が役に立つかもしれないな)
鎌足は背中の鬼切丸の膨らみに手をかけながら、鬼と戦う自分の姿、戦い方に思考を巡らせていた。
この御所は東西南北に門を持っているようで、鎌足が先程訪れた正門は、どうやら南の門らしかった。
甚左から聞いた門の名前は既に忘れてしまったが、東西南北にそれぞれ一つ、四門が存在しているらしい。
(まあ、時によって正門が入れ替わったり、門の数も増えたり減ったりするらしいけど。⋯⋯四つの門か。⋯⋯四人で手分けして守ることになるんだろうか。でも大吾にはちょっと荷が重すぎるな)
変な噂が回っているのだろうか。
正門の南門より一回り程小さい西門の前を通る時、鎌足は門番たちからじろじろと興味の視線を注がれた。
なるべく門番たちとは目を合わせないように、怪しいぎこちない動きで通り過ぎた鎌足は、裏の北門へと更に進んでいった。
(御所は四方を強固な高い塀垣と門に囲まれているのか。これは中で何かが起きても、外からは分からないかもしれないな。でもこの中に鬼はどうやって侵入してくるんだ? 塀を飛び越えて? 打ち破って? ⋯⋯いや、でもそんな破壊の痕跡はまるで見当たらない)
想いを巡らしながら相当な距離を歩いているうちに、鎌足はやっと目当ての北の裏門に辿り着いていた。
裏門とは言え、佇まいは正門とまるで遜色無く、むしろ柱も屋根も装飾も正門以上に相当に豪華で重厚な造りをしている。
時代によっては、この北門が正門として使われていたらしいことが改めて納得できた。
御所の内々で連絡は行っていたと見えて、今度はしっかりと案内役の男が出迎えてくれた。
しかし今度は鎌足の若さが、案内役と裏門の門番たちを相当に戸惑わせた。
「あの、失礼ですが、本当に江戸の御使者様ですか? 貴方様の姓と名は?」
「はい、こちらに特使を証する将軍様からの親書が。鬼を滅するための御力添えに只今参上仕りました、私の名は鎌足。⋯⋯姓は伊賀。⋯⋯伊賀の鎌足と申します」
この時の鎌足は、門番が気圧されてたじろいでしまう程に、凛と答えた。
「し、失礼致しました。⋯⋯い、伊賀鎌足様ですね。姓名、確かに承りました」
仲間内の呼び名である“鎌足”の名付け親の幻斎は、鎌足がいつの日か自分の本当の姓名を思い出す日が来ることを慮って、鎌足に姓までは敢えて与えてはいなかった。
今、姓を問われた鎌足は、何の躊躇も無く、”伊賀“という姓を門番に伝えた。
それは伊賀の忍であるという、自身の誇りの表れでもあった。
(反応はどうかな、すんなりと入れてくれるのかな)
裏門の門番たちの反応に身構えた鎌足だったが、予想していたよりはそれなりの礼をもって迎えられた。
先程見せた江戸幕府から親書も効いたのだろう。
(江戸からの援軍って、もしかしたら髭もじゃのごつい男とか、甚左みたいにいかにも賢そうな、落ち着いた雰囲気の男が来るとでも想像していたのかな。⋯⋯そうだ、なら私の代わりに甚左が来れば良かったんじゃ? ⋯⋯しまった、もう遅いか)
鎌足の目の前で、古き良き音色の軋みを立てて開いていく、裏門の厳かな扉。
目だけではなく音でも、この京都御所の千年近い歴史の重みが伝わってきた。
しかし江戸者の鎌足にとっては、この御所の門は、狡猾な手で散々嫌がらせを仕掛けてくる敵方の城の門。
そしてそれは恐ろしい鬼の残り香にも包まれ、言わば混沌が渦巻く異世界と人間界との境界線。
今、目の前で開いた扉は、まるで数々の魔物たちが潜む御殿━━伏魔殿の入口のように思えた。
大きな口を開け、江戸からの侵入者を待ち構えるような門を前に、鎌足は湧き上がる使命感で武者震いする。
そしてその小さな身体は、何ら怯むことなく、境界線を越える一歩目を力強く踏み出した。
(⋯⋯さて、と。果たして、鬼が出るか、蛇が出るか)━━━━。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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★当初投稿とタイトルを変更しました。内容は当初投稿と一緒です。
★次回第14話「出逢い」は、1月18日公開予定です。




