第11話 京都御所(前編)
【登場人物紹介】
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。
甚左━━━━
伊賀組の中忍。江戸から京都へ派遣された四人の忍のうちの一人。鎌足の京都での補佐役を務め、鎌足からの信頼も厚い。剣の腕も立ち、いつも優しい人格者。
平次━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。手裏剣の名手。全国各地の情勢に詳しく知識が豊富。お節介焼きな性格で、鎌足の身だしなみには特にうるさい。
大吾━━━━
伊賀組の中忍。江戸からの援軍の四人の忍の一人。まだ若くて実戦経験に乏しく、武芸の腕もいまいち。真面目でひたむきな性格。京都では情報伝達が主な任務。
━━━━「おばさん、お団子もう一皿ちょうだい」
鎌足は宿に向かう途中、休息にふらり立ち寄った茶店で、京都名物のみたらし団子を頬張っていた。
「⋯⋯、ちょっと? 小頭? 食べ過ぎじゃないですか? ⋯⋯太りますよ?」
そんな平次の小言にも鎌足は何一つ動じない。
甚左らが三人で一皿六本の所を、鎌足は既に二皿十二本を完食寸前だった。
「長旅をしてきたからお腹が空くんだよ。京都で流行りの物を調べる、これも大事な任務だよ。⋯⋯あ、大吾、なに? 食べないの? 勿体ないなあ、ならちょうだい」
「ああっ、小頭!? ち、ちょっと、やめてくださいよ! ⋯⋯あ、ああっ⋯⋯、最後の一串を⋯⋯」
自分の分は既に食べ尽くした鎌足は、隣に座る大吾の分までも美味しそうに食べ始めた。
「⋯⋯ふふ、大吾の団子も美味しいね、同じ甘い味だ。うん、毒は入ってはいないようだ」
鎌足は終始笑顔だった。
(⋯⋯あの御所の目印の大鳥居、早く真下から皆で見上げてみたいなあ)
生まれて初めて訪れる京都。
鎌足は京都への期待は大きかったが、実は内心では期待と同じくらい心配も大きかった。
京都御所が何処にあるのか、道に迷わないで辿り着けるか、初めて訪れる地ならではの不安に囚われていた。
だが不安は全くの杞憂だったのが分かった。
京都御所の敷地内には、高さにして十五間(※27m)以上はゆうにある巨大な赤鳥居が建立されていて、京都の町中の何処に居ても鳥居の上部の笠木あたりは見る事ができ、御所の位置がどの方面か把握できたからだ。
この鳥居は京都と帝の象徴としても、人々から愛され崇められていて、この茶店からもしっかりと確認することができていた。
鎌足は道を迷わないで済む安堵と共に、御所内で実物を真下から見上げる瞬間を想像して、子供のようにわくわくとした気持ちでいっぱいだった。
「ねえ? 大吾。あのさ、御所に入ったら、あの大鳥居にこっそり登ってみようよ、あそこから見渡せる景色はきっと綺麗だよ! 私や皆なら簡単でしょ?」
「え、どうやって大鳥居に登るんですか、小頭?」
「そりゃ鉤縄とか使ってさ、ほら? よく江戸で城壁を一緒に登ったじゃない。鉤爪をさ、こういうふうにぶんぶん振り回して投げてさ、引っ掛かけてさ、登ってさ」
「いや、それは流石に⋯⋯、御所の警備は夜間とは言え、他の人の目が。もし見つかったら私たち皆、江戸に追い返されちゃいますよ?」
「⋯⋯あ、それもそうか、⋯⋯あーあ、残念」
溜めて吐いた息の代わりに、最後の串に残る最後の団子は、鎌足の口の中に吸い込まれていく。
「ああ、この団子、江戸に帰る時に百地翁様のお土産にしたいな⋯⋯、売切れる前に今、先に買っておこうか」
「腐ります。やめてください」
そんな平次の呆れ顔を笑いながら眺めた甚左は、残った湯飲みの茶を飲み干すと、刀を腰に差し直した。
「さあ、そろそろ行きましょうか。宿の女将が我々の到着を今や遅しと待ってますよ」
甚左の言葉を合図にして、平次も大吾も顔を見合わせて頷き、長椅子の上へ置いていた刀を腰へと戻した。
しかし鎌足だけは名残惜しそうに、そして何かを言いたそうに、もじもじとしている。
「⋯⋯もう行くんだ? 折角の桜日和だから、桜餅なんかも食べてみたかったなあ、⋯⋯なんて」
鎌足の言葉を聞いた途端、甚左たち三人の顔があからさまにどんよりと沈んだ。
(⋯⋯う。は⋯⋯はは、桜餅はやっぱりやめておこう)
勘定を終えた鎌足たち一向が、賑やかな往来へと再び歩き始めた時だった。
大通りの喧騒の中、ふと子供の鳴き声が鎌足の耳に入ってきた。
微かに子供の母親らしき声も聞こえる。
「⋯⋯我が儘もいい加減にしとき⋯⋯」
”我が儘“という言葉に、鎌足の足が止まった。
自分が呼び止められたのではないか、そんな錯覚に囚われたからだ。
(⋯⋯はっ、わ、⋯⋯ごめんなさい)
心で何故か謝りながら、“忍の耳”をそばだてた。
「⋯⋯もう、そんな我儘ばかり言うてると、日が暮れたら、恐い鬼に拐われて、頭から食べられてしまうよ」
それは鎌足たちが休んでいた茶店のすぐ近く、子供が喜びそうな小さな玩具が軒先に並ぶ店の方からだった。
(⋯⋯っ! ⋯⋯鬼? ⋯⋯今、鬼って聞こえた。京都に入ってから初めて聞いた。こんなに平和に見えても、やはり今の京都の町には鬼が根付き始めているのか?)
鎌足は声のした方向に視線を送る。
駄々をこねる子供を母親が叱っているのだろうか。
人が行き交う雑踏の隙間に、寄り添う母と子の姿が視界に入った。
きっと子供が何か無邪気な悪戯をしたか、母親に玩具を強請るなど聞き分けのない我儘を言ったのだろう。
子供が間違いなく恐がる”鬼“という言葉を使うことで、母親は子供を躾しようとしているように見えた。
「⋯⋯え、それ本当? おっかあ、鬼が町にまた出はるの? 怖い、怖いよ怖いよ、どうするん?」
しかし母親の思惑に反し、子供は泣き止むどころか、更に激しく泣き出してしまった。
(⋯⋯あ、泣いちゃった)
母親は慌てた様子で子供の頭を撫で始めた。
「⋯⋯まあ、あらあら、泣かないでええんよ。堪忍な。驚かせてしもた。⋯⋯そんな顔せんといてな。大丈夫よ。もしね、この間みたいに恐い鬼が出はっても、村雨がまた皆を守ってくれるわ」
「⋯⋯本当? もし鬼が来はっても、あの”うた“みたいに鬼をやっつけてくれはるん?」
「⋯⋯そうやで」
優しく頷きながら、母親は微笑んだ。
(⋯⋯むら⋯⋯さめ?)
それは鎌足にとって、初めて聞く言葉だった。
「⋯⋯ん、あれ? 小頭? どうしたんですか。早く宿に向かいますよ?」
「え? ⋯⋯あ、う、うん」
声をかけた大吾も、甚左も平次も、三人は鎌足を置いてどんどん先に進んでいってしまう。
「⋯⋯あ、ちょっと待って、みんな」
再び歩き出した鎌足の耳に入ってきたのは、大吾の呼び掛けの声と重なる、“何か”の一節を口ずさむ母親の声だった。
「⋯⋯ほら、皆が⋯⋯てる⋯⋯たの通りよ。よい⋯⋯の、きり⋯⋯る、しら⋯⋯ひ、⋯⋯れし、⋯⋯さめ」
「ねえ! 小頭! 早く! 甚左さんも平次さんも行っちゃいますよ! 桜餅なら私が後で買ってきますから!」
(⋯⋯これは、⋯⋯何かの、うた? ⋯⋯かな?)
鎌足の耳が捉えた母子の会話はここまでだった。
(⋯⋯ん、⋯⋯、⋯⋯まあ、いいや)
鎌足は母子から目を離すと、小走りで三人の後を追いかけた。
その背後で、その母子の会話は大通りの賑やかな雑踏の中に掻き消されていった━━━━。
この時、鎌足の耳に聞こえたもう一つの言葉⋯⋯『村雨』。
鬼にばかり気を取られている鎌足の心には、今はまだ僅にしか残る事はなかった。
しかしこの『村雨』という言葉が、この先に待ち構える鬼たちとの壮絶な戦いにおいて、決して忘れ得ない程に鬼たちよりも深く強く、その心の奥底に刻み付けられていく事になろうとは、今の鎌足には知る由はなかった━━━━。
第11話前半、最後までお読み頂きありがとうございました。引き続き後半も是非御一読ください。
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今後は文量が多い予定の回は、気軽に読みやすいように前後の2部構成か、前中後の3部構成で区分けして投稿していく予定です。




