第11話 京の都
【登場人物紹介】
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。
━━━━鬼の脅威はまだ京都内だけなのだろうか。
それとも京都からの鬼の流出を阻止する、特別な”何か“が機能しているのだろうか。
東海道の宿場街や農村、旅路ですれ違った人々の顔色や佇まいは、まさに平和そのものといった具合で、鬼の気配どころか帝や京都に危難が迫っている現実がある事など、まるで全てが夢幻、嘘のようにすら思えた。
四年前に御庭番衆に取り立てられてから、そのほとんどの時間を伊賀屋敷で剣技を磨いたり、江戸周辺内での任務の遂行に費やしてきた鎌足にとっては、東海道を完全に抜けるのは初めての体験だった。
京都で目にするだろう景色、耳にするだろう言葉や文化、そして町の匂いに至るまで、その全てに早くも興味をそそられ、京都に一歩一歩と近づいていくたびに、自然と胸が高鳴っていくのを感じずにはいられなかった。
「あとどれくらいで着くかな? まだかなあ、京の都」
楽しみで仕方ないのだろう。
事あるごとにきらきら輝く鎌足の笑顔は、たまらなく人懐っこくて、そして何とも微笑ましい。
甚左、平次、大吾の三人の顔にも、その度に自然と鎌足の笑顔が移っていた。
京都に入る最後の関所を越えると、往来はどんどん華やかになる。
山を下る街道の木々の隙間からは、たくさんの由緒正しく厳かな寺院の屋根、巨大な鳥居、整然とした碁盤の目のような通りが鎌足たちの視界に飛び込んできた。
誰からも「京都に着いた」と言われたわけではない。
それなのに、歴史と伝統を感じさせる建物や景色の一つ一つが、無事に目的地である京都に着いた事を知らせてくれる。
たったそれだけで、何か大きなことを一つやり遂げたような達成感が、胸の奥から湧き上がってくる。
加えて春という季節柄。
街道沿いの木々も、鎌足たちの京都入りを祝福するように、満開の美しい桜を咲かせて出迎えてくれていた。
「わあ、綺麗だなぁ、古の都で見る桜は格別だなぁ」
桜吹雪の並木通りを四人は歩く。
ひらひらと頭上に舞う桜の花弁と一緒に、舞うように跳びはねるように、鎌足は一人はしゃいでいた。
「ははははは、⋯⋯見てみて、大吾、京都の桜は、色や形が少し違うよ?」
この時の鎌足は、極秘任務を帯びた忍としての顔ではなく、純粋無垢な十六、七の女子らしさに溢れていた。
そんな鎌足の姿に、見つめる甚左たち三人の表情も、また自然と緩んだ。
「甚左さん、着きましたね、京都。いよいよですね、我々の任務」
「ああ、此処から先は、人の目にもつきやすくなる。慎重に行動しないと」
「そうですね。あの小頭の忍装束は目立ちすぎますから。後で着替えてもらいましょう。それにしても小頭、はしゃぎすぎだ、⋯⋯はははは」
段々と町は賑やかさと華やかさを増してくる。
目立たずに人目を避けるように、四人は通りの端を歩きながら、此処京都での暫くの滞在先となる宿屋へと向かって歩いていた。
「ねえ、平次? 何でわざわざ端っこ歩くの? 真ん中を堂々と歩こうよ」
「⋯⋯誰かさまが目立つからです。何処に朝廷の警備兵が目を光らせているか分かりませんから。謁見前に不審人物扱いをされたくはないでしょう?」
「⋯⋯ん? 誰かさま、って誰のこと?」
平次は意を決して、気になっていたことを鎌足に尋ねてみた。
「小頭、もう少し身なりを整えてはどうでしょう? 京都にも着きましたし、気持ちを改める意味でも着替えなどしてみては?」
「え? なんで?」
何を言ってるか全く意味が分からない、といった様子で鎌足はきょとんとしている。
「忍装束の上にそんな薄い羽織を纏っただけ。後はほとんどいつもの姿とは⋯⋯」
「⋯⋯? ああ、これ? へへへ、似合ってるでしょ」
鎌足は道端で拾い上げた木の棒を振り回し、道の傍に生える草木を叩きながら、あっけらかんと答えた。
「とは言いましても、時の帝にお会いするというのに、髪もぼさぼ⋯⋯、いや、もう少し整えられたほうが?」
「うーん? 私はあまり気にしないけどな」
鎌足が髪を乱暴に弄くる。
「そういう問題ではなく⋯⋯」
「まあ、大丈夫なんじゃない? 京都は京都、江戸は江戸だよ。私はこの格好や髪が一番楽なんだ」
鎌足の能天気な笑顔に、甚左が平次の耳元で囁いた。
「平次、だめだ、無意味だ、そのあたりで止めておけ、小頭には洒落た話は通用しない」
「だよなぁ⋯⋯」
二人がひそひそと話す間、大吾は終始肩を震わせながら、笑いを必死に堪らえようとしていた。
外からは見えないように、羽織の内側の背中に差している鬼切丸。
鎌足は少しだけ微笑みながら、その背中の膨らみに優しく手を触れた。
鬼切丸は半刃のため、鞘から外れやすい。
そのため鎌足は鞘は使わずに、今は代わりに白布を刀身に巻き付けていた。
鎌足はこの三日間、東海道の宿場で夜を迎えるたびに、枕元には常に鬼切丸を置いて眠った。
鬼切丸の刀身の布を外して、布団に横になる。
そして微睡みの直前まで鬼切丸の刃をじっと眺める。
それだけで幻斎が傍に居てくれ、そして自分に大きな力や勇気を与えてくれるような、そんな気がしていた。
幻斎に刀を授かってからまだ七日足らずだったが、鎌足にとって鬼切丸は、相棒の鎖鎌と同じくらい大切で、宝物のような特別な存在になっていた。
「⋯⋯なら、どうか髪だけでも小綺麗にできませんか、ただでさえ小頭は他の女子に比べ髪が短いのですから、目立ちます。このままだと江戸者ではなく田舎者です」
「長さは仕方ないよ、今更どうにもならないし、これくらいの長さが動き易くて涼しくていいの! ⋯⋯はぁ、っ、はいはい、どうせ私は女子らしくないですよ」
鎌足は膨れっ面のまま、小走りで駆けていく。
「やれやれ⋯⋯、また逃げ出した」
平次の呟きに甚左も大吾も大笑いする。
その三人の表情をちらちらと振り返り窺いながら、鎌足はこの日この時、一つのことを密かに誓った。
(⋯⋯絶体に髪を伸ばして見返してやる、見てろぉ)
そうこうしている内に華やかな京都の通りに入った鎌足ら四人は、人混みを抜けて緩やかな坂を下っていく。
その眼前には、京都の中央、賑やかな烏丸通りの町並みが広がっていた。
「ねえ平次、あれは? あの人がたくさん集まっている大店は何? 有名なの?」
「ああ、あれは京都で十本の指に入る有名な呉服屋、桔梗屋ですよ、繁盛ぶりの噂は江戸にも伝わってます」
「甚左、じゃあ、あれは? 月と弓と花なのかな? あの立派な神紋が飾ってある神社は何?」
「何でしょうね? たぶん弓に関係のある何処か有名な社と、縁のある神社でしょうね、⋯⋯はは、これは小頭のためにまずは京都探索をしないといけませんな」
古の風情が漂う街並みに、活気に溢れた店の並び。
日本の歴史を感じる神社仏閣、厳かな伽藍の屋根。
そして喧騒の中でも耳に残る、京言葉の優雅な響き。
京の都の全てが鎌足の顔を輝かせる。
(本当に京都に来たんだなぁ)
通りを歩く鎌足の足取りは、長旅の疲れすらも全く感じない程に、軽やかに弾んでいた。
休息に四人でふと立ち寄った大通りの茶店。
長椅子に腰掛け、傍の桜の木を仰ぎ見ながら、鎌足は羽織の下の背中から、鬼切丸をそっと抜いた。
(⋯⋯鬼切丸、やっと京都に着いたよ。⋯⋯さあ、私たちの戦いが、いよいよ此処から幕を開けるんだ⋯⋯!)
そう語りかけた鎌足の掌の中で、鬼の血の代わりに薄紅色の桜を纏いながら、鬼切丸は今はまだ静かな眠りについていた━━━━。
最後までお読み頂きありがとうございました。
『羅生門怪鬼譚』いよいよ本編/第一鐘が開始です。
次回から回を重ねるごとに、物語が大きく動き出していきます。引き続きぜひ御一読ください。
創作の励みになるので、ブックマーク、評価、感想等もお待ちしています。
★気軽に読みやすいように、当初投稿した第10話を第10/11話の二つに分けました。内容は当初投稿と同じです。




