第10話 旅立ち
【登場人物紹介】
伊賀の鎌足━━━━
江戸城の公儀御庭番伊賀組の小頭の女忍。伊賀流鎖鎌の使い手。幻斎に授けられた、七十年前に鬼を滅した伝説の刀『鬼切丸』を手に、鬼が現れた京都御所に援軍として派遣される。裏では朝廷側の探索の密命も帯びる。
百地幻斎━━━━
伊賀組の前頭領にして、七十年前に鬼と戦い勝利した『六歌戦』の数少ない生存者。今は頭領も『六歌戦』も共に退き、伊賀の重鎮として現頭領の服部半蔵を補佐している。鎌足を実の孫のように可愛がっている。
━━━━三日前の鎌足の蒼鬼との死闘は、伊賀組を混乱に陥れていた。
やがて平常心を取り戻して伊賀屋敷に戻った鎌足は、甲賀忍者の追跡の顛末を幻斎に包み隠さず報告した。
甲賀忍に同化していた蒼鬼との遭遇、その醜悪な外見、人外の力の凄まじさ、そして無尽蔵の防御力。
その報告の一つ一つが、伊賀の忍たち全員に天変動地の驚きを与えた。
⋯⋯江戸でも鬼が出現した。
それは、徳川治世と伊賀組の今後の安泰を揺るがしかねない、由々しき大問題だった。
「鬼が江戸にも現れよったか。⋯⋯そしてやはり、此度は蒼鬼じゃったか⋯⋯、しかも人形。葬魂の鬼とは」
眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべる幻斎の前で、鎌足は派手な身ぶり手ぶりで、凶暴な蒼鬼を上回った鬼切丸の凄さを力説した。
幻斎を少しでも安心させたい想いからだった。
しかしそれでも幻斎の表情は終始厳しいままだった。
江戸城を警護する役目を担う御庭番の伊賀組として、総力を結集した更なる強固な警備体制を、江戸城内外に即座に敷く必要があった。
幻斎の指示の下、伊賀組は総出で江戸城警備の準備、各所への連絡、部隊の編成などに慌ただしく動いた。
しかし鎌足ら京都援軍組は三日後の京都出発に向け、旅の準備に集中しなくてはならない。
江戸の防衛には参加できず、蚊帳の外に置かれた鎌足は、旅立ちまでの三日間ずっと心が落ち着かなかった。
(⋯⋯これ程までに切羽詰まった顔の皆を見るのは初めてだ。江戸の大事。本当に私は京都に向かっても良いのだろうか。出来ることなら江戸で皆と一緒に戦いたい)
そんな考えが頭を過るたび、首を何度も横に振った。
(いや、⋯⋯京都を防衛するのも大事に変わりはない。京都を守ることは江戸を守ることにもなるんだ)
そう自分に言い聞かせた。
そして鎌足が京都へ出発する当日の朝を迎えても尚、まだ伊賀組の慌ただしさは続いていた。
見送りは極めて少数となってしまっていた。
人もまばらな早朝の百地屋敷前。
それでも幻斎はしっかり見送りに出てくれ、最後まで鎌足の手を取って、暫しの別れを名残惜しんでくれた。
「百地翁様、お酒の飲み過ぎや甘い物の食べ過ぎには気をつけてくださいね。特にお餅。くれぐれも喉に詰まらせないように。あと夜更かしは不健康の元。早寝早起き、指切りげんまん。鬼を斃して帰ってきた時、百地翁様が居なくなってた、みたいなのは絶対に嫌だからね」
鎌足は最後の最後まで、高齢の幻斎の規則正しい生活を気遣う言葉ばかりをかけていた。
そんな鎌足の手を、まるで本当の孫の手のように優しく握りながら、幻斎はにこやかに笑った。
旅立ちの朝も御頭である半蔵は居なかった。
(やっぱり御頭の顔も、最後に一度見てみたかったな)
鎌足は京都援軍の任務を告げられた夜、幻斎の背後の隠し扉に潜む半蔵の存在に、実は気付いていた。
しかし敢えて、何も「見ざる、聞かざる、言わざる」を貫いていた。
仲間内の慢心を防ぐために、敢えて真意を伏せて決して甘い顔は見せない⋯⋯、そんな御頭の信念や性格も重々理解していた。
別れに際して顔を見せようとしなかったのには、きっと御頭なりの何か深い意味や、特別の理由があった故のことだろう。
互いの胸の内を尊重しあうことも、義父でもある御頭への一つの忠義の証。
そう鎌足は考えていた。
そしてその考えは、常に前向きな性格の鎌足の中で、今回の任務の更なる励みや決意へと既に変わっていた。
鎌足は再び首を横に振る。
(⋯⋯面と向かって胸を張って、また会える日まで)
自分を育ててくれた半蔵や幻斎の期待に必ず応える。
京都での帝の警備、鬼の撃退、そして極秘の偵察任務も必ず成功させる。
幻斎が用意してくれた真新しい草鞋の紐を強く縛りながら、鎌足は改めて心に堅く誓った。
「⋯⋯行ってきます。百地翁様、みんな」
旅衣装の鎌足は、我が家とも言える伊賀屋敷を何度も何度も振り返りながら、見送りの幻斎と伊賀衆に向けて何度も何度も大きく手を振った。
⋯⋯西暦一七二八年、享保十三年、四月四日早朝。
鎌足ら伊賀の援軍組は、京都に向けて旅立った━━━━。
━━━━百地たちに別れを告げてから三日の後。
鎌足を援軍の頭とし、伊賀の選抜隊の三名を加えた合計四人の伊賀忍たちは、既に京都とは目と鼻の先の街道の宿場に入っていた。
この京都援軍派遣における三人の同伴者の人選は、幻斎の許可を得て、小頭の鎌足自らがおこなった。
京都で待ち受けるのは、過酷な鬼との戦い。
幻斎も懸念していたように、選抜した仲間は、間違いなく生死の危険を伴う戦場に晒される事になる。
当然剣技の力量の有無は重要視しなくてはならない。
勿論それだけではない。
移動の迅速性も考慮する必要がある。
鎌足は悩んだ挙げ句に、最終的には”信頼性“を最重視し、“危険性”の面から少数精鋭の構成にした。
それ故に同行した三人は、伊賀組の中下忍の中でも、特に鎌足が心から信頼のできる者を選んでいた。
一人目は、甚左。
齢二十七。
伊賀の中忍古参で、潜入や暗殺の実戦経験も多い。
変装も情報収集も得意で、万能型の忍だ。
鎌足には遠く及ばないものの、刀や槍の腕前は中々のもので、鎌足とは旧知の仲のように気が合った。
いつも穏やかで誰に対しても優しく、経験面でも人格面でもまさに同伴内の統率役に相応しい。
この京都遠征の鎌足の右腕的な存在と言えた。
二人目は、平次。
齢二十四。
同じく中忍であり、手裏剣の名手だ。
甚左とほぼ同等の剣技や体術も持ち合わせている。
手裏剣での遠隔攻撃ならば接近戦に比べ危険度は格段に下がる事から、今回の任務の仲間に加えたのである。
凛々しい出で立ち、世話焼きで話上手。
全国各地の情勢を的確に把握していて、知識の面では他の誰よりも頼りになる男だ。
最後の三人目は、大吾。
まだ齢十九。
中忍の家系とは言え、若さ故に実戦経験は浅く、全てにおいてまだまだ修業の身だが、与えられた任務は常に真摯に全力で挑む。
鎌足とは年齢も近いため話も合い、またその朗らかな笑顔は皆の心を和ませる不思議な魅力があった。
そんな真面目でひたむきな性格を鎌足は買い、危険な戦闘要員ではなく情報伝達役として、今回の京都同行の列席に加えたのである。
三人とも二つ返事でこの援軍に加わってくれていた。
中忍に属するこの三人は、当然に鎌足よりも古くから伊賀に仕えている。
それにも関わらず三人ともが皆、歳下かつ新参者の鎌足を心から慕ってくれていた。
伊賀の御庭番衆にあっては、何よりも血筋が重んじられるため、鎌足は本来ならば、仲間内では終生余所者扱い、下働き者と見なされるはずの存在だった。
そんな鎌足が、伊賀の位として半蔵と幻斎そして御頭補佐に次ぐ、四番手の小頭にまで異例の昇格ができたのは、鎖鎌や剣技の実力が認められたからだけでは無い。
血筋に劣る上に記憶を無くし、しかも女子であるにも関わらず、前向きにひたむきに強く生きる鎌足の人間的魅力が、多くの下忍や中忍たちに共感と感銘を与えていたことも、小頭推挙を受けた大きな理由の一つだった。
(この三人なら、一部の上忍みたいに血筋に拘ったり、我を通す事は絶対に無い。きっと京都でも上手くいく)
四人は順調に東海道を西へと進んだ。
市井の早飛脚ですら最短五日から六日はかかる東海道を、この四人の伊賀の忍たちは驚異の脚力をもって、僅か三日で駆け抜けていた━━━━。
最後までお読み頂きありがとうございました。
『羅生門怪鬼譚』いよいよ本編/第一鐘が開始です。
本編から回を重ねるごとに、物語が大きく動き出していきます。引き続きぜひ御一読ください。
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★当初投稿した第10話を読みやすいように第10/11話の二つに分けました。内容は当初投稿と同じです。




