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読んでいただけたら( *´艸`)とコメントしていただけたら嬉しいです。

「初めまして、フラワーショップ、星の砂へようこそ」


春の月ニ日目、私は街の花屋に来ている。


店番はサンゴの父親のサンドで、笑顔が柔らかなサンゴの笑顔は父親譲りなのだと改めて思った。


チゼルとしての動作にも慣れ、違和感なく朝を迎えた。今朝は朝ごはんを食べ、畑のエリアを整備して道具箱に置いてあった鍬で土を耕し、十時になったので、町に繰り出したのだ。


「チゼルさん、おはよう」

「おはよう、サンゴ」


サンゴは花屋のテラスでせっせと鉢植えに水をやっていた。


私はお酒に入っているミントかピザに乗っているバジルくらいしか見分けはつかないが、たくさんの種類のハーブがおしゃれに並んでいる。


「昔いろんなハーブや野草をおそわったのになあ」


研磨と行っていた野外活動を思い出す。記憶力が良くて一度聞いたものや見たものをなんでも覚えていた研磨。聞いたらすぐに応えてくれていたので、ハーブの名前もしらない残念な女子になってしまった。


「研磨は会場についたのかな」


研磨のことだから律儀に慌てて来そうだから、申し訳なくなる。


「そういえば研磨の推しに会ってないじゃん。コクヨウと会ってから工房に行こうかな」


独り言を言ってもサンゴには聞こえている素振りはない。テラスからまた店の中に入り、商品棚の前に立って、売り物の種を手に取った。


春の種はラディッシュとじゃがいも、キャベツ、玉ねぎがある。


ゲームの使用上、ラディッシュは種を蒔いて5日で収穫できる手頃な出荷物だ。


1つ300Zのタネから9個野菜が取れるので、ひとつ40Z以上になれば利益が出る。


品質は天気と水やりの回数で決まり、運要素が強いため枯れない程度に世話をするのがコツだったはずだ。もちろん品質は高ければ高いほど、出荷額は良い。


まずは、ラディッシュと二つとキャベツの種を購入した。キャベツは出荷まで20日かかるが単価が高い。


「お買い上げありがとう」

「こちらこそありがとうございます」


会計はサンドが対応してくれて、私は買った商品をリュックに入れた。


テラスを除くとサンゴは変わらず水やりをしている。


話しかけると、営業スマイルだ。


「お買い上げありがとう。育て方で分からないことがあれば聞いてね」

「うん、何かあったら頼らせてもらうね」

「春はお花の季節だね」



サンゴのこの「春はお花の季節だね」というセリフは季節ごとに変わるのだが、「花も人間もお水が必要だからね」「君は太陽みたいだね」と友好度が上がるとセリフが変わる仕様だ。今はまだ知り合い程度という感じなので、毎日会いに来て会話をして仲良くなっていく必要がある。


「またね!」


私はサンゴに挨拶をして花屋を出た。それから向かうのは図書館だ。


春の町はたくさんのお花が咲いていて歩くだけでも楽しい。広場からの桜の花びらも風に乗って街をひらひらと舞っていた。


もしかしたら町の花壇は花屋の管理なのかもしれない。

ただの背景と思っていた道にすら、物語を感じてしまう。

サンゴとサンドが相談しながら花を植えているのを想像して、自然と笑みが溢れた。


「おはようございます、チゼルさん」

「おはよう、エド」


図書館の扉を開けると正面のカウンターにエドがいて、事務仕事をしていた。

午前中は、エドだけの静かな時間なのだ。

お昼間は街の子どもたちが集い、和気あいあいとした雰囲気の中勉強を教えている。


「どうですか、新生活は」

「うん、ワクワクしてるよ」

「新生活に役立つ本がみつかります様に」

「ありがとう」


本のラインナップは月毎に変わる。今日はエドに会いに来ただけなので、今度雨の日にでもゆっくりこようと決めて、図書館を出た。


町には日替わりで町人たちが思い思いに過ごしている。

買い物に行く人、日向ぼっこをする人、マダムたちの井戸端会議。子どもたちのお散歩にも。


「おはようございます」

「チゼルさん、おはよう」


出会う町の人に片っ端から挨拶をする。現実世界では挨拶すら最低限にとどめているのだから、正反対だ。

ゲームの中だから、こんなに明るくコミニケションできる。

友好度のためだけれど、現実世界だって挨拶するメリットはあるはずなのに、そうは思ってもやらないのだから不思議だ。


「さてと」


一度立ち止まって、町を振り返った。

本当はケーキ屋にもケイトウ牧場にも行きたいのだけれど、今日はなんと言っても最推しのコクヨウに会うという最大のイベントがある。


さっと牧場に帰って、ゲームの中では幾度となく操作してきた種まきをし、満を辞して山に向かった。



山小屋への道すがら、出荷できそうな山菜を採りながら心の準備をする。


一番好きなキャラクターのコクヨウ。


若くして棟梁になった職人だ。両親を海の事故で亡くして先代棟梁だったおじいさんに育てられ、そしておじいさんが亡くなって跡を継いだのだ。

ファームの建物の増築を頼めばニ、三日で完成させてくれる凄腕の大工で、礼儀礼節に厳しく、その分己にも厳しく、自然を愛し、自分の仕事に誇りを持っている。


「大人になったら自分の仕事に誇りを持てるものだと思っていたのにな」


いつのまにかその憧れすら忘れてしまっていて恥ずかしくなった。いざコクヨウに会うとなったら、ゲームの内容に紐づいたあの日々の感情すら一緒に思い出してしまう。

進路で悩んでいたもやもや。コクヨウが「信じる道をいけばいい」と言った。

それはコクヨウが、自分自身にも主人公にも言った挨拶の一つ。

ただのゲームのなかのことなのに、励まされた気がしたのだ。


深呼吸を三回。前髪が汗で張り付いてないかを手櫛で髪を整えて、山小屋に入った。


山小屋はいわゆる合掌造りのような外観で古き良き趣きがある。


土間と畳のスペースが分かれていて、土間には昔ながらの釜戸もあって、鍋や鍋蓋、菜箸などが置かれていた。

部屋の入口の棚にはたくさんの釣り竿が置いてあるのは、コクヨウの趣味のものだ。

土間から畳のほうを見遣ると囲炉裏があって、囲炉裏の鍋からは湯気が上がっている。

お昼時だから昼食かもしれない。大工仲間の分のお椀も傍に置いてあった。


そしてその囲炉裏の奥の作業台に座っているのが、コクヨウだ。


「こんにちは」

「おう、初めてみる顔だな。なんだ依頼か?」

「初めまして、ファームに新しく住むことになりました、チゼルと言います」

「そうか」


緊張して心臓が口から出てきそうだ。心臓が耳の横にあるのかと思うくらいドッドッと鼓動が大きくなっている。


「……弟子たちが噂してたな。ワシはコクヨウ、大工だ。ファームの建物は最低限だし随分と年季が入ってるからなぁ。増築するなら声かけてくれ」


推しの声、笑顔、仕草、最高。


推し、動いてる、最高。


最高という単語が頭の中を駆け巡って占領する。


「なんだ?」

「ありがとうございます。これからよろしくお願いします」


じっと見つめすぎていて固まってしまっていた。思わず上ずった声を上げて、お辞儀をした。


「おう、よろしくな」


別れの挨拶を言えたのかどうなのかわからないまま山小屋を後にした。


時間にして数分、もしくは数秒のことなのに、どっと疲れがこみ上げてくる。


「コクヨウと喋っちゃったよお」


キャーと叫びたくなるのを飲み込んで口元を押さえた。


凛々しい腕、日に焼けた肌、名前の通りブラックダイヤモンドみたいに美しい漆黒の瞳。


年下とは思えない落ち着き具合に、よりときめいた。


あの日のゲームでは黒髪のイメージだったけれど、日が当たる成果表面の黒髪は少し色素が薄かった。


何度も何度も思うけれど、ゲームの世界に入る体験はすごい。ふわふわっとしていたイメージが現実になって目の前にあるのだから、刺激が強い。


「心臓がもたないかも」


胸に手を当てるが、鼓動は感じられない。ゲームの世界だからそうなのかもしれないが、それでもドキドキという鼓動の高鳴りは感じている。


「男気があってカッコ良すぎる……」


昔から渋い趣味だねと言われていたけれど、あの頃から十五年経った今。あこがれだったキャラクターが目の前にいるのだ。

このくらいははしゃいだっていいだろう。


「たくさん通って仲良くなりたいな」


仲良くなるにはと考えようとして、あれ、と気がついた。


昔とセリフが違う。


たしか、コクヨウの通常版の会話の終わりは「自然の恵みに感謝をわすれるなよ」だったはずだ。


「さっき、確か……」


先程の記憶を思い返す。


「おう、よろしくな」


よろしくな、ということは。


よろしくなることがある可能性があるんじゃないのか?!


初対面だけの特別仕様なのか、でも今は確かめる術はない。


「攻略対象になっていたりするのか…!どうなんだ!!!」


座談会の時の真咲さんの顔を思い出す。


コクヨウにガチ恋してと、大真面目に話していた時にこやかに聞いてくれていると思ったけど。


「私、どうなっちゃうのっ」


サプライズの予感に、思考はまとまらずしばらく立ち尽くしてしまったのだった。


次回から恋愛編に入ります

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