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イラストは翔由美凛さんからいただきました!
敷地の外は一旦、分かれ道のエリアになっていて、二人は住宅エリアに足を進めている。エドとオリビンの後ろをついて歩きながら、二人のことについて考えた。
この二人はこの町に欠かせない存在で、友好度を上げてイベントを発生させるとカップルになるペアだ。
もちろん主人公の恋愛対象であり、二人のうちどちらかと結婚したい場合は、ライバルになる相手とあまり仲良くせずに過ごすとスムーズに攻略できる。
もちろんそんなことをしていると友好度マックスの時に起こるアルバムのイベントが二年以内に達成できなくなるのだけど。
アルバムとは、町の行事に参加したり、一定の条件をクリアしたりしてもらえる写真を集める機能で充実度によってエンディングが変わってきてしまう重要なシステムだ。
なかでも難しいのが主要キャラの友好度が一番高い状態で、そのキャラクターに応じた特定の季節、時間帯、場所で発生するイベントで入手できる写真の収集だ。いわゆる両想いイベントで、初代は恋愛対象のキャラクターが対象で、同性だとそもそもそのイベントが発生しないことになっている。
例えばエドなら、夏の月に女主人公との友好度が一番高い状態で、夜の図書館を訪れるとイベントが発生する。鉱石堀場の近くの川で蛍を見るイベントが発生して、たまたま通りかかった写真家が写真を撮ってその後アルバムに追加される。
それを各キャラそれぞれのイベントを発生させ全部集めた状態で三年目の春を迎えると完全クリアとなり特別なエンドロールを見ることができるらしい。
何度も何度も研磨とチャレンジしてみたけれど、いつもあと数枚を獲得し損ねて達成できなかった。あちらを立てればこちらが立たず、みたいな状態だ。特に初代はバグも多く、天気がダメだったり、データが飛んだりといつもあと少しのところで完全クリアを逃してしまっていたのだ。
余談だけど、その後シリーズを重ねるごとに性別の区別がなくなって、ベストフレンドイベントという名がついた。多様化を受け入れる世界の価値観にゲームの世界も順応していくのにひっそりと感動したのは私だけではないだろう。
初代のリメイクになると。そのあたりも従来通りになるのか、はたまた最近の流れを汲んだものになるのか、聞かずにゲームを始めてしまったので、あとで確認が必要だ。
もし両想いイベントがベストフレンドイベントになったとしたら、イベントは単純に倍だし、完全クリアのハードルも高くなる。
やりこみ要素が多いのはファンにとってはうれしい限りなのだけど。
「チゼルさん、こちらが住宅エリアです。突き当たりには祭りが行われる広場があります。町には花屋もケーキ屋、役場兼図書館、薬屋があります。農作業をするなら花屋のサンゴに話を聞くのがいいでしょう。いつか動物を飼うのであればケイトウ牧場へ。トムとカーネル姉弟がきっと相談に乗ってくれますよ」
「君の家から北へ行くとベイエリアになっていて、ジルシオ繊維工場、うちの会社のレオ運送社、あとは宿屋や酒場もある、気のいい奴らが働いているエリアで、酒場の酒も食堂の飯も美味いが、酔っ払いと酒の飲み過ぎには気をつけな」
「繊維工場の息子のジルコと住み込みで働いている女の子のパルはチゼルさんと歳が近いので気が合うかもしれませんね」
「あたしも毎朝配達で行く山岳部エリアは大工たちが住む山小屋と、工芸家のアメジが住む工房がある。冬には鉱山にも入れるぞ」
「町の西側は海水浴場なので夏に泳いだり、魚釣りをしたりすることもできます。釣竿は山小屋の棟梁のコクヨウが詳しいですよ」
「移住支援は決まり次第来る予定だからな、敷地で喧嘩しないように仲良くやってくれ」
初見だと情報量の多さに驚くかもしれないけれど、この町の地図がすぐに頭に思い浮かび、紹介されているキャラクターたちの姿もわかっている。
エドとオリビンが交互に説明してくれるのを咀嚼しながらもう一度自分の敷地を頭に思い浮かべた。
移住者に与えられた敷地は四人住めるように敷地の四隅に家が建っていて、この後嵐で流された男主人公、シングルマザーと双子、旅人のミツキがやってくる。
仲良くなれば共有の畑や飼育している動物の世話をしてくれたり、イベントが起こったりする。
「祭りはだいたい五週目の日曜日に行われるので、近くなったら郵便受けにチラシが配られるか、広場の掲示板にポスターが掲示されます。町の人からお知らせがあると思うので気にしてみてくださいね」
「とは言っても今日は春の月一日だから、広場に出店が出てみんな新年の挨拶をしているよ。よかったら顔を出しな」
「そうでした! 十七時までみなさん花を見ながらのんびりされています。本格的に動くのは明日からがいいかもしれませんね」
エドはたくさん話したからか咳払いを一つして私に向き直った。
「いろいろ説明してくださりありがとうございました」
私がそう言うとエドがニコリと笑ってくれる。
そうか、ゲームの主人公は、真正面からこの笑顔を受け止めるんだ。心臓が持つかなと少しだけ心配になってくる。まぶしいエドの笑顔から目を逸らすように一度頷いて見せた。
「では移住ライフ頑張ってくださいね」
「がんばんな」
二人が歩いて去っていくのを見送って、昔のゲームとの違いがないか思い出してみたけれど、大きな違いはないようだ。
私は一旦家に戻って朝ごはんを食べることにした。朝ごはんは小さなパンとミルクだ。パンを手に取って口に含んで、咀嚼する。
「うわ、リアルだ」
飲み込んで思わず声が出てしまった。
手で感じるパンのふわふわな食感も、舌に感じる小麦の風味も、ざらっとした舌触りも、液体を飲み込んだ時の冷たい温度も感じることができたのだ。
「すごいテクノロジーだなぁ」
この町の食べ物もたくさん食べてみたい。お酒もあるけれどきちんと酔ったりするのだろうか。
感心しながら食べ終えてそしてこれからのことについて考える。まずは最推しのコクヨウに会いたいところだけど、せっかくなら完全クリアを目指す動きをしたい。
「といってもいつまで体験させてもらえるかわからないんだけどさ」
なりゆきで一番手で体験をさせてもらっているけれど、他の人だってゲームをしたいはずだ。せいぜい十分くらいずつだろうか。こちらの間隔ではもう何時間も経っている気がするけれど、現実世界での時間の進み具合はわからない。
「でも、まあ交代の時間が来れば何かしらのアクションはあるよね!」
そう独りごちて計画を立てる。
まずは住宅エリアにある花屋の息子、サンゴの友好度を上げて春の終わりのイベントを達成する。そして同時進行でエドの友好度も上げていく。夏の初めにエドのイベントを起こすことができればかなり後が楽になる。
しかし生活もしていかなくてはならない。お腹がすけば作業効率は落ちるし、体力も減るし疲れも感じる。無理すれば風邪を引いて動けなくなることもあるはずだ。
畑で野菜や花を作ったり、山菜を採ったり、魚を釣って飢えを凌いで、コツコツお金を貯めていく必要があって、自分の好きなように生活するのがこのゲームの醍醐味なのだけど、イベントを起こすのには時間に限りがあるし必要なアイテムがたくさんある。
まずはニワトリ小屋を建ててひよこを買って、安定的な収入を確保するのが一番効率が良い。家の増築も幸福度に直結するし、完全クリアを目指すとなるとスローライフの真逆の動きをしなくてはいけない。
そう朝から晩まで動きに動きまくるハードワークなのだ。
春の月にやりたいことをまとめるなら、初めましてイベントを起こしながら、サンゴとエドの友好度を高めていく。敷地の整備とお金を作って鶏小屋を作る。の二つだ。
「今日は祝日で全部のお店が休みだから、明日花屋でタネを買うのが最短。だから今からは山に行き山菜やお花を探して少しでも種を買うお金をつくるのがいいよね」
腕時計は朝の九時、山のエリアで行って帰ってくるとお昼すぎになる。十七時までに広場に行きたいから、あんまりのんびりしすぎないのがコツだ。
「さ、頑張るぞー!」
私は一人で拳を上げて気合いを入れて、山へ続く道を駆けた。
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