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挿絵は翔由美凛さんよりいただきました!
目を開けると童話の世界のような立派な暖炉があった。
「わ、主人公の家だ」
私はベッドに横向きになって寝ていたらしい。瞬きを二回して、手を握ったり開いたりした。顔を触っていつもと変わらない感覚、温度も感じることにびっくりする。
「ゲームの世界にも温度や感覚があるんだ」
日常と変わらない感覚が当たり前のようだけど、遊園地とかにある3Dアトラクションでもこんなリアルな感覚は体験したことはない。
ゲームの世界に入り込める革新的なテクノロジーの進歩に感心しながら、ベッドから降りる足元を見ると編み上げのショートブーツがベッドサイドにおいてあった。
これは主人公の初期装備だ。服は甚平の上の服に雪袴という忍者服のような、いわゆるもんぺスタイルで、これはお金が貯められたら好きな格好ができるようにと、かなりシンプルな設定になっているらしい。
靴を履き、ベッドから降りて暖炉の前に行く。コツコツという革靴の足音がリアルで歩くだけでもウキウキしてしまう。動作もなんのラグもなくスムーズだ。
体感十畳くらいのワンルーム。初期の仕様で台所もなければトイレもお風呂もない。
小屋のような家はログハウス風で、壁や天井は丸太でできている。
部屋の中央にはテーブルと椅子が一つ。椅子に腰掛けて部屋を見渡すと暖炉の横にカレンダーがあることに気がついた。
カレンダーを見ると今日の日付には丸がつけてある。
春の月一日。ゲームの電源を入れて迎える初日だ。
ジェムストーンは一年に月が四つしかない。春の月、夏の月、秋の月、冬の月。月曜日から日曜日まであるがそれぞれ五週ずつだ。
ベッドサイドの本には基本操作と、アルバム、資産表が見られるようになっていてこれは自動で書き換えられる仕様になっている。
時間は初期装備の腕時計で確認できた。それから初期装備はリュックがあり、ベッドから降りると自動的に背負うことができる設定になっている。それから桑、鎌、ジョウロ、バケツ、箒などは玄関横の道具箱に入っていた。
玄関の戸を開けると、目の前には広い広い荒れた空き地。多分畑や牧草地だったところだ。ちゅんちゅんと鳥の鳴き声がして、風が木々を揺らす音もする。
「夢みたい……!」
誰でも本当にゲームの世界に入ることができたなたらと想像したことがあるだろう。その夢がいまこういうふうに体験できているからすごい。それも人生のバイブルだと思うほど大好きなジェムストーンの世界にだ。
息を吸う、吐く。肺が膨らんで戻って、ドキドキする胸の鼓動も現実と差はない。
しいて言えば嗅覚だけはやや曖昧だ。でも目で見て認識している風景に、土や緑、木の入り混じった春の匂いを感じてしまうのだからすごい。
「さてと」
ゲームの設定では年老いた牧場主が土地を町に託し、そこで移住する人を募集するという事業を始めることになっていたはずだ。
敷地内には後々ペットを飼える小屋を作ったりビニールハウスを建てたりできる広さがある。
「そうだ、まずは郵便受けだわ」
玄関の横に設置してある大きめな郵便受けを見ると、簡単な朝食として紙袋に入ったパンとミルク(これはゲームの仕様で毎日配送される)と手紙が届いていた。
手紙には「ニ年間の移住生活をお楽しみください」と書いてある。
ジェムストーンは都会暮らしに疲れた主人公がジェムタウンの移住制度を利用して自分の人生の再スタートを切るストーリーだ。
三年目の春に主人公の幸福度によってエンディングが変わるのがドキドキワクワクの種で、住人の友好度が低く、幸福度が低ければ街から追い出され、高ければそのままゲームをやり込むことができる。
住人の友好度で発生するイベントはたくさんありそれがいちばんの魅力だ。
「何からしようかしら、わっ」
突然地面が揺れて、ザーッというノイズが聞こえた。地震の震度的には四以上だろうか。現実世界だったらパニックになっていたかもしれない。揺れは激しい縦揺れから、ゆったりと揺り戻しがあり、次第に落ち着いた。
「地震が発生して温泉が沸くイベントは秋の月だった気がするけど……あ、嵐の音かな。私が女主人公を選んだから、男主人公が海に流れ着くみたいなイベントあったし」
自分が選ばなかった方の主人公が登場人物として登場するのは三日後だったか。
ゲームがリメイクされて新しい演出が入ったのかもしれない。
腕時計を見ると外にいるのに時計の秒針すら動いていなかった。
「そうだ! 初日は街に出るまで時計が進まないし体力も減らない、特別ボーナスタイム! 畑の雑草を出荷箱に入れてお小遣いをゲット! これでスタートダッシュを決めよう」
家の目の前の小さな公園のグランドくらいある園芸用の土のある区画の一角に出荷箱というか出荷小屋があり、そこにアイテムを蓄えておくと、配送屋さんが持っていってお金に変えてくれるシステムだ。雑草や木の枝も肥料や資材になるから値がつくのがありがたい。
体感では小一時間作業した気もするが、太陽の位置は変わっていなかった。
「そろそろいいかな。もし座談会のメンバーがこのプレイ画面見てたらつまんないしね」
伸びをしてみるが、体が痛いわけじゃない。思考の癖、のようなものかもしれない。空腹も感じてはない。
「さて、これからエドとオリビンがやってくるのよね」
町長の息子のエドと配送屋のオリビンが挨拶に来て町を案内してくれる最初のチュートリアルイベントだ。
主要な町の住民とも顔合わせができて、場所の確認にもなる。
町へと続く道を出ようとすると、足が止まった。
「あっ、おはようございます」
エドとオリビンがやってきた。
エドは町長の息子で教師をしている。圧倒的人手不足のため、図書館の司書も兼ねている。街には薬屋しかないので医療を自ら勉強している。住民は困ったらとりあえずエドに相談する。小説家になることが夢だけれど、一歩を踏み出せない消極的な一面があり、仲良くなるには町の行事に参加して好感度を上げていくしかない。
オリビンは配送業をしている姉御肌の女性だ。
バンカラ衣装のマントと帽子、ダボダボのズボンを身につけているがマントの下は丈の短いビスチェというヘソだしスタイル。
この町の輸出、輸入、宅配、郵便を担っている会社の取締役だ。勝気で気前のいい性格だが、プレッシャーに弱い一面もあり仲良くなるとそんな一面を見せてくれる。
「君かい新入りは!」
「オリビンさん、朝から声がやや大きいですよ。チゼルさんが驚いてしまっています」
「あっはっは! 悪かったね!」
オリビンはバシバシとエドの背中を叩いて、エドはズレたメガネを戻した。
(ふたりが喋ってる)
初期のジェムストーンにはキャラクターのボイスが付いておらず、想像上で話していたけれど、イメージにぴったりの声だった。
「初めまして、僕はエドと言います。こちらはオリビンさんです」
落ち着いてゆったりとしたエドの声と、はつらつとしたオリビンの声。
「あたしは配送業をしてるオリビンだよ!この町では郵便も宅配も出荷も請け負ってる。なんかあればあたしかエドに聞きな」
オリビンの差し出した手に自分の手を差し出すと、ぎゅっと力強く握り返された。
手の温度がリアルで、思わず声が出そうだった。
「チゼルです。よろしくお願いします。」
エドとも握手をして顔を見る。エドは照れたときに見せる顔を赤らめて頬をかく仕草をして、道の先を差した。
これは昔ゲームをしていた時には気が付かなかったことだ。
こんな些細な会話でも相手の反応が見れるのはファンにはたまらないことなのではとしみじみ思う。
「お時間があれば町を案内しましょうか」
「はい、ぜひお願いします」
春の風が私の前髪を揺らす。歩いている二人の服が揺れた。私は二人の後について、初めて敷地の外に出たのだった。
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