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挿絵は翔由美凛さんよりいただきました!
広い会議室の前方に寄せられた机に、参加者分のペットボトルとネームホルダーが置いてある。土屋、鈴木、水谷、外山、来栖、白鳥、朝井、岩田の自分を含めて八人分。紐を首にかけると、ネームホルダーの 表面はアンケートで記入したニックネームが印字されていた。
チゼル。自分の名前が環菜、つまり鉋なので、適当に工具の英語名で名前っぽいのをチョイスした。昔から使っているニックネームだ。
メンバーは親世代くらいの人から同い年くらいまで。歳上の方が多めで自分が一番年下だろうか。
男女比は半々と言ったところ。部屋にいる人数は八人で、研磨が来ることになっているから、数が合わないぞ、と思っていると場に馴染んでいて気が付かなかったが一人は主催者の男だった。
ベージュのスリーピースのスーツに、メガネ。天然パーマなのかオシャレパーマなのか、くるくるうねったヘアスタイル。
同い年くらいかちょっと年上。三十前半くらいだろうか。柔和なオーラで軽薄そうな感じだが、メガネの奥の目が笑ってない。
「それでは時間がきましたので始めさせていただきまーす。今日は休憩を挟んでニ部構成です。第一部は座談会、第二部は新作ゲーム体験です」
男は座談会の説明、撮影が入ることの諸注意をする。
「それから遅くなりましたが、改めまして司会を務めさせてもらいます、真咲です。ジェムストーンのゲームデレクターをさせていただいています。この若さで?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。もともとは体験型ハードウェアの開発をしていました。幼い頃にプレイしたジェムストーンの開発に携われて幸せです」
真咲という男はへらりと歯を見せて笑う。そして咳払いを二度して口を開いた。
「まずは私とジェムストーンということで、自己紹介がてらニックネームと思い出を語ってもらいましょう。いくつか写真を撮らせてもらいますので構えずにお願いします。ではこちらから時計回りに」
真咲は一番左の人を促した。父親くらいの年齢の人だった。
「ニックネームはもぐらです。もともとゲームマニアってやつで、給料のほとんどをゲームソフトに費やしてた中で出会ったのがジェムストーンでした。アクションゲームが多い中、ほのぼのとしたシュミレーションが革新的で衝撃でしたね。今回は同じくゲームマニア、今はオタクって言うんですかね。孫の紹介で応募してみました」
その次は母親くらいの人。
「レイです。ジェムストーンは息子が欲しがったのでプレゼントしたことが始まりです。操作は簡単でしたが息子は早々に飽きてしまって。ストーリーが奥深かったので、勿体無い精神で子育ての合間にコツコツプレイしていました。すっかりハマってしまって、夜な夜な掲示板で同志とおしゃべりしたものです。特に好きなのは織物屋の夢と現実と恋とで揺れる若者のストーリーが印象的でしたね。」
次は金髪とネイルが奇抜なお姉さんだ。
「ミミーです。ジェムストーンを知ったのはゲーム攻略雑誌でした。キャラクターが可愛かったので気がついたら購入してやり込んでましたね。推しは牧場を経営しているトムとカーネル! いろんな葛藤が見られて応援していました」
その次はどこにでもいそうなサラリーマンみたいな男性。
「ソトです。イベントの分岐があるのが珍しかった覚えがあります。初めて買ったゲームで、全シリーズプレイ済みです。今では動画クリエーターとしてゲーム実況するまでになりました。箱推しです!」
それから次もさっきの人と同世代だが、体育教師みたいにがっしりした人だ。
「ライスです。ジェムストーンは高校受験のあとお疲れ様のプレゼントで親に買ってもらいました。大学はほとんどこれに時間を費やして…単位が危うかったですが今となってはいい思い出です。今は新しいシリーズが出ると娘と一緒に楽しんでます。応募のきっかけは主人公のお家に住むペットの猫ちゃんのグッズがもらえるとあったので娘のために。」
自分の隣に座っていた女の人は少し年上くらいで、前髪が長くて表情が見えづらい。
「シロです。ゲームが好きで、あとはコンプリートしないと気が済まない自分の性分にすごくあってたみたいで何度も何度もプレイしました。アルバム全部揃えるのはやっぱり難しかったです。」
そして最後に自分の番だ。
「チゼルです。当時学校でうまく馴染めなくて。そのときゲームでは思う通りに生活できた。それがすごく勇気になったっていうか。コクヨウにガチ恋してました。今回は幼馴染と一緒に応募したんですけど、仕事が長引いて遅れてくるみたいです」
それぞれの顔を見合わせて、みんな小さな拍手をしたり会釈したりしている。自分の番を終えて、手元のペットボトルに口をつけた。
それからアンケートの集計をみてそれぞれ感想を言い合って、あっという間に三十分経っていた。
「なるほど、みなさん素敵な思い出をありがとうございました! すこし休憩を挟みます、お手洗いは……」
休憩は五分間ということになって、スマートフォンで研磨からのメッセージを確認する。
『今、向かってる』
と簡素なメッセージ。
『もう少しで第二部だよ』と返事をして伸びをした。
第二部は会場が変わるらしい。会議室の隣の部屋には開発室と書かれていて、パソコンがたくさんならんでいる。そのなかには歴代の家庭用ゲーム機が並んでいて、全シリーズのジェムストーンが並べられていた。
「最新機種は一人ずつの体験になりますが、待っている間に歴代シリーズも遊べるようになっています。さて、誰が最初に体験されますか?」
真咲の手の差す方を見ると、人が一人はいれるような卵型のドームがあった。ショッピングモールに置かれている高級マッサージチェアみたいな、SFアニメのロボット操縦席のような。
思ったよりそれらしい装置に、急に他のひとは急に及び腰になった。
「ここは若い人に先人を切ってもらいたいですね」
「最近のゲーム操作に慣れなくて」
「3Dというんですかね、酔うんです」
「まずは見てみたいですね」
周りの人の視線が私に集まった。
「……それでは、お言葉に甘えて」
私は真咲から受け取ったゴーグルを装着して、SFで見るようなロケットの小さなコックピットのような専用の椅子に入った。
深呼吸をして、手のひらを握った。それがゲームスタートの合図だった。
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