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「おまたせ、待った?」

特に行きたい店がない時は二人の家から近い海鮮居酒屋になることが多い。今日も例に倣ってそうなった。

駅から自宅まで歩くまでにある小さな居酒屋。

席数も多くないから、もし満員だったらと思っていたが、先に着いた研磨がテーブル席確保していてくれたようだった。

薄いダウンのコートを脱いで適当に鞄の上において座ると、研磨がメニューを差し出した。

「ううん。でも先に酒頼ませてもらった。適当に刺身も焼き物も」

「ありがとう」

メニューにさっと目を通したけれど、やっぱりいつも通りにレモンサワーを注文して、おしぼりで手を拭いた。

「実家の用事って済んだの?」

「ああ、ちょっと親父が入院したらしくて」

「え、大丈夫なの?」

「足の骨折だから大丈夫。他はピンピンしてるよ。明日から普通に外来に出るんだって」

「えー! おじさま元気すぎない?」

研磨の父親は街中の総合病院に勤めている内科医だ。

仕事一筋という感じで、学校行事でも家に遊びに行った時でも見たことはない。

「休み方知らないみたい」

研磨がきっぱりとそういった時、生ビールとレモンサワーを店員が持ってきた。

ジョッキをもって軽く会釈をしながら、お疲れ様という乾杯をして、しゅわしゅわのアルコールを口に含んだ。

「それで? どんな用事だったの?」

「着替え届けて手術の説明聞いて、最悪の場合のやつなのかな? 身元引受人に署名しにいっただけ。明日オペするって」

「付き添わないの?」 

「つきそうほどでもないみたい」

「そういうものなのね……?」

研磨の言うことを丸ごと信じてはいないものの、そういうことにしておいた。店員が刺身と焼き蠣を運んできたので、研磨に確認してから焼き蠣に添えてあったレモンを絞った。

プリっとした蠣の身に炭火焼きの香ばしさとレモン汁の酸味がとっても合う。本日の刺身はマグロとサーモン、それからカンパチだ。ワサビは少量刺身にのっけた後に醤油を少し食べるのがおいしい。魚とお酒を楽しんでいると、研磨が、あ、と思い出したように声を上げた。

「そうそう、これ」

研磨が差し出したのは分厚い本だった。

「ジェムストーンの攻略本じゃん! 懐かしい」

「かんなが連絡くれた時、ちょうど実家で父親の荷物をまとめていたときだったんだけどさ。本棚にまだあって、目についたから持ってきたよ。あのアンケート意外に量あって大変だったよね」

研磨の生ビールがあと少しだったから、攻略本と交換するようにメニューを渡す。

攻略本をパラパラめくって、キャラクター紹介のページで止めた。

「研磨が好きなキャラは覚えてるよ。工芸屋のアメジ! 当時は恋愛攻略対象外だったよね」

長い黒髪に紫の瞳、着物のような服に白衣を羽織っているようなファッションの女の子。神秘的な雰囲気で、姉御肌。工芸品を買えば買うほど親しくなれるような仕様があり、当時かなり人気があったらしい。

「かんなのガチ恋は山の棟梁のコクヨウでしょ、何回話しかけても友好度上がらないのにひたすら棟梁の好物貢いでたよね。別ハードの移植作は恋愛対象になったみたいだけど」

アメジの数ページ後に山の住人というくくりで小さく載っている棟梁のコクヨウ。

自宅を大きくする増築工事を依頼するときに力を貸してくれるキャラクターだ。親分気質で無口な職人。山の生活に誇りを持って生活している。こわもてな外見だが、小鳥やリスなどの小動物が好きだと言う一面があり、そのギャップで初恋を奪われてしまっていた。

「やめて、移植の話は古傷が…」

残っていたレモンサワーを一気に飲み干して、研磨の二杯目のビールと一緒に新しく梅酒のロックを頼んだ。

初代ジェムストーンはN社の出した家庭用ゲーム機のソフトだった。かなり人気があったようで、そのあと新シリーズがたくさん出るほどだ。そして他の企業の家庭用ゲーム機からもシリーズが出ることになった時に、初代ジェムストーンが移植されることになったのだが、キャラクターデザインをそのままにしただけで、設定が一新されてしまったのだ。性格も話し方も、家族関係、恋愛関係もシャッフルされてしまい、もちろん町の舞台やシナリオも全く違うものになってしまって初代ファンはかなり困惑した。批判もかなりあったようだが、なんとリメイク版のほうがたくさん売れたことにより、新しい設定のほうが世間で受け入れられてしまっている。

「座談会、初代の回で申し込んだけど、移植作の人と一緒だったらどうしよう、アンチだよ」

「座談会で初代ファンをないがしろにはしないでしょ」

はあ、とため息をついて、梅酒を飲んだ。コースターにグラスを置くとカランと音が鳴る。

気を取り直して攻略本を最初からじっくりと見る。

『スローライフ ジェムストーン』は都会暮らしに疲れた主人公が自分らしさを取り戻すために田舎町に移り住むというところから始まる。庭で畑をしたり、畜産にチャレンジしたり、釣りや宝石探しをしたり。住人と交流して恋愛を楽しんだり、友情を深めたり。

夢中になったのは、アルバムという機能。町の祭りや住人のイベントを起こすともらえる写真を期間内にコンプリートすると完全クリアとなって特別なエンディングが見れると言うものだった。

「結局完全クリアはできなかったよね」

「バグも多かったし、運要素も大きかったし」

「でも新シリーズでてもずっと初代やってたよね。我ながらよくやりこんでたと思うし、研磨もよく付き合ってくれてたよね」

「飽きなかったよね」

そんな話をしていたら、店が一層騒がしくなった。二次会でサラリーマンの団体客が来たみたいだった。

「締め、どうする?」

「落ち着かないからラーメン行こ」

「OK」

割り勘で会計を済ませて、近くの人気のラーメン屋で混ぜそばを食べる。にんにくを多めにトッピングできるのは研磨と一緒だからできることだ。

「は~おいしかったね」

「うん、あ、そうそう。これかんなママに。病院の近くのケーキ屋のクッキー好きだって言ってたの思い出したから」

荷物が多いなと思っていたら、お土産だったとは。研磨の気遣いにすこしだけ居心地が悪い。

「ありがとう。ママ喜ぶ。でもごめん。私手ぶらなんだけど」

「思いつきだったから。またいつかかんなママのポテトサラダが食べたいって言っといて」

「うん。おじさま、手術何事もなければいいね」

「ありがと。じゃあね、また連絡するね」

近場で飲み食いしていたとはいえ、いつの間にか着いていた自宅前で研磨を見送った。


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