17話 サンゴ編6 僕らだけの花
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「こんにちは」
畑の整備をしていると、サンゴがバスケットを持ってやってきた。
「お疲れ様、一服しよう」と、サンゴはピクニックシートを広げて、バスケットからポットを取り出した。
「嬉しい、ありがとう」
「今日はブレンドしたハーブティーだよ」
「ちょっと待っててね、手を洗ってくるから」
この差し入れイベントは一定の友好度があるキャラクター共通のものだ。会話はそれぞれ違うけれど、差し入れの内容はそのキャラクターらしいものという違いもあり、特別感があって好きだ。
「チゼルはどうしてこの町にきたの?」
美味しいものを食べながら、ゆったりとした口調でサンゴが聞いた。
「……宝物を探しにきたの」
考えるまもなく、自分の口からすらっと言葉が出てきた。
(宝物)
頭の中でこの五つの音を反芻する。不思議な響きに思えた。
ゲームのシナリオだった、とわかっているのに自分ごとになっていることがまた驚きだった。
(そうだ、私はこの暮らしの中で宝物を見つけたいんだ)
他人事が自分ごとになる、そう実感した瞬き一つの瞬間、ゲームのグラフィックの鮮やかな世界が、より美しく鮮明に見えた。サンゴは正面で微笑んでいる。
「宝物を見つけたらどうするの?」
「今は……わからない」
一匹の蝶が珊瑚の肩に止まった。羽を休めているみたいだ。
「僕もね、ずっと宝物を探してるんだ」
サンゴは蝶に話しかけるみたいに呟いた。ゆっくり私の方を見たその瞳が、珊瑚色のやさしいピンクの中に、熱を帯びて強い意思を持っている。
この目は、ダメだ。ゆらめく炎みたいな、焚き火の爆ぜるパチパチとした音が聞こえてくる。まるで、君が好きだと話しかけてるみたいな。
サンゴの名前を呼ぼうとした時、蝶は風に乗って旅立った。
蕾の花はゆったりと揺れる。時間がゆったりと過ぎていくような感覚の中、予感がして開きかけた自分の唇を噤むと、サンゴはくすりと笑った。
勇気のなさを見透かされたのか、気まずさを誤魔化したことがバレたのか、間抜けな顔を笑われたのかわからない。
サンゴ、と名前を呼んだら瞳に吸い込まれそうになって、うっかり目を閉じたら恋に落ちちてしまうんじゃないかって思ってしまって、踏みとどまる。そんなわけないと理性が言うのに、そう信じ切れない自分がいた。
ね、とサンゴの呼びかけにドキリとして肩が跳ねた。
「チゼル」
なに?と聞き返したかったのに緊張して声が出なかった。
「春から夏になるその瞬間この花は開くと思う。一緒に開花の瞬間を見ない? きっとね、素敵な時間になると思うから」
選択肢はあってないようなものだ。
そんなふうに言われたら、見ないなんて選択肢はない。けれどうまく声が出なくて先に頷いて、それから息を吸って口を開いた。
「……うん、寝過ごさないようにするよ」
「起こしにくるからギリギリまで寝てていいからね」
うまく声を出せたことに安堵していると、先に立ち上がったサンゴが手を伸ばす。その手を取って、立ち上がった。
ゆったりと指が離れるのが、なんだか名残惜しい。
「ふふ、ほっぺに土がついてるよ」
名残惜しいと思った体温が急に頬に触れる。ざりっと、頬から乾いた砂が擦られて落ちた。
「っ!」
この前の意趣返しだ、と気が付いたけれど、遅い。
サンゴは意地悪く笑っているように思えた。手間をかけさせてごめん、とかありがとうとか言うべき言葉があるのに、うまく話せず、笑ってごまかしてしまった。
上がった体温を、サンゴはどう思うのかなんて考えもつかない。
「じゃあまた春の終わりに」
そう言って去っていくサンゴの姿を恨めしく思う。どこか楽しげで、してやったりという背中に、少しだけ悔しさがこみ上げてきたのだった。
そんなやり取りをしたな、なんて物思いにふけるのは、春が終わる日だからである。春の月三十五日、早めにベッドに入ったけれどなかなか寝付けなかったのは、ゲームの仕様だろうか。
「おはよう、よく眠れた?」
いつもより一時間くらい早い起床なのは、サンゴのノック音で目覚めたからだ。
「うん、よく眠れたよ。おはよう」
「ふふ、寝起きのチゼルさん。可愛い」
ゲームにも寝起きの雰囲気なんて出るのかと思ったけど、決められたセリフに決まっている、と思い出して、表情筋に力を込めた。
サンゴのストレートな愛情表現にドギマギさせられていてはいけない。こういうイベントと知っているのに、だ。
「そろそろ日の出だね」
東の空がだんだん明るくなって、雲の合間から光が差した。
夏の朝の空気だ。少し肌寒いけれど、すがすがしい。夏休みに早く目が覚めた時のような、そんな期待感がある。
ファームの東側が朝日でどんどん照らされて、世界が少しずつ明るくなっていくその時だった。
「ほら見て」
サンゴの声に、はっとして花に視線を向けた。夏の日の最初の光が花に当たった時、それまで蕾だった花弁がゆったりと開いて、それからうっすらと光った。
「綺麗、紫に光ってる……!」
まだ明るくなりきれていないファームだから、その花弁がぼんやりと光っているのがわかる。照明のような明らかな光り方ではないけれど、蓄光のグッズのような控えめな光り方が、より幻想的に見えた。そしてその光に誘われるように、水くみ場のほとりに隠れていた蛍が一匹、ふわっと花に入った。
「蛍だ!」
思わず声を上げてしまった。
気が早い蛍はいいベッドを見つけたらしい。蛍が咲いたばかりの花の中に入って数回光を放つと、白い花弁は薄黄色と紫の交互に色を変えた。
「夜になると、この花に入った蛍が光ってとっても綺麗なんだって」
僕も初めて見たけれど、とサンゴも嬉しそうな声色だ。
「そうなんだね。夜も楽しみね」
「でも紫に光るのは、夏の最初の日の朝だけなんだって。不思議だね」
本当に不思議な光景だった。沈黙が気まずくないのも、この花の力かもしれない。
「このファームの上流にある山から流れてくる、ミネラルたっぷりのお水を吸った土だから、こんなふ
うに綺麗に光るのかもしれないね。僕のガーデンでは光らなかったんだ」
サンゴは、花屋の土は毎回入れ替えているからね、と言った。
鉱石の中にはブラックライトを充てると光るものがある。そういう原理があるのかもしれない。
花を見るサンゴの横顔を盗み見る。念願の花の開花の瞬間を見ることができた喜びに満ちて、本当に嬉しそうな顔をしている。ぼんやりと光る花弁や蛍の光より、サンゴの瞳はキラキラとして、まぶしい。
もちろん夏の朝の陽ざしのせいではない。
「ねぇ、また来年も君に種をプレゼントしてもいい?」
サンゴは、私を覗き込んで言った。
「うん、もちろん」
いつのまにかサンゴとの距離がすっかり縮まっていた。
隣にいるサンゴの肩が自分の肩に触れそうな距離。
「僕らだけの花、だね」
サンゴの目が合ってしまって、心が吸い込まれそうだ。
瞳に自分が映っているのがわかる。恋愛ドラマだったら、エンディングテーマが流れて、そのままキスシーンみたいなそんなシチュエーションだ。
(あ、)
瞬きをしてしまったら、そんな未来が来てしまうかも、なんてふわふわした思考しかできない。
世界中の音が止まって、自分の鼓動しか聞こえない。
(サンゴと恋に落ちたら、私、どうなっちゃうんだろう)
このまま目を閉じてしまいたい。流れに身を任せてしまいたい。そんな欲が全身を駆け巡る、そんな時だった。
「おはよう、チゼル。サンゴも? 二人揃って何してるんだ?」
「わ~~~~!」
オリビンの声に驚いて飛び上がってしまった。
気が付けばすっかり日が昇っていた。オリビンがやってくる時間ということはもう六時だ。振り返るとオリビンが目を丸くして立っていた。
「お、おはよ、オリビン」
「おはよう。珍しい花が咲いたんだ」
慌てている私とは違って、落ち着いて見えるサンゴはオリビンに花を見せる。
蛍はいつの間にかどこかに行ってしまっていて、紫に光っていた花は白い花に戻っていた。
本当に、あの一瞬だけの出来事。奇跡みたいな二人だけの時間だった。ドキドキと胸の余韻はまだ熱を帯びていて夢を見ているような心地だ。
「そうだ!」
ふーんと、あまり興味がなさそうに花を見ていたオリビンが、何かを思い出したように鞄を探った。
「そんなに珍しい花なら、ちょうどカメラを持ってるから撮ってあげるよ。ほら、二人並んで」
オリビンがカメラを構えた。その掛け声にぎこちなく笑う。まだ鼓動は落ち着かない。サンゴに気づかれないように密かに息を整えた。
「チゼル、もっとサンゴのほうに寄らないと、入らないよ」
オリビンがカメラを覗きながら言う。
「そう?」
距離を遠慮しつつ詰めようと思ったら、サンゴが私の肩を抱き寄せた。
「!」
「撮るよ!」
パシャリと音がして、オリビンは満足そうに笑った。私はサンゴの顔を見ることができない。
(キス、するかと思った)
今までで一番近い距離。ゲームの中なのを忘れて、ときめいてしまっていた。
写真の中の私がどんな顔をしているかなんて、今は考えたくない。
サンゴ編 了
挿絵は翔由美凛さんに描いて頂きました。いつもありがとうございます。次回からは夏の月!




