サンゴ編5 特別な種
いつも読んでくださりありがとうございます。
さて、サンゴの誕生日から一週間。
順調にサンゴとも毎日会話を交わして親交を深めている。
町は花祭りモードになっていて、町の人も心待ちにしている様子が伺えた。
「花祭りかぁ」
来年以降は自分のファームで採れた花や花の種をプレゼントすることができるけれど、今年はいろいろ準備が足りない。
「でもイベント効果で友好度が上がりやすくなるから、しっかりとお金を貯めておかなきゃね」
広場では屋台が出るはずなので、そこで購入した商品を仲良くなりたいキャラクターたちにプレゼントできる。その資金作りはしておきたい。
コツコツと目に付くものは出荷をして収入を得ているが、もうすこし釣りの頻度を上げたいところだ。夏のイベントに向けて鶏小屋も買いたいし、ファームの設備を良くしてもいきたい。
「こんにちは」
そんなことを考えながら作業していると声が聞こえた。
声の主はサンゴだった。
「お疲れ様、どうしたの?」
「チゼルさん、花祭りのことは知ってる?」
「うん、この前エドに聞いたよ。お花屋さんは準備が大変なんじゃない?」
「そうなんだ。これからちょっと忙しくなりそうなんだ」
サンゴは肩を竦めて、残念そうに一つ息を吐いた。
町を奔走している設定でもあるのか、春のこの期間になるとサンゴに会いづらくなるのだったのを思い出す。思いがけないところで会えることもあり、それがまた面白かったのだけれど。
「……」
「?」
少しの間があり、サンゴはそれで、と話を切り出した。
「これ、君に」
サンゴは袖から何かを取り出して、私に手を出すようなジェスチャーをした。促されるように手のひらを差し出すと、サンゴ色の小さな巾着を手渡される。
「これって」
もしかして、と続けそうになるのを我慢して、巾着袋を開くとそこにはキラキラと輝く一粒の種が入っていた。指でつまんでかざすと、太陽の光を浴びて、一層きらりと煌めく。赤っぽい固い粒はカットされた宝石みたいだ。
「きれい」
思わず、声を漏らしてしまった。その反応に気を良くしたのかサンゴは、ふふっと笑いを漏らす。
「宝石みたいだけど、特別な花の種でね。そこの水くみ場の近くに植えてみてほしいんだ。きっとね、特別な花が咲くと思うから」
サンゴは伏し目がちに言う。いつもより、すこし緊張しているみたいな自信のなさがこの声色に現れていた。
「ありがとう、大切に育てるね」
その種をぎゅっと握ってまっすぐ見つめると、サンゴは安心したのか肩の力を抜いて、眉毛を下げて笑
った。
「うん、僕も時間を作って様子を見に来るからね。きっとうまくいくよ」
サンゴは踵を返して少し歩いた後、振り返った。
「君は太陽みたいだからね」
サンゴはそう言い残してファームを去って行った。
「太陽みたいだねって」
サンゴの姿が見えなくなるのをしっかり確認して、止めていた息を吐いた。セリフが一番高い友好度を差すものに変わっている。ついに、アルバムに直接関係するアイテムを手に入れたのだ。
「うれし~!」
思わず手を上にあげてやったーと飛び上がってしまった。思わず落としそうになったので、日当たりのいい水くみ場の近くのスペースにすぐ種を植えた。
「よし、これで一安心。でも天気が心配だからあとで願掛けしにいこう」
先日植えたラディッシュがしっかりと成長していたので、お供え用以外のものは残して出荷箱に入れて、山に向かった。
*
「よぉ、頑張っているか」
「!」
「ワシなんかに贈り物とは、物好きな奴だな」
泉から帰ろうとして、山小屋の近くを通りかかるとコクヨウに呼び止められた。後で顔を出そうと思っていたのに、びっくりした。
「お誕生日、おめでとうございます」
慌てて言うと、コクヨウは笑った。
「誕生日なんて久しく祝われてなかったから驚いたよ。ちょうど茶を淹れたから飲んでいきな」
推しからのお誘いに、叫びたくなる気持ちを抑えて、何回も頷き、コクヨウの家にお邪魔することにした。
(本当はコクヨウの好物の魚を釣って会うつもりだったけれど)
この誕生日のイベントは前のゲームにはなかったので、心の準備ができず心臓に悪い。一緒に誕生日を祝えるなんて、しかもそれぞれきちんと新規のセリフがあるなんて素晴らしすぎる。
アンケートがあったら感謝の気持ちを文字数いっぱい綴らなくては。と心に決めて、コクヨウに促されるまま囲炉裏の傍に座った。
「ハイカラな菓子に合うかわからないが」
湯飲みには緑茶。そして、タルトストーンの洋菓子を添えて出してくれた。
「とっても合います、おいしいです」
「たまにはこういうのもいいな」
コクヨウも同じように焼き菓子を食べる。
(夢みたい)
何度も繰り返すが、コクヨウはもともとNPCで、このような個別のイベントがなかったのだ。道具を買ったり、家を増築したりするために会話をするパターンしか用意されていなかった。
(贅沢すぎる)
コクヨウを盗み見ながら、二人っきりの時間を噛みしめていると、頭の中に選択肢が出てきた。
『花祭りについて聞く』
『ごちそうさま』
この二択だったら、絶対に前者だろ、と脳内でツッコミを入れながら、勇気を出して声に出してみた。
「コクヨウ、さんは、お祭りの日ってどうしてますか?」
コクヨウは、うん?と一瞬止まってそれから食べかけていた洋菓子をお茶で流し込んでそうだな、と口を開く。
「まず、さん付けはいらない。コクヨウで」
「えっ、あ、はい」
「花祭りだっけ? 早朝から屋台を立てて、夜には後始末があるからな。大体日中は寝ているな」
「なるほど」
花祭りの日に会えないのはそういう設定があったからなのだ、と納得はするがすこし残念だった。そして会話はそれ以上続かないようだった。
「ごちそうさん、でもま、あんまり気を遣うなよ」
「また来ます」
「おう」
簡潔なやり取り。改めて、好きだな、と思う。男らしくて、頼りがいがあって。安心感がある。人はこれを包容力というのだろうか。
(コクヨウを、呼び捨てできる許可もらっちゃった)
挨拶すらまだおぼつかないのに、名前なんてうまく呼べるだろうか。おやつを食べたからか体力も回復して、ファームに戻る足取りは軽い。上がった体温は風が冷やしてくれて心地いいけれど、帰り道の風がいつもより湿っている気がした。
「明日は雨かな?」
なんてサンゴやコクヨウのイベントで舞い上がっていた私は、そのあとの不穏な空気に気が付かなかったのである。
*
「おはよう、今日も雨でまいっちゃうね」
いつも通り、オリビンが収穫物の代金と朝御飯の配達に来てくれた。
「嵐が来ているみたいだ。しばらく種を撒くのは控えたほうがいいかもね。水辺にも気をつけなよ」
「そうなんだ、教えてくれてありがとう」
「今日も張り切って行こう」
なんて言葉を交わしたのは二日前。
雨の町でオリビンに会うと「船が出せないくらいの嵐だ」と困っていた。
そう、なんと三日間、雨が続いているのだ。これはとてつもないピンチだ。サンゴからもらった種を撒いてしまったので、明日もし雨が降ったら、種が流れてアルバムのイベント失敗になってしまう。
オリビンにもらった朝食を食べながら、土砂降りの空模様を映す窓を見てため息をついた。
「天気はランダムだから、どうしようもないのよね」
収穫物ができたら泉に祈りに行っているけれど、毎日は行けない。
思い出されるのは天気のせいで、このイベントが次の年に持ち越したゲームデータの数々である。
「でもここまで順調だったから、なんとか明日は晴れてほしいな」
気を取り直して、魚釣りをしたり畑の整理をしたりして過ごしていたけれど、止む気配のない雨に居ても立っても居られず、種まきをした水くみ場に佇んでいると、こんちには、と後ろから声がした。
「風邪ひくよ」
「サンゴ?」
振り返るとサンゴがいた。
「びっくりした、今日はお休み?」
「種が心配で見に来たんだ。これから時間ある? 一緒に山に行かない?」
「山?」
訳も分からず、もちろんこんなシチュエーションは初めてなので、何事かと思いながら静かに着いて行く。サンゴはいつもの衣装にフード付きのマントのような合羽を着ている。合羽はきちんと雨を弾いていて、芸が細かいなと感動してしまった。
(そうだ、雨の日にも傘を差さずに街を歩いたり、冬でも夏服だったりしたの、改善されたんだ)
メタな感想だと思いつつ、あくまでも自然に振る舞うことに留意する。
(それにしても)誕生日の時もそうだったけれど、サンゴは行き先を告げてくれないので、ドキドキしてしまう。聞けば応えてくれるのだろうけど、無粋な気もする。
(ものわかりのいい女って思われたいみたいだな)
ゲームのキャラクターに、何を見栄を張ることがあるのだろうと自嘲していると、着いたのは泉だった。
サンゴは合羽の中から花束を取り出して泉に供える。その花束は、『星の砂』に売っている、一番大きな花束だった。
サンゴは静かに泉のほとりにしゃがんで、手を合わせた。
私もその動作に合わせて、泉の前で手を合わせて天気のことを願う。
「…………」
「…………」
雨の音が反響して、より神聖な雰囲気に感じた。
(明日は晴れますように)
一時の沈黙のあと、サンゴが息を吐く。
「僕たちにできるのはこれくらいしかないんだけど」
「そうだね」
泉に供えられた花を見ながら、撒いてしまった種のことを思っていると、誰かの足音が聞こえた。
「珍しい組み合わせだな?」
「コクヨウ!」
やってきたコクヨウは私たちの様子に首を傾げた。
「こんな雨の日に何をしているかと思えば、早く家に帰れ。川も増水しているし、水辺には近づくなよ、海なんてなおさらだぞ」
コクヨウはサンゴにお説教モードだ。サンゴは慌てて、コクヨウを制した。
「待って待って、あのね、コクヨウ、実は……」
かくかくしかじか。サンゴはコクヨウに状況を説明している。そんな中、私はこの二人って仲良しなんだと知って感動していた。ありがとう、新しい情報の供給。そんな邪な思考はコクヨウの声で止まった。
「それは、困ったな。ならこの傘を持っていくか? 一時しのぎにはなるはずだ」
コクヨウは、持っていた傘をサンゴに渡した。
「設置くらいはサンゴができるだろう? 雨は明日には止むさ」
「ありがとう」
「おう、さっと帰れよ」
釘をさすコクヨウに二人でお礼を言って、サンゴと一緒にファームに戻り、水くみ場の近くの岩に傘を固定した。
「これで大丈夫。今日はお疲れ様。ゆっくり眠れるといいね」
「あ、サンゴ」
「うん?」
作業でサンゴの前髪が濡れていた。雨の雫が目にかかりそうだったので、手を伸ばして雫を払った。本当はハンカチを差し出せた方が格好がつくのだろうけれど、そんなアイテムもなく声をかける間もなく無意識に手を伸ばしてしまっていた。
サンゴの前髪の雫が、自分の指を滑り落ちる。
「わ、ありがと」
サンゴは一瞬動きを止めて、それから困ったように笑った。その表情が、彼を照れさせていると気づいてしまって、つられて顔が熱くなる。
「さ、風邪をひいてしまう前に家に入って」
恥ずかしさで、一瞬気まずい空気が流れたけれど、サンゴに手を引かれて家に押し込まれた。
「おやすみ、またね」
ばたんと、玄関の扉を占められて、ぽかんとしてしまった。
サンゴにしては強引な行動。
「サンゴの照れ隠し、初めて見たかも」
それなりにこちらも恥ずかしいけれど、なんだかいつもドキドキさせられている仕返しをできたような、不思議な心地だ。そんななぞの達成感のまま眠りについた。
その次の日からはお祈りが効いたからかすっかりといい天気だった。
種が流された形跡もない。
「よかった、これでひとまず安心だ」
空を仰いで、伸びをする。日々少しずつ強くなっていく夏らしい日差しに、春の終わりが近づいていることを感じた。
挿絵は翔由美凛さんに描いて頂きました!




