サンゴ編4 ハッピーバースデー
挿絵は翔由美凛さんに描いて頂きました!
「こんにちは。そろそろ花祭りの季節ですね。花祭りはご存知ですか?」
昨日図書館で会ったエドはそう声をかけてくれた。土曜日は学校がお休みで、オフのエドと会える。いつもと違ったセリフが聞けるかもとの期待はぴったりと当たった。
「花祭りは文字通り、町にたくさんの花を溢れさせて春が来た喜びを皆で分かち合う催しです。花には昔から悪いものを払う力があるとされていて、また、美しいものを龍に見せ日頃の加護の感謝を示す意義もあります。祭りの日にはたくさんの花を飾りますが、その前後には住人同士で花や種、花にちなんだ料理を交換し合う習慣があって、毎年盛り上がっているんですよ」
エドの説明に頷きながらも、花見とひな祭りとバレンタイン・ホワイトデー、母の日と父の日を混ぜたような祭りだなと思ってしまった。
(さすがにゲームで全部を反映するのは難しいよね)
この季節には春夏秋冬の四つしか月の区分がない。細かいイベントが乱立するよりは一つの行事を大切にできるほうがいいかもしれない。
夏休みが終わったらすぐにハロウィン、それからクリスマスとお正月。スーパーや百円ショップですらげんなりするくらいスピード感があるような現実は企業戦略もあって慌ただしいし、恋愛に絡められるとただの日常もむなしさを感じて卑屈になってしまうのも嫌だった。
ネットミームにもなっているけれど、「リア充爆発しろ」なんて言葉が出るくらいだ。
幸せそうな人に祝福をできるような余裕を持ちたいし、恋人や家族に限らず、プレゼントを渡し合えるのは素敵な催しのはずだ。
そしてこの土地に根付く龍の信仰。花や鉱石をモチーフにしているのは龍が美しいものを好んでいると言う設定があるのだろうか。
(そんな深い設定知らなかったな)
もしかしたらシリーズを重ねるにつれて深堀されていったのかもしれないけれど、しっかりとやりこんだのはこのゲームだけなので、情報を追えていなかった。
「いろいろ教えてくれてありがとう」
「お祭りを楽しんでいただけたら嬉しいです」
エドは町長の息子であるため、父親の代わりにこういった祭りの取りまとめを行っている。
町長はお歳で、家の中で療養中だ。まだ一回も挨拶していないので、そのうち行こうと心に決めた。
「春の花ではないのですが、昨年子どもたちと育てた朝顔の花の種を配っているので、もしよかったら持って行ってください」
「ありがとう、夏に植えるね」
「ええ、花が咲いたら子どもたちと遊びに行かせてください」
図書館のカウンターには小さな袋に入った朝顔の種が置いてあったので一つ頂いた。
リュックに入れっぱなしの種をしまいながら、そんな会話を交わしたことを思い出す。
「よし、支度はこれでおしまい」
今日はいよいよお楽しみのイベントが待っている。深呼吸をして花屋に向かった。
*
「こんにちは」
花屋を訪れると、サンゴが迎えてくれた。
「こんにちは、いらっしゃい」
「サンゴ、お誕生日おめでとう」
朝、山で摘んでおいたカスミソウのような花を手土産に渡すと、サンゴはますます笑顔になった。
「わ、君にお祝いしてもらえるなんて、なんて素敵な日だろう。ありがとう」
サンゴは渡した花を、花屋のレジ横の花瓶に生けながら嬉しそうに言う。
「それからギフトが届いたよ。もし時間があるなら一緒に食べない? せっかくだから君と食べたいんだけど」
「えっ」
知らないイベントだ!と叫びそうになるのを我慢した。
選択肢が出てきて、『ご一緒する』『忙しいので断る』の文字が頭に浮かぶ。準備は万端で心の準備もしてきた。初めての誕生日イベント、もちろん「是非!」と返事をした。
「よかった、少し待ってて」
サンゴの支度を店内で待ち、大きなピクニックバスケットを持ってきたサンゴに続いて外にでた。てっきり庭で食べたりするのかな、と思っていたがどうやら違うみたいだ。
(どこにいくんだろう)
サンゴはガーデンを歩きながら指を差した。その先を見ると、花屋のガーデンの奥にビーチにつながる小道がある。
「せっかくだから、海で食べたいなと思って」
「なるほど、いい案だね」
そんな会話をしながら砂浜に出て、流木のところに二人で並んで座った。
波の音が心地いいビーチ、風も海の潮を含んだ湿っぽさだ。漁港とかの生臭い匂いが苦手だったりするけれど、ゲームの中で匂いは感じないから、それはラッキーだ。
「いい天気だね」
海は見るのが好きだ。打ち付ける波、太陽が反射する水面、遠くで飛んでいる海鳥の声。ヒーリング効果があるのかリラックスしてしまう。
「はい、チゼルさんの分」
サンゴは飲み物を用意した後、私にカップケーキを差し出した。
「サンゴにプレゼントしたんだから、サンゴが食べなよ」
「ううん、二人で食べたいんだ」
半ば強引に手渡されて、受け取ってしまった。
「じゃあ、頂きます」
分けてもらったカップケーキは苺風味だった。
誕生日と言えばショートケーキだからかもしれない。苺のスイーツを食べると、春っぽいなと毎回思う。それに加えてお誕生日の特別感。自分の誕生日はチョコレートケーキと決めているから、誕生日に苺のケーキを食べるのは新鮮に感じた。
(研磨の誕生日もチョコレートケーキなんだよね)
ケーキはチョコレートと決めたのは小学生の時だ。両親と研磨とよく一緒に食べていた。年頃になると、研磨が遠慮するものだから、研磨の誕生日にはカットされたケーキを二つ買っていって、二人で食べたりしている。きっと今年もそうなるだろうとぼんやり思いながら海を眺めた。
「タルトストーンのケーキ、本当においしいね」
「うん、お茶もとってもおいしいよ」
さすがラズのケーキとサンゴのハーブティー。最高の組み合わせだと、食べながらサンゴの横顔を見る。もぐもぐとカップケーキを食べる様子なんて、前のゲームで見ることができなかった。
(デートしてるみたい)
自覚して無性に恥ずかしくなって、手元のカップケーキに集中した。
「今日は三つもプレゼントをもらえるなんて」
「三つ?」
「そ、お花とケーキと、それから君の時間ももらっちゃったからね」
あまりも自然だった。
これが画面越しだったら、コントローラーを落として叫んでいただろう。
すんでのところで我慢して、それからなんて言おうと考えたけれど言葉は出てこない。サンゴはそんな私を見越してか、ふふっと笑って海を眺めている。
(油断した。こんなセリフ、サンゴにしか許されない)
心の底が、ぎゅっと掴まれるような心地よい痛みが走る。
「おかげでいい誕生日になったよ。ありがとう」
サンゴは、今までに見たことがないくらいの屈託のない笑顔を見せてくれた。
つまらないものですが、とか、大したものではないけれどなんて現実世界ではよく言うけれど、今日はそういう謙遜は無しでいいような気がする。
「私こそ楽しかった。ありがとう」
海風がサンゴの髪の毛を揺らす。夕日が肌をオレンジに染める。サンゴの微笑みが、いつもより幸せそうに見えるのは己惚れかもしれない。特別な日を一緒に過ごせるありがたさを噛みしめながら、砂浜を後にした。
サンゴとのデートと言っていいかわからないけれど、イベントを終えて何か落ち着かない。こういう恋愛沙汰に慣れていなさすぎることを自覚して一瞬で我に返った。
「これはゲーム、落ち着こう」
本当にサンゴのことを好きになってしまいそうだった。けれどこのイベントを終えればサンゴの友好度を上げるために行ったのだ。
体目当て、とかお金目当て、とかそういうんじゃないけれど下心はしっかりとあって。
ちくりと胸の奥が痛むのは、自分にとってはたかがゲームじゃないからだ。
私の、昔からの心の居場所。
よくゲームなんだからリセットできるなんて言う人がいるけれど、それは違うと思う。
失敗してもいいやなんて思えないし、目の前の存在を大事にしたい。
「今は、それでいいよね」
サンゴのあの幸せそうな笑顔を思い出して、誰に聞こえるわけもない言い訳は静かに消えていくのだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




