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ここまで読んでくださりありがとうございます!
「良かった、晴れてる」
窓から見えるすがすがしい春の空を見上げて深呼吸をする。両手で頬を触るとひんやりとしていた。
昨日サンゴと会って、変に意識してしまって上がった体温は平常通りに戻っていた。
(これからどんどん仲良くなろうっていうのに、こんなにどぎまぎしていて恥ずかしい)
深く息を吸って、「これはゲーム、これは非現実」と十回唱えた。
(他の人もこのゲームを見ているかもしれないし、もっとシャキッとしないと)
もう一度深呼吸をしていると、ノック音が聞こえた。
「おはよ、配達だよ」
「オリビン、おはよう」
オリビンから昨日の収穫物の代金と朝食を渡されたので、お礼を言って受け取った。魚の分もあったけれど、種やバケツ代の支払いで所持金は変わらずだ。
「そうそうチゼル、ポストは確認している? たまには確認しておかないとな」
「ほんとだ! 忘れてた。 教えてくれてありがとう」
「どういたしまして、今日もはりきっていこう」
「はーい」
次の配達に向かうオリビンを見送ってアドバイス通り、ポストを確認する。すると一通のハガキが入っていた。
『お誕生日おめでとう、誕生日の人はケーキサービスをしています。ぜひいらしてください タルトストーン ラズ&ガーナ』
それは、ケーキ屋からのお知らせだった。
「なんだかんだケーキ屋に行きそびれてたっけ」
お財布に余裕ができたらと思っていたけれど、タイミングを逃していたことに気が付いた。夕方は図書館と花屋に行っているし、花屋に行くとケーキ屋は閉まっているのだ。
「ていうか私、今日が誕生日?」
そういえば座談会のときにアンケートに書いた気がする。私の誕生日は春分の日だ。自分の誕生日はその月だけ決められる設定だった気がするので、そのデータが反映されて、春の月になったかもしれない。
「畑仕事が終わったら、ケーキ屋に行ってみよう」
雨上がりの畑は、太陽の光できらきらと輝いている。この世界でいう龍の加護だろうか。
「今日も張り切って行こう」
と、オリビンの言葉を反芻して気合を入れた。
「こんにちは、ようこそ『タルトストーン』へ」
ファームから町のエリアへ。レンガで舗装された道をスキップしたい気持ちを抑えて、町を歩く。これから活動を始める町の住人たちとすれ違えば挨拶をし、ケーキ屋のドアを開けるとパティシエのラズと、バリスタのガーナが出迎えてきた。
「チゼルさんが来てくれてうれしいわ。お誕生日おめでとう」
「ゆっくり食べてね」
「ありがとうございます」
出されたのは苺のショートケーキ。この町で唯一の洋菓子を食べられるところだ。
フォークを差したときに手に伝わるホイップのしっとりとした感触に、エアリーなスポンジの軽い食感が甘いものを食べているときの満足感とともにやってくる。
体力の回復音がどことなく聞こえ、朝の作業での疲れが一気に取れる心地がした。
「コーヒーはいかが?」
「ガーナの入れるコーヒーはおいしいよ」
「ラズのタルトもおいしいわよ」
二人は息ぴったりだ。
「せっかくだから頂きます、ありがとう」
このペアもカップルになる二人だ。年の差職場恋愛の要素があって、両片思いで。この二人の関係もとても素敵だ。
店内は、カントリー風の内装でかわいらしい。赤と青のチェック柄のテーブルクロスが、二人のイメージカラーとあっている。
注がれたコーヒーカップからは湯気が立っていて、香りがよさそうだ。輸入雑貨屋さんの珈琲コーナーとか、勤務途中にケーキ屋を通りがかった時の、焼きあがるケーキのバターやお砂糖のいい匂いを思い出す。
ふと自宅じゃないどこかのキッチンでお菓子作りをしたような記憶が浮かんだけれどすぐに消えた。
(なんか、思い出しそうだったな)
オーブンからただよう香ばしいバターの香りの記憶。でもそれが何なのかを今気にする必要はなさそうだ。
目の前のカップを見る。花屋にあるカップが英国風のティーカップだとしたら、こちらのカップは白い陶器の厚めなコーヒーカップだ。
甘いコーヒーが好みなので、いつもなら角砂糖を二つ入れるけれど、今日はブラックのまま口をつけた。
ケーキの甘さで、コーヒーの苦さが不思議と気にならない。
(なんだか、ほっとするな)
カフェスペースにいると、休日のおでかけみたいな特別感がある。
素敵な内装の建物に、おいしいスイーツ。記念日をお祝いしてもらえる嬉しさ。
(誕生日といえば)
タルトストーンには大きなカレンダーが貼ってあって、そこにはイベントと住人の誕生日が一目でわかるようになっていた。
「えっ、サンゴの誕生日十五日じゃん」
思い出せてよかった。誕生日には誕生日にしか聞けないセリフがあるはずだし、此処でプレゼントをしたらより仲良くなれる。
それから一週間後の二十二日はコクヨウで三十日はエドの誕生日だ。これは、絶対に外せないイベントになるだろう。
どんな素敵なイベントが待っているか想像して、ぐふふ、とヲタク特有のだらしない笑いが零れそうになるのを必死で抑え込んで、残っていたコーヒーを飲み干した。
食べ終わったのを見計らったのか、二人が挨拶に来てくれる。
「うちの目玉商品は季節のフルーツタルト。ラズのオリジナルケーキは季節によって変わるから、おすすめよ」
「今年の春は苺のタルトだよ。また食べに来てくれたらうれしいな」
「定休日はお祭りの日だから、気を付けてね。記念日にはぜひ『タルトストーン』をご利用くださいね。」
「はーい」
ラズとガーナに挨拶して店の外に出る、なんだか特別にいい気分だ。
(誰かにお祝いしてもらえるって、こんなに素直に嬉しいと思えるものだったかしら)
そしてふと、店の前にあるイーゼルに気が付いた。現実世界のケーキ屋の前にある、季節の商品が紹介されていたり、誕生日の人の名前が書いてあったりするやつだ。
でもなんとなく、様子が違うことに気が付いて、目を落とす。
『お友達のお祝いにはタルトストーンを』
と書いてあるキャッチコピーの下の説明を読むとこう書いてあった。
「お誕生日のお友達に、ギフトを送れます。500Zでギフトを当日に配達いたします。メッセージカード付、お誕生日の前日まで受け付け。お申し込みはカウンターにお越しください」
「わ~!これめっちゃいいシステム!」
500Zで住民に誕生日に小さなギフトを贈れるなんて助かる。完全クリアには全住人の友好度を高めなくてはいけないので、お金が貯まったらこれを活用しないわけにはいかない。
ポスターの絵から察するに、フィナンシェやマフィンみたいな焼き菓子の詰め合わせのようだった。
前もって支払いできて、その日イベントで会えなくてもプレゼントは届く。そのあときちんと誕生日の特別なセリフも聞けるのはとてもいい改善だ。たぶん一度は会ったことのある人という条件はありそうだ。
「住人全員に会いつつ、まずはアルバムに関係するキャラクターを優先だけどね」
そして完全クリアをするならラズの好感度も上げる必要がある。申し込みそびれないように、ちょこちょこ顔を出さなくては。
「近いうちにまた来よう。苺のタルトも気になるしね」
夕方はミントティーとタルトのご褒美の習慣になりそうだ。
余韻が消えるがもったいなくて、ゆったりと町を歩く。すれ違う町の人から「今日誕生日なんだって? おめでとう」と声をかけてもらえるのが、また嬉しかった。
家族と研磨しか、もうおめでとうと言ってくれる人がいない。
「祝日が誕生日だから、いつも忘れられちゃうのよね」
毎日会っていた学生時代はまだメッセージをくれていた友達もいたけれど。今では誕生日に通知ゼロのメッセージアプリを開くのもむなしくて考えないようにしていた。
また現実に戻ったら、ちゃんと言葉で友達に伝えてみるのも悪くないかもしれないな、と夕暮れの町にぼんやりと思ったのだった。