12
読んでいただけたら( *´艸`)とコメントしていただけたら嬉しいです。
春の月も二週目に突入した。昨日から雨が降っていて、水やりはしなくても済んでいる。ラディッシュの種を三袋買って、種を撒いた。雨の日に作業をするのは晴れの日以上に疲れやすいので、体力を考えながら作業しないといけないのは難しい。
「雨があと二日続いたら、作物がダメになっちゃう。明日は晴れてほしいなあ」
ため息を吐いて、時計を見た。
「そういえば、前のゲームだったらファームに住むキャラ来る頃だけれど、それはまだなのかな?」
もしかしたらイベントが盛りだくさんなので、時期が変わっているかもしれない。スローライフと謡っているので、そういう空気感を大切にするために変更になったのだろう。
(完全クリア目指すのって、かなりハードワークだったしね)
考察は進むけれど行動はしなくてはならない。早速外に出て、水やり以外の作業をすることにした。
「ひと段落、っと」
時計を見るとまだ朝の八時だ。畑の整備も落ち着いてきたので、コクヨウにもらった釣竿をもらって、山へ繰り出すことにした。
コクヨウの小屋の後ろには大きな柳の木があって、そこは雨に濡れないようだ。不思議としっとりとした山の空気感が感じられる。
「お、新入り! 今日は魚釣りかい?」
「風邪ひくなよ」
「雨の日は川に入るなよ」
話しかけたのはコクヨウの弟子だ。この三人は兄弟らしい。
確か生まれは隣町で、大工になるために修行にしているのだとか。なのでこの弟子たちは土曜、日曜はマップからいなくなる。こういう細かい作りもこのゲームの世界観を守っている。でもこのつくりこみが細かいせいで、ちょっとした天気や曜日の関係で目当てのキャラに会えないこともあるのだけれど。
この三人でいえば夜はベイエリアの宿屋にいて、配送会社のおじさんたちと楽しく飲んでいる。宿屋の食堂はよくジルコもいるので、もしかしたら仲が良かったりするのかもしれない。
三兄弟にも挨拶しつつ、魚釣りに集中する。釣竿を垂らして、浮きが沈んだらタイミングよく上げる。ゲームの中なので現実世界の釣りよりは簡単な仕様だ。ミニゲーム的な要素もあって、気分転換できるので、ついつい長く遊んでしまっていたな、と思い出した。
「わ、釣れた!」
浮きが沈んだときにタイミングよく引き上げると、運よく小さい川魚を吊り上げることができた。そしてふと我に返る。
(この魚、どこに置いておこう)
あたりを見渡しても何も置いていない。古の記憶を辿って思い出した。
「そっか、バケツを買わないとなんだ」
とりあえず最初に釣った魚は、小屋の後ろの焚火で調理することにした。
ゲームの仕様なので、焚火に魚を投げ込むと焼き魚にしてくれる。
心を落ち着かせるために深呼吸。
「えいっ」
気合を入れて魚を掴んで焚火に投げ込んだ。何とか掴むことはできるけれど、この感触、実は得意じゃない。
小さいころたくさんキャンプやアウトドアに行ったけれど、本物の川魚はビチビチ跳ねて掴むことすらできなかった。
なのでいつも父親や研磨を呼んで代わりに持ってもらっていた。大学生の友達と行った、川辺でのバーベキューときも断固として魚には触れてこなかったくらいだ。
居酒屋で刺身は食べるけれど、海の家とか海鮮食事処の小魚やエビの踊り食いは苦手みたいな。
だから大人になっても魚つかみ体験や釣り体験は避けてきていた。
リアリティのあるこのゲームでも、その魚のいきのよさがないのはありがたい。
焚火はぱちぱちと音を立てている。しばらくすれば焼き魚ができるはずだ。
「その間にバケツを調達しないとね」
バケツを手に入れる方法は知っている。そわそわする気分を落ち着かせて山小屋に入ると、コクヨウが囲炉裏でなにやら作業をしていた。
「こんにちは」
「お、おまえさんか。今日はどうした?」
コクヨウは手を止めて、わざわざそばに来てくれた。
「バケツをください」
「300Zだ」
コクヨウにお金を払ってバケツを受け取った。今日の声はやや上ずってしまったけれど、前よりかは自然だったと思いたい。
「ありがとうございます」
「おう」
コクヨウに挨拶をして、もう一度柳の木の下にやってきた。焚火台の焼き魚はできていて、一服することにする。
「わ、おいしい」
炭で焼いた魚のおいしいこと。パリッとした魚の皮の向こう側に、しっとりとした白身魚の触感。久しぶりのタンパク質だ。
ピロン、と機械的な体力の回復音がどこからともなく聞こえた。
(自分には見えないけれど、元のデータにはきちんと体力のバロメーターがかんりされているのね)
ならなおさら、食生活には気を付けなければならない。
最初の内は食堂に頼ることになりそうだけれど、できれば早めにキッチンを作って、簡単な調理をできるようにすれば、活動時間も伸ばせるだろう。
「次はコクヨウと一緒に焼き魚を食べれるといいな」
コクヨウは口数が少ないので、どんなふうに会話をすればいいのかはわからないけれど。勇気が持てたら後日のお楽しみに取っておくことにして、気合を入れなおした。
「よし、今日は釣り頑張るぞ」
先程手に入れたバケツで川の水を汲み、再度魚釣りを再開した。数時間粘って五匹釣れた。コツをつかんでくると大きな魚も釣り上げることができたので、出荷をすればお小遣いになりそうだ。
いつの間にか影が長くなっていて、太陽の光もオレンジがかっていた。時計を見るとあっという間に夕方だった。
山菜をとりながら一旦ファームに戻って収穫物を出荷する。そしてまた夕方のルーティンになりつつある図書館と花屋に向かった。
「こんにちは」
花屋に入ると、サンゴが店番をしていた。
「こんにちは、今日は雨だね。お互い、水やりはお休みだね」
挨拶は雨の日限定のセリフになっていた。仕事が一つなくなって、心なしかサンゴが退屈そうに見える。
「雨の日はパパに休んでもらってるんだ。ベイエリアでお酒を飲んでいるかもね」
ベイエリアの居酒屋は夕方オープンだ。ジルコやパルが常連でランダムで町の人に会えるスポットと思っていたけれど、もしかしたら天気や曜日で住人の行動は厳密に決まっているのかもしれない。
「僕、お酒あんまり強くないんだよね。カーネル牧場のトムとカーネルはお酒が強いからうらやましいよ」
「そうなんだね」
この情報は前のゲームにはなかった。新しいゲームになると言うことで、会話やシナリオも増えているのかもしれない。新情報ありがたいと心の中で拝みつつ、いつものミントティーを頼んだ。
サンゴがお茶を淹れるその姿眺めて、聞こえてくる雨の音に耳を傾ける。しとしとと、雨のBGMが心地よい。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」
彼の笑みに釣られて笑うけれど、はっとした。いつもは渡されたカップに目を落としていたから気が付かなかったのだ。
(サンゴって、こんな風に笑うんだ)
優しくて、あったかい視線。慈しみの笑みを直視して、慌てて目を逸らす。慣れているはずの夕方の習慣に油断した。耳の横で心臓が鳴っているみたいに鼓動が煩い。
(優しい雰囲気の男の子、としか思ってなかった)
「花も人間もお水が必要だからね」
いつものセリフも、甘く聞こえてしまう。
推しじゃないからと侮ったわけじゃないけれど、意識したことがなかった。
カップを渡されたサンゴの手、ちゃんと男の人の手だった。なんて、今更だろうか。