11
読んでいただけたら( *´艸`)とコメントしていただけたら嬉しいです。
「ラディッシュが出来てる!」
種まきから五日目の春の月七日。十八個できたラディッシュは朝露でキラキラと光って見える。
「おはよう」
「え、おはよう、サンゴ。どうしたの?」
ラディッシュを収穫しようと手を伸ばした時、後ろから声をかけてきたのはサンゴだった。
「昨日通りかかったらラディッシュがいい感じに育ってたから見に来たよ」
(そういえば、ファームで最初に作物ができたときに立ち会ってくれるんだったっけ。)
初めのチュートリアルみたいなイベントもきちんと用意されているのだと感心しつつ、サンゴが見守る中試しに一つ収穫してみる。
ラディッシュの柔らかい葉の根元を掴んで、引き抜いた。
「えいっ」
土からスポッとラディッシュの小さな実が顔を出した。なんて気持ちがいい瞬間なんだろう。ゲーム独特の、効果音も相まって、すごい達成感だ。
「うん、しっかり育ってたね。それに……」
「それに?」
「龍の加護を受けてるみたい」
「龍の加護?」
サンゴの言葉を復唱しながら、言われてみれば、とゲームの設定を思い出した。
昔この土地で生まれた龍が山になった。山は鉱石を生み出して、鉱石は水を作った。
水は植物を育て、そして植物は人を呼んだ。人は始まりの龍に感謝して、今でも信仰している。
そういう信仰がこの島にはあるという設定だ。
「ラディッシュが抜けたあとの土がキラキラしているでしょう、きっと美味しいラディッシュだね」
サンゴは土を観察しながら、続けた。
「もし君がこの信仰を大事に思えるなら、ファームでできた作物を山にお供えしてごらん。きっとこれからも加護をくれるよ」
「お供えって?」
「コクヨウの山小屋から山の奥に入ると鉱石場があるでしょ? 鉱石場の奥に細い道があって、湧き水が出ているんだ。そこに昔からの祭壇があるよ」
行けばわかる、という親切なのか不親切なのかわからない説明をするサンゴにはなるほど!という顔をしながら、このゲームを攻略に欠かせないお供えのシステムを思い出させてくれたことに感謝をした。
「いろいろ教えてくれてありがとう。はい、サンゴにもお裾分け。初めて作ったから味はまだわからないけど。よかったらもらって」
「うわぁ、ありがとう。きっと美味しいよ」
サンゴにラディッシュを渡すと友好度が上がるのを知っているからこその行動なのだけど、下心がある分サンゴの笑顔にチクリと胸が痛んだ。
「この土なら……ううん。なんでもない、またね」
サンゴの意味深な言動は、今後のイベントの伏線だ。きちんと段階を踏んでいることにほっとしながらもラディッシュを収穫して十五個出荷した。
残りの二つの用途は、もう決まっている。
「お前さんが? ありがたく頂戴するよ」
「ど、どういたしまして」
いい加減、どもるのを辞めたいと思いながら緊張してしまう。なぜなら最推しの、コクヨウの前だからである。
「きちんと食べているか?」
きちんと食べているのか、という問いにどう応えたらいいものか迷う。朝ごはんは毎朝届くけれど、午後はまだミントティーでしのいでいる。とても胸を張って言えることではないのも自覚はある。現実だったら栄養失調になってしまうだろう。
「えーっと、あはは」
ごまかすように笑うと、コクヨウの鋭い視線が頭の先からつま先へ移動する。いくらゲームのアバターとはいえ、推しに見られるのは、なかなか恥ずかしいものがあった。
コクヨウにラディッシュを持ってきたのは推しへの貢ぎ物というわけではない。
「野菜の礼だ。裏の柳の木の下がよく釣れる。腹が減ったら挑戦しな」
「ありがとうございます」
そう、今日の目的は、コクヨウから釣竿をもらうことだった。
「ファームの家はまだ設備が整ってないんだったか? 増築をするんだったら一番に台所を作るんだぞ。台所ができるまではうちの裏の焚火台か、ここの囲炉裏をつかっていいからな。無理するなよ」
「はい」
魚をたくさん釣ることができてここに持ってくれば、コクヨウと一緒に食事を取ることができるということだ。
「怪我には気をつけろよ」
「はーい」
コクヨウに挨拶をして、小屋を出た。
当時は恋愛イベントの対象ではないとはわかっていたけれど、デートだと言って何度もコクヨウに魚を貢いでいたことが思い出された。なかなかの狂気である。
(研磨、呆れてたもんなあ)
けれどもし、新作になってコクヨウともっと仲良くなれるようなイベントが用意されていたら、知らない展開が待っていることになる。
(心臓持つかな? ときめきすぎてゲームからログアウトしたりしないよね?)
気を抜いたらにやけてしまいそうな表情を引き締めて、サンゴから教えてもらった泉に行くことにした。
コクヨウの小屋からさらに山の奥へと進む。鉱石場は冬の時期のみなので、春のこの時期は人があまりいなくて静かな場所だ。
奥の細いトンネルを潜って、洞窟の中の小さな泉にやってきた。泉は水晶が底にあり、どこかから差し込む光に照らされてとても綺麗だ。グラフィックがきれい、なんて思ってしまうのがもったいない。もっとゲームの世界に没入していたい。
そんなことを思いながら、泉で手を洗い、その横にある祭壇のような岩にラディッシュを供えて手を合わせる。
「みんなと仲良くできますように」
そう呟くと、軽やかな鈴の音が聞こえた。いわゆるゲームの仕様なのだけど、キャラクターの願いが届いたと言うことだ。
「よし、午後もがんばるぞ!」
気合を入れなおして、洞窟を出たとき、肩にてんとう虫が止まった。優しく捕まえてサンゴを思う。
「ちょっと早いけど、花屋にいこうかな」
お供え効果なのか体が軽い。すれ違う町の人に挨拶をするのもとても気分がよかった。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは。仕事お疲れ様」
花屋の主人のサンドに声をかけ、サンゴを探した。サンゴはガーデンにいた。
「サンゴ!」
「おや、今日は可愛いお客様も一緒なんだね」
「ミントティーいただける?」
「もちろん。いつもありがとう」
サンゴに促され、ガーデンチェアに座った。春の心地いい風が、ガーデンの花々を揺らす。深呼吸をすると、花のいい香りが肺を満たすような気がするけれど、実際は香りまでは感じることはできないみたいだ。
(そういえば、ミントティーの香りも、花の匂いもしないな)
味覚や触覚の再現度が高すぎて、今の今まで気が付かなかったことに驚きつつも、春のやわらかな西日に目を細めながらサンゴを待つ。なんだか、テレビや漫画で見る初恋のイメージみたいな、落ち着かなさがあって、くすぐったい。
そうこうしていると、サンゴがお待たせ、と言いながらやってきた。テーブルにいつものミントティーを置く。その湯気も春の風に吹かれて、どこかに行ってしまった。
「ありがとう」
「ゆっくりしていってね。花も人間もお水が必要だからね」
あ、と声を漏らしそうになって、慌てて笑顔でごまかした。
サンゴの言葉が変わった。これは友好度が上がった証拠だ。これからサンゴとの特別なイベントが待っている。楽しみで、胸が高鳴った。