10
サンゴの一番の魅力はふわふわと優しい雰囲気の中に、しっかりとした芯があるところだと思う。
誰にでも分け隔てなく優しいけれど、自分に厳しくて、夢に向かって進んでいける強さがあるところも素敵だ。
自然派美男子。サンゴ色のふわふわとした髪をゆるく一つにまとめて、花のような優雅さが現実世界の自分自身より美意識があって、私の場合は少しだけ居心地が悪かったりするのは置いておいて、一番はじめに彼を好きになった人は多いだろう。彼のファンはきっと多いはずだ。
「おはよう、チゼル。今日の朝食と昨日の出荷物の代金だよ」
「ありがとうございます」
朝六時の訪問者はオリビンだった。配送業者のオリビンは毎朝町に新聞や朝食を届けていると言う設定だ。年中無休なので、オリビンの会社のシステムにそわそわしてしまうのは大人になった証拠だろう。
「今日も頑張ろうな」
「オリビンも、気を付けて」
変な考えを振り払ってオリビンが届けてくれた朝食をとりながら、カレンダーを見た。
春の月五日。全部で十八か所の水やりの作業にも慣れてきて、スムーズに街を探索できるようになってきた。所持金は2000Zで、そこそこお金も溜まってきている。
種をまけるところをもう少し作りたいから、あとは倒れないように気を付けながら進めていけばいいはずだ。水やりをして、朝は山に行き、山菜をとる。売れるものは出荷箱に入れて、それから町に繰り出すのだ。
「あ、てんとう虫」
町へ行く道を歩いていると赤い小さな虫が目の前をよぎった。現実世界ならためらうがここはゲームの世界。難なくキャッチすることができた。
実はこれが今日の第一目標だった。
「君が捕まえたの? きっと今日は素敵なことが起こるね」
捕まえたてんとう虫と一緒に花屋まで行くと、サンゴはにこやかに迎えてくれた。
「こんにちは、今日もミントティーいただいてもいいかな」
「もちろん」
てんとう虫をガーデンに放して、デッキのガーデンチェアに座っているとサンゴがミントティーを淹れて持ってきた。カップは、昔研磨の家で見たような上品な白い陶器のカップだった。
「いただきます」
「どうぞ」
ミントティーから湯気が立っていて、火傷しないようにゆっくりと口をつける。熱い液体が喉元を通って、本当にミントティーを飲んでいるような気分になった。爪の先が熱い陶器の縁に当たって、カチッと音がする。熱い温度とその音が心地よい。
サンゴはごゆっくりと言って店内に入っていく。そんな彼を見ながら、サンゴのデータを思い出すことにした。
サンゴは毎日の会話や、花屋での買い物、作物の出荷で友好度が上がるキャラクターだ。そしてそのサンゴの友好度を上げやすくする方法は二つある。
それがまず、さっきのてんとう虫だ。てんとう虫を見つけて花屋に来るとなぜか友好度が上がりやすくなる仕様になっている。てんとう虫は町や山で比較的見つけやすいので、序盤の攻略にはかなりありがたいアイテムだ。
そして花屋のハーブティーを飲むことだ。定休日以外の午後三時からはサンゴは必ず花屋にいることになっていて、そこでミントティーを飲むと早くサンゴと仲良くなることができる。
ミントティーは一杯50Z。お財布にも優しいのである。
「サンゴ、お茶、ごちそうさまでした。じゃがいもと玉ねぎの種をひとつずつ買いたいのだけど」
「OKもってくるね」
合計650Zを支払って、商品を受け取った。
「はい、こちらが商品だよ。お疲れ様、リラックスして一日を終えられますように」
「ありがとう、またね」
「春はお花の季節だね」
お決まりのセリフを聞く。それから花屋を後にして、またファームに戻り、体力が尽きるまで整備をする。買った種をまいて、水やりをした。
最初に撒いたキャベツの芽はまだ出ていないけれど、ラディッシュの葉はずいぶん大きく育っている。あと二日くらいで収穫できるようだ。
「さて今日もたくさん働いたな~! 明日も頑張ろう!」
伸びをしてベッドにもぐりこんだ。現実世界ではこんな充実した気持ちで眠りにつくことも、ワクワクして朝を迎えることもほとんどなかったことを思い出す。こんな風に毎日過ごせたら、どんなに素敵なことだろう。現実世界となんでこんなに違うのか、などと思いつつ眠りについた。
翌朝、今日は曇りのようだ。山菜と肥料用の雑草の分の収入が入り、所持金は2000Zになった。
朝はいつも通り作物に水やりをして、山に山菜を取りに行った。
てんとう虫を探しつつ、出会う人出会う人に挨拶をする。夕方は図書館と花屋に行って休憩をした。お金が貯まればベイエリアに行きたいところだけど、まずは身の回りを整えてからだ。
ハーブティーは少しだけ体力が回復する。まだ畑をたくさん広げているわけではないから、今は作業が少ないけれど、お金が溜まって種がたくさん買えるようになったら農作業が増えて体力も減る。
種をまくのは簡単だけれど、あまり範囲を広げすぎると自分の首を絞めることになるので注意が必要だと、反芻した。
「こんにちは」
「やぁいらっしゃい」
今日の店番はサンドで、サンゴは外のガーデンにいるようだ。
『星の砂』という花屋はサンゴの父親のサンドが経営している。サンドは赤毛の長い髪を一つにまとめ、いつも分厚い専門書とにらめっこしながら店番をしている。
店の一角にあるサンドの机はたくさんの本やルーペが散らばっていて、サンドが夢中になると周りが見えなくなるタイプだと言うことを表しているようだった。
「花のことは息子に。野草のほうは僕が詳しいけれどね。息子と仲良くしてくれたらうれしいよ」
サンドに話しかけると、こんな風に話してくれる。
サンゴの母親は世界中を飛び回るバイヤーで、ジェムストーン産の花の種を売ったり珍しい花の種を仕入れたりしているみたいだ。ゲームには出てこないのでキャラクターデザインはないけれど、きっとサンゴと同じ珊瑚色の髪の毛の色だろう。
ガーデンに出て、サンゴに挨拶をした。
「こんにちは」
「やあ、今日も元気かい」
「うん。サンゴもお疲れ様」
ガーデンには春の蝶が飛んでいて、思わず目を止めた。サンゴも同じように蝶を目で追っているようだった。
「僕のママは蝶々みたいな人。一つの花には留まれないタチなのさ」
サンゴとのランダムな会話のなかに母親のことを教えてくれるセリフがある。
少しだけ寂しさをにじませるサンゴの笑顔は切ない。
幼いころは感じなかったけれど、今ならその複雑な気持ちの機微を理解できる気がした。
サンゴの誰にでも優しいけれど、執着がないような、固執しないように気を付けるようなコミュニケーションの取り方のルーツは、母親との関係にあるのだろう。
一番甘えたい人は、いつもそばにはいない。幼いころ、母親が恋しいとサンゴは泣いていたのだろうか。そんなことを考えていると、外から声が聞こえた。
「じゃまするよ」
来客はケイトウ牧場のトムだった。
「トム! お疲れ様。 牧草の種は後で届けるって言ったのにわざわざきてくれたの」
「仕事がひと段落したからね、こなかったらうるさいだろ」
「たまには息抜きも必要でしょ」
サンゴはトムを私の隣に座らせて、お茶を淹れに行った。
「なに?」
「こんにちは」
「……」
自己紹介は新年の集いの時にしたし、何か話すことを探していたけれど気まずい沈黙が流れてしまった。話しかけてくれるなよというオーラすら感じてしまう。
トムはツンデレなので、最初はとっつきにくいけれど、仲良くなるにつれて、とても気にかけてくれるようになる。そこが、ファンにはたまらない。
「トムは人見知りなんだ、ごめんね」
サンゴは眉尻を下げて笑いながら、トムの分のミントティーを持ってきた。
「なんでサンゴが謝るの」
トムが眉をひそめてサンゴに言う。
「え~? 本当のことじゃない。トムとはお隣さんだから、家族同然の付き合いだし」
「弟は一人で結構」
トムはため息をついてミントティーに口をつける。その様子を見てサンゴは肩を竦めた。いつもどおりのやり取りなんだ、というようなジェスチャーだ。
「チゼルさんは動物を飼うことは考えているの?」
サンゴはそう聞いたとき、頭の中に三つの選択肢が出てきた。
『飼いたい!』
『考えていない』
『考え中』
昔もこの選択肢があったな、と懐かしみつつ『飼いたい!』を選択した。
「もちろん、もうすこし生活に慣れて準備ができたらだけど」と付け加えてみる。当時のゲームだと考えていないの選択肢を選ぶとトムの友好度が下がってしまっていた。同じであれば、大丈夫なはずだけれど。
「最後まで面倒を見る覚悟がなければ、動物は買わないほうがいい」
トムがぴしゃりと言った。
「覚悟があれば大丈夫ってことだね」
そっけないトムの言い方をサンゴが通訳するようにフォローした。とりあえず友好度は下がってなさそうだ。
「ごちそうさま」
「あ、トム種忘れてるよー!」
気まずさを感じていたのか、さっと席を立ったトムをサンゴは追いかけて牧草の種を渡している。
トムは種を忘れた恥ずかしさからか顔を赤らめて去って行った。遠巻きに二人を見て、お似合いだなと思う。この二人は、カップルになるペア。トムとサンゴはお隣同士の幼馴染。昔から知っている相手を意識する瞬間って、ドラマや漫画でありがちだけど、やっぱり胸キュンものだ。
「そうか、もしかして」
ただ幼馴染だからカップルになると思っていたけれど、サンゴが寂しい時に、いつもトムが傍にいてあげたのかもしれない。トムは面倒見がいい。それも押しつけがましくなく。
それに、さっきのトムが言った「弟はひとりで結構」というセリフも、意味深に思えてくる。
「なに? 何か面白かった?」
「ううん、仲がいいなと思って」
戻ってきたサンゴが首を傾げている。私は懐かしい気分になって、はやくこのゲームの楽しさを、幼馴染の研磨と共有したくなった。