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魔術学院のセレスティア  作者: タピオカです。
一学年、一学期
6/13

クエストへ

 週末、晴れ渡った空の青に針葉樹の深い緑が映え、鳥達は旅人の来訪を喜ぶ様に囀っている。そんな良い春の日に小路を歩く三人の中で、セレーネ一人だけは不機嫌だった。


「せっかくこの三人でパーティ組んだのに、狩猟対象がベントボアとか……ほんっとにありえないわ」


「ごめんってば〜。初めてなんだし、あるんなら簡単な方選んじゃうって」


 このクエストで狩猟対象となっている曲角猪(ベントボア)は、曲がった大きな角が特徴的な、全長ニマリク程の猪型モンスターである。特段強いわけではなく、中級冒険者なら一人でも簡単に倒せてしまう。


 今回のクエストは、入手したベントボアの角を薬草漬けにして納品する。という内容だった。

 せっかく学院の魔法使い三人という優秀なパーティを組んだのに、肝心のクエスト内容が猪対峙と薬草採集というのが、セレーネは不満だったのだ。


「でも、不満言いながら付いてきてくれるじゃん」


「貴族たるもの、一度した約束は無下にはしないわ。文句は言うけど」


 キオンを囲む城壁門を潜ってから三十分ほど歩いて森に入り、それから一時間ほど歩いて来ている。そろそろ路を離れて森に踏み入ってもいい頃だろう。


「……そろそろ森に入りましょう。結構深くまで来たし、この辺ならベントボアもいるはずよ」


「そうですね、この辺りなら十分です」


 マーレが周囲を見回し、そう言うのを待ってから、三人は路を右手に外れて森へと踏み入って行った。


 中級者三人で囲めば倒せる……と言っても、生態系全体で見ればベントボアはれっきとした捕食者側だ。人間がいくら足音を立てても逃げはしないだろう。

 警戒さえ怠らなければ、物音を立てないよう注意して歩かなくても良いのは楽だった。


 十分程森の中を歩いていると、先頭を歩いていたマーレが二人を止めた。

 前方を注視すると、七マリク程先に周囲を警戒している一匹のベントボアが見つかった。


「ステラ」


 小声で声をかけると、ステラは既に魔力を練り始めているところだった。背中から抜かれた大杖が正面に構えられる。


「《紅蓮の火球(イグニール)》……!」


 放たれた火球は射線上の枝葉を焼き消しながら飛翔し、爆発音と共にベントボアの頭部に直撃した。


「よし……!」


 ステラがぐっと右手を握る。

 マーレが立ち上がり、倒れたベントボアを確認に向かうと、セレーネはステラと共にそれに続いた。 


 倒れたベントボアは、白眼を剥いて脚をぴくぴくと動かしているあたり、痛みと衝撃で気絶したようだった。


「……見ててくださいね」


 そう言うと、マーレは腰に吊るした大型ナイフを抜き、小さく振りかぶってから、ベントボアの首筋を一息に突き刺した。ベントボアの身体が一瞬びくんと跳ね、それから動かなくなる。


「すご、一発で……」


「ふふふ、猪型の魔物に止めを刺すときは頸動脈を刺すのが効果的です。覚えておいてくださいね。

 ……さて、今回のクエストの目標は、ベントボアの角を薬草漬けにして持ち帰ることですが……」


 マーレは言葉を途中で濁らせると、バックパックを背中から降ろし、その中から薬草を取り出した。


「角一本包む分は、持ってきたのとここへ来る途中に採集したもので十分です。ただ、二本目を包むまでは足りなそうなんです。

 ステラさん、この森ならすぐに見つかると思うので、採集してきてもらってもいいでしょうか」


「おっけー! 私に任せなさ〜い」


 ステラが自信満々に答える。


「私も行くわ。こいつ一人じゃ雑草持ってきそうだし」


「うぇっ、私の信頼度低過ぎ!?」


「ほら、行くわよ。出来るだけ早く納品した方が評価も高いしね」


「ちょ、ちょっと! 私はそんなにバカじゃないってば〜!」


 一本目の角を漬ける薬草を準備しながらくすくす笑うマーレを置いて、セレーネ達は、木々の根元を注視しながら森の奥へと歩を進めていった。





「こんなもんかしら」


 薬草を探し初めてから十分ほど。麻の巾着に集めた薬草の量を確認すると、そろそろ溢れそうな頃合いだった。


「うん、いい感じかな」


「じゃあ、そろそろ戻り──」


 声をかけつつ左後ろを振り返って、三マリク程離れた木の根元で採集を行っていたステラに視線を移す。その瞬間、セレーネは絶句した。

 体長六マリク程はある巨大な白い影が、ステラの背後で両腕を振りかぶっていたからである。


 雪大熊(スノーグリズリー)──


 大陸北方に広く生息する熊型の魔物であり、食物連鎖の上位に位置する強大な捕食者だ。直立すれば六マリクを超える体長と全身真っ白の毛皮が特徴的で、丸太の様に太い腕と爪から放たれる一撃は岩すら砕く。

 中級冒険者が一対一で戦えば、死亡の危険も十分にある魔物だ。


「ステラ!!」


 セレーネの叫び声にステラが顔を上げる。グリズリーの腕が振り降ろされる。


 ──間に合え!


 心の中でそう絶叫する。背負った杖を抜き、飛行魔法を限界出力で使用して、ステラの元へ一息に翔ぶ。


「だあああああああああッ!!」


 セレーネは、ステラとグリズリーの腕との間に身体を滑り込ませ、ありったけの力で杖を振り抜いて《波紋の衝撃》を放った。強烈な衝撃をぶつけられたグリズリーの腕が弾かれ、セレーネは振り抜いた勢いのまま身体を捻り、着地する。


「ステラ!一旦引いて──」


 グリズリーから警戒を解かず、横目でステラの無事を確認する。



「…………ごめ、な、なんか……からだ、うごかな……」



 涙に濡れたステラの瞳は、恐怖一色に染まっていた。身体はがたがたと震えていて、尻もちを着いたまま動けない様子だ。


 無抵抗の人間などグリズリーにとっては格好の餌に他ならないが、連れて逃げようにも、入り組んだ森の中なのに加えて人一人抱えた状態では、飛行魔法は速度を出せない。

 空に逃げる手もあるが、森の上空は猛禽系モンスターの縄張りだ。もしもステラを抱えた状態で目を付けられれば、為す術なく食い殺されてしまうだろう。

 

 現状では逃亡の手は使えない。つまり、マーレ(おうえん)が来るまでの間、一人でステラを守りきらなければいけないということだった。



「……連敗ってわけにもいかないのよね」



 セレーネはひとりごちて、杖を強く握り直した。

《マリク》

現在大陸で広く使われている長さの単位。その昔、大陸西部を征した古き王が、両腕を広げた時の指先から指先までの長さに由来する。


気づいたら前の投稿から十七日経過してて顔が無くなりました。一マリクは一メートル弱だと思ってもらえれば結構です。次回の投稿はいつになることやら……

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