友達作り
「あんなわがまましちゃって……ちゃんと卒業させてもらえるかしら……」
「あはは、大丈夫ですよ。先生も怒ってませんでしたし」
授業が終わった後、セレーネは食堂へと向かう人の波の中でマーレに不安を吐き出した。
「にしても、帽子をデコイにしたり、セレーネさま相手に火力勝ちしたり……ほんと、めちゃくちゃな方ですね」
マーレは、困り眉で苦笑しつつそう言った。
「全くその通りよ……でも必ずお返ししてやるわ。特訓にはマーレも付き合ってもらうからね」
「ええ、もちろんお供します! 私には無理ですけど、セレーネ様ならきっと勝てますよ!」
「何言ってんの、マーレもあいつに勝つのよ。私も、私が魔法を教えてるあなたも勝てば完全勝利でしょ」
あの笑顔に免じて一度許したとはいえ……私の経歴を傷つけたやつには、相応のお返しをしてやるんだから。
そんなことを考えていると、マーレは再び苦笑した後、しかし決意の籠もった目で、善処しますと宣言した。
マーレと幼少の頃から仲の良かったセレーネは、いつもおとなしそうな彼女の芯の強さを知っている。いつも通りのマーレに、自然と笑みが溢れた。
「うんうん、いい話だね〜」
「ひっ……あんたいつからいたのよ……」
いきなり耳元で声が聞こえ、反射的にそちらを向く。すると、ステラが自身のすぐ隣を平然と歩いていたので普通に恐怖を覚えた。
「《消える足音》? いたずらに使うような魔法じゃないでしょ、それ」
「えへへ、結構好きなんだよね〜、この魔法」
ステラはさも上機嫌といった具合に、にこにこと笑っている。対してセレーネは、いたずらにハメられたのが気に入らず、への字口で不満を表した。
「……まあ、あんたは確かに強いわよ。私の無敗記録を止めちゃったし、学院の歴史に名を残すことだって、夢じゃないかもしれないくらいね」
自分を下げたく無かったのは事実だが、読み合いも魔力総量も遥か上。初戦でわかるほどにはっきりと隔てられた力量差だったのも、また事実。世辞ではなく、本心からの言葉だった。
「だけど、いつかは絶対──」
勝ってみせるから。そう続けるつもりだった言葉は、ステラが突然立ち止まったことで堰き止められた。振り返って見れば、目を丸くし、口を小さく開けたまま、その場で呆けている。
「……え、どうしたのよ」
「ううん、ごめん、何でもないよ!」
セレーネに声をかけられて、やっと正気に戻ったらしい。ステラは笑みを浮かべて、再び歩を進め始めた。
✢
今日の一限目目の講義は魔言語学だ。魔言語は、魔法を形作る術式に使用される言語であり、意味を完全に理解した上で術式を音読すると、晴れてその魔法が使用可能になる。
魔法の習得は魔言語の解読と同義。魔法使いには必須の教科という訳だ。
バッグから教科書と永年筆、ノートを取り出して、半分に切ったすり鉢状の大講堂の中段あたりの席に腰掛ける。さて、あとは先生が来るまで予習でもしていよう。そう思ったところでいきなり声をかけられ、セレーネは肩が軽く跳ねた。
「おはよ〜、セレーネちゃーん」
顔を上げると、白い歯を見せたステラが隣の席にバッグを置いたところだった。実技授業の後の五、六時間目含め、食堂へ入る前に先生に呼び出されたのを見送ってからは会っていないので、こうしてステラと話すのは《消える足音》で悪戯されたとき以来だ。
「……なんで私に構ってくるのよ。あんた友達いないの?」
「失礼な、友達ぐらいいますよ! ……って言いたいところだけど、私隣国の隣国から引っ越してきたからほんとにいないんだよね〜」
やれやれといった感じで苦笑したステラは、セレーネの隣の席に腰を下ろした。
「はぁ……あんまり騒がないでよね」
「あぁ、ごめんごめん。昨日はちょっとはしゃぎすぎちゃったかな」
セレーネがわざとらしくため息を吐くと、ステラは意外にも素直に謝ってきた。この手の人間は、自分が騒がしい人間である自覚の無いものだと思っていたので、セレーネは少し意外に思った。騒々しい人は苦手だが、こいつは案外いいやつなのかもしれない。
「今日はちゃんとお行儀よくするからさ、ね?」
「別に責めては無いわよ。私こそ、昨日は取り乱して悪かったわね」
少し迷いながらも、セレーネはステラの前に手を差し出した。昨日の事で彼女に対する罪悪感があったのは事実だし、距離を詰めることでその強さの秘訣に迫ることが出来るかもしれないと考えたからだ。
「友達、いないんでしょ? 早いとこ作っておいたほうがいいわよ」
我ながら無愛想な誘い方だな、と思ったが、ステラはそれを見るや、瞳をきらきらと輝かせて手を取った。
「ありがとうセレーネちゃん、これからよろしくね!」
昨日の試合後に見たそれと同じ、微塵のよこしまさも無い笑顔。不覚ながら、暫しの間見惚れてしまう。セレーネは照れ隠しに、結んだ手をステラへ投げ返すと、講義が始まるまで自習に励んだ。
ステラが隣にいるからといって、講議の進行はいつもと変わらなかった。一つ違うことがあったとすれば、ふと隣へ視線を向け、ステラの横顔を見たその時、彼女のまつ毛の長さに少々腹が立ったことだろうか。
黙っていればこの学院でも引く手あまただろうに……。
などと口に出すのは流石に憚られたので、それは心の内に留めておくことにした。
四限目が終わった後の昼休み、用事があるとどこかへ向かったステラが戻って来たのは、マーレと食堂で昼食を食べ始めた時だった。
「ずいぶん遅かったですね、もう食べ始めちゃってますよ?」
「いやーごめん、入学の手続きで呼ばれちゃって……あ、セレーネちゃん、私が食べたいやつ頼んどいてくれたんだね。ありがと!」
ステラはそう言うと、予め空けておいたセレーネの隣の席に座った。テーブルに置いてあるのはパンと飛竜肉の生ハムに、付け合わせのサラダ。ステラが注文したメニューだった。
「飛竜肉なんて、庶民では手が出せませんなあ……」
空腹だったのかよほど美味しいのか、ステラはそれをぺろりと平らげてしまい、食べ終わったのは先に食べ始めたはずの二人とほぼ同時だった。ステラはコップの水を飲み干して一息つくと、話を切り出した。
「私、週末にクエストを受けてみようと思うんだけどさ。初めてだから勝手が分からなくて……いろいろ教えてくれないかな?」
クエスト──
ギルドで受けることの出来る、冒険者に向けた依頼のことだ。内容は魔物の討伐から素材の採集まで種々様々だが、達成すれば、その内容に応じて報酬が貰える。
「別にいいけど……ここは土地柄、採集はともかく、狩猟系のクエストは難度の高いものが多いわよ?」
「うぇっ、そうなの? う〜ん、魔物との戦闘にも慣れておきたかったんだけどなあ……」
それを聞いたステラは残念そうに俯き、考え込んだ。
初心者から中級者が挑める難易度の狩猟系クエストもあるにはあるのだが、他の街と比べるとやはり数は少ない。魔法使いが互いの叡智を交換するために集まる魔術街では、強力な魔物から取れる素材は、魔術研究のために需要が高いからだ。
「ならいっそ、私達が付いて行ってあげたらいいんじゃないですか?」
停滞した会話を進めたのはマーレだった。
「前衛は居ませんけど、三人パーティならある程度の強敵でも対応出来ますし」
「確かに! もし二人が付いて来てくれるなら、私も心強いなぁ……」
セレーネを置いて盛り上がっている二人が、ちらりとセレーネに視線を向ける。
「な、何よ……」
二人はこれ以上無いほど目を輝かせて、じっとセレーネを見据える。
「……あーもうわかったわよ、行けばいいんでしょ行けば!」
「やった! じゃあよろしくね!」
こうして、不運にも週末に予定の無かったセレーネは、二人の圧に押されてクエストへ同行することになったのだった。
《永年筆》
所持者の魔力をインクに変換して筆記する魔道具。
普段使いには便利な一方、儀礼や作法を重視する魔術的な儀式には適さない。
百合百合してきました。失踪しないよう頑張ります。