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魔術学院のセレスティア  作者: タピオカです。
一学年、一学期
4/13

勝ち戦

 授業開始から時は経ち、五ペアほどの試合が終わったところで、セレーネ達の順が回ってきた。


「よし、次はセレーネ対…えぇっと……?」


 デルケー先生が言い淀む、すると、ステラはおもむろに立ち上がって大きく息を吸い込んだ。



「ステラと申しまーす!! 引っ越しが遅れたので今日が初出席でーす!!」



 ……いや、声がデカすぎる…!!


「うるっさ……声量ぐらい考えなさいよ」


 大音量に釣られて観客席に座る生徒の全員がステラに視線を向ける。ペアとして隣に座るセレーネの恥ずかしさと言ったらなかった。


「なはは、ごめんごめん〜」


「ったく……速攻で終わらせるわよ」


 おざなりな謝罪に内心苛立ちながらも腰を上げ、飛行魔法で観戦席から飛び降りた。

 試合中に見られる魔法ならば、どんな初歩的なものでもハイテンションで反応するステラにも、いい加減飽きてきた所だ。

 このままでは鼓膜がいくつあっても足りないし、実力の差を見せつけてやるにはちょうどいいだろう。そんな魂胆だった。


「ふふふ、やる気いっぱいだね〜」


「言っとくけど、ボコボコにするから覚悟しときなさいよ」


 余裕な顔色を見せたステラに一つ忠告をサービスしておいた。

 セレーネは、姉との稽古を除けば、物心ついた時から対人戦で負けたことが一度もなかった。これは同年代はおろか、貴族の社交界でも語り草のエピソードだ。


 私のプライドにかけて、たとえここが大陸最高峰の魔術学院だとしても、そこら辺のやつらになんか負けていられないわ。


 セレーネは心の中でそう唱え、自身を鼓舞した。

 六マリクほどの距離を取って、互いに向き合い、杖を構える。


「両者準備は良いな? ……よぅい、始め!!」


「「《空駆ける鳥達の翼(フリューゲイル)》」」


 その声に呼応して、二人の背中から美しい猛禽の翼が現れる。

 大翼を羽ばたかせれば、つま先が地面から離れ、全身に風を受けながら垂直に空へと舞い上がっていく。しかし、それはステラも同じことだ。


「《撃ち放つ水弾(スフィラメッサー)》!」


 数百個の水の弾丸を生成し、同高度まで上昇してきたステラの全方位を取り囲む。

 水弾の鳥籠は中心のステラを捕らえ、猛烈な弾幕を生成する。集団地点が一向に変わらないところを見ると、回避せずに防御魔法で受ける判断をしたらしい。


「その判断、悪手ね」


 セレーネは、すかさず《創り出す水球の射手》を展開する。この魔法は大きな水球を生成し、そこから水弾を連射する火力支援用の魔法だ。

 創り出した三つの水球に加えて自身の魔術杖からも水弾を乱射し、魔力消費の多い鳥籠の弾幕からそれらへ移行する。

 そのままステラに一切の隙も与えずに、防御魔法を破るか、魔力切れまで攻め続ける……。


 ──ハズだった。


「っ……!?」


 瞬間、高速の火球がセレーネに襲いかかった。

 直撃する寸前で防御魔法が間に合ったが、周囲に展開した水球までは手が回らず、三つ残らず破壊される。

 

 魔力反応を察知するよりも速く放たれた火球による攻撃だった。恐ろしい速射性と弾速。想定外の事態に動揺を誘われる。

 その刹那、水蒸気で覆われた視界の隅で、黒い影が弾幕を縫って飛翔するのを捉えた。


「そこッ!」


 狙いを影へと向け、水弾を放つ。しかし──


「帽子……だけ……!?」


 反射的に視線を戻せば、ステラは既に眼と鼻の先。

 多量の魔力を込めて出力されたステラの飛行魔法では、六マリク程の距離を接近するのに、一秒とかからないようだった。


「私の勝ち! ……かな?」


 にやりと笑ったステラの杖が、セレーネの眼前に突きつけられていた。





「そこまで! ステラの勝ちじゃ」


 いつもは友人の勝った負けたで大騒ぎのスタンドだが、今は微風のようなざわつきに包まれている。


「セレーネさまが、負けた?」


「……珍しいこともあるんだな」


「あの白髪の奴、ヤバくねえか」


 周囲からそんな言葉が聞こえてくる。

 飛行魔法でゆっくりと降下し、着地すると、足に力が入らず、その場にぺたんと座り込んでしまった。


「嘘……でしょ……?」


 思わず俯き、歯噛みする。



 私、こんなどこの誰かもわからない奴に負けたの?

 ここ一、二年は誰にも負けてないのに?同世代のやつなら一対二でも三でも四でも勝って見せるのに?

 私は……姉様の顔に泥を塗らないように、特別じゃなきゃいけないのにっ……?



「……こんなの認めない……! 私は、勝ち続けなきゃいけないのよッ!!」


 石突を怒りのまま地面に打ち付けて立ち上がり、杖の先端に嵌められた藍色の魔法石をステラに向ける。


「もう一回よ! もう一回やらせなさい!」


 自分の敗北が認められないからもう一度戦え。自分でもわかるほど、めちゃくちゃで理不尽な理屈だ。だが、そうと分かっていてもセレーネは怒りを表さずにはいられなかった。大魔法使いの妹であるというプライドが、負けを認めさせてくれなかったのだ。

 怒声を受けたステラは、言い返すでも無く、杖を握った左手を見て俯くだけだった。微妙な憐れみを含んだその表情は、激昂する者の神経を逆撫でする。


「っ……何か言いなさッ──」


「いいよ」


 やおら顔を上げて放たれた小さな声は、しかしセレーネの怒声を掻き消す力を持っていた。


「何回でもいいよ」


「……は?」


 向けられた優しい目に、セレーネは困惑した。負け惜しみを言って、理不尽に憤る人を前にして、どうしてそんな慈愛に満ちた様な表情をするのだろうか。


「ほら、構えて構えて!」


 困惑のままデルケー先生を横目で窺うと、なぜだか薄い笑みを浮かべていた。


「両者準備は良いな……?」


 先生の声に、困惑が悔しさと怒りを上回ったまま杖を構える。


「よぅい、始め!」





 あれから何戦戦ったのだろうか。授業の規律を乱しているのに、何も言わない先生を訝しみつつ、なんとか喰らいつこうと必死に足掻いた。

 ……しかし、その手は、ついに届くことはなかった。

 何度目かの手合わせが終わり、セレーネが地面へと降り立った瞬間、背負った翼が魔力の粒子になって消えたからだ。


「魔力切れ……」


 絶対的な力量の差。なまじ強いばかりに、セレーネにはそれがはっきりと分かってしまう。

 しじまの中心で一人唇を噛み、杖が折れんばかりに、握った手に力を込める。



「セレーネちゃん、魔法めっちゃ上手いね!」



 静寂を切り裂く明るい声に、セレーネが反射的に顔を上げると、白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべたステラが手を差し伸べていた。その表情は、星の輝きの様に美しくて、心の底から魔法を楽しんでいるように見えた。

 

 きっとこいつには、勝ち負けなんてどうでもよくて、ただ自由に魔法を振るえればそれだけで満足なのだ。

 自分にも同じように生きていた時期があった気がする、そうぼんやりと思い出した。


 ──羨ましい。


 そんな気持ちが頭をよぎったのは、長期戦で疲れているからだろう。


「……次は負けないから、覚悟しときなさい!」


 セレーネは、差し伸べられた手を乱暴に受け取った後、強く握り返した。


「あだだだだ、手潰れちゃう!」

《魔力》

生物に宿る生体エネルギーの一種。

通常は体内に溜め込まれており、一度消費しても、よく寝て、よく食べることで身体と同じ様に回復する。



一話進むごとに書き溜めが消費されていく恐怖と戦っています。私です。

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