街歩き
「はぁ〜……今日も寒いなぁ」
悴む、とまではいかないが、少々肌寒さを感じる両手を擦りながら、ステラ・シュトラールは呟いた。
北方諸国出身の人間ならば何ともない気温だろうが、大陸の中央から出てきたばかりのステラにとっては、朝の七時とは言え、四月下旬でこの寒さというのは驚きだった。
しかし、どれだけ寒い寒いとぼやいても身体が暖まる訳ではない。暖を取るには身体を動かすのが一番だと思ったステラは、早速街の中央市場へ足を運んだ。
……のだが。
「ここはどこだ……」
今現在、ステラは道の端っこで民家の壁に寄りかかり、よくわからない地図とにらめっこしていた。
あれ、迷った? そう思った時にはもう手遅れだった。王国の中心に近いこの魔術街キオンは、ろくな店の一つもない故郷の農村とは訳が違い過ぎたのだ。
「あら、ステラさん! お買い物ですか?」
地図とにらめっこしていた顔を上げると、学園の制服に身を包んだ青髪の女の子はにぱっと笑ってみせた。
──マーレ・ヴァンテーゼ。勉強を教えてもらったり、一緒にクエストへ赴いたり……ステラにとって、セレーネと並んで良く世話になっている人だった。
「うん! 日用品とか、日持ちのする食べ物とかが欲しかったんだけど……道に迷っちゃってね」
「なるほど……私は結構暇なんですけど、ステラさんさえ良ければ案内しましょうか?」
「うぇっ、ほんとに!? 助かるよー!!」
小一時間道に迷い続けていたステラにとって、これ以上の提案は無いだろう。二つ返事で提案を受けた。
「ふっふっふっ……どうぞ私にお任せを! まずは日用品の買い出しからにしましょうか。さ、付いてきて下さい!」
その後は、マーレに買い出しを手伝ってもらい、街をゆっくり散策することにした。
城壁門から入ってすぐの中央市場付近には武器や防具、衣服や雑貨に食料品など、様々な店が混在し、沢山の人々で賑わっている。逆に市場から離れると、住居の割合が多くなっていき、宿屋や酒場、飲食店がまばらに見える様になる。大きな街ではそういった構造が一般的なのだそうだ。
ステラは街の地図に、マーレ推薦の店や地図には描かれていない通路等を書き込んでいった。
露店でアクセサリーを見ている最中、腹の虫がぐう〜と大きく鳴った。太陽は既に真上まで昇ってきており、ちょうど昼時だ。
「マーレちゃ〜ん、そろそろ何か食べな〜い? 私、お腹ぺこぺこで死んじゃうよ〜」
「あぁ……すみません、私ったら買い物に夢中で……。
……あ、あれ美味しいんですよ! 私買ってきますから、待ってて下さい!」
「うん〜、ありがとう〜」
礼を言う間もなくマーレは道の先へと駆けていった。マーレ一人に買いに行かせるのに少し罪悪感はあったが、追おうにも空腹で走る気が起きず、結局は露店を見ながらゆっくり後を追うことにした。
……しっかし、色んな人がいるなぁ〜。
さっきまでは道を覚えたりメモを取ったりするのに精一杯だったが、落ち着いて人通りを見てみると、様々な種類の人が見られて面白い。
鎧に身を包んだ冒険者。浮遊する義腕を着けた長身の女。それに話しかけるキオンの生徒……。
ステラには行き交いの人々が、ずっと母親に怯えてきた自分と違い、まるで物語の主人公のように輝いている様に見えて仕方なかった。
もし私も、このままずっと学院に通う事が出来たら、きっと──
自然と目線が下がり、溜め息が出る。ありもしない夢物語を妄想してもただ辛いだけだ。
気分を持ち直そうと顔を上げると、見覚えのある物に視線が惹きつけられた。
「あの、これってサリスネス地方のものですよね?」
店番をしている老人に尋ねる。
「あぁ、そうだよ。綺麗な細工だろう? おや、嬢ちゃんも持ってるのかい」
その露店に置かれていたのは、サリス細工と呼ばれる、銀で象られた美しい花の細工に飾り紐が合わせられた装飾品。ステラの故郷の周辺で作られている工芸品だった。ステラの右頬に掛けた三つ編みの末端も、ちょうどこれの髪飾りで纏めてある。
「すみません、帽子飾りって置いてませんか」
「帽子飾りか……残念だがここには置いてないね」
「……そうですか」
「ただ、この露店は王都からの出張だからね。王都の本店なら置いていると思うよ」
老人は、豊かに生やした白髭を撫でながら、ゆったりとそう言った。
「ステラさん、何か良いものでも見つけましたか?」
振り返ると、マーレが串焼きの入った紙袋を抱えて立っていた。
「ああいや、なんでもないよ」
「はいこれ、熱いので気を付けて下さいね」
「わぁ、美味しそう……ありがとうマーレちゃん!」
ステラは渡された串焼きを受け取ると、礼を言ってから丸い団子の様なそれにかぶりつく。
さふっと軽快な音を立てて噛み切ると、生地の中からあつあつのチーズが付いてくる。
「ん〜、チーズ伸び〜〜る」
「ふふふ、まんまる焼きって言って最近人気なんですよ。おかわりも買ってきましたからね」
「う〜ん、いっぱい食べる〜〜」
その後も他の店を回ったり、マーレの買い物に付き合ったりして、結局マーレと別れたのは日が暮れてきてからのことだった。
✣
「一緒に王都に行きたい?」
ステラからそんな相談を受けたのは、五月に入ってすぐのことだった。
「ね! 足りない分は埋め合わせするからさ、お願い!」
食い気味に話すステラに詳しく聞くと、王都行きの隊商を護衛するクエストついでに、一度王都を訪ねてみたいらしい。報酬が少ない分は補填するとも言ってきた。
「別に行かないなんて言ってないわよ、報酬も大して欲しくないからいいわ」
「いや〜そう言う訳には……って付いてきてくれるの!? 嬉しい! ありがとう〜っ!!」
「はいはい引っ付かないでね。来週末は予定があるんだけど、再来週でもいいかしら?」
上がりきったテンションのままに抱きつこうとしてくるステラを押さえつけながら、先のスケジュールを確認する。キオンから王都へは馬車で半日程かかるため、王都で一泊してから帰ってくることになるだろう。土日休みは両方空いていないといけなかった。
「行けるならいつでもいいよ〜っ!」
「じゃあそう言うことで。言い出しっぺなんだからちゃんと準備しておきなさいよ?」
「はーい!」
少々元気すぎるステラの返事を聞いてから、セレーネはカレンダーの再来週末に丸印を描いた。
《学院の一週間》
月火水木金の五日間は授業があり、土日の二日は休み。
小遣い稼ぎや魔法戦科に進級する際の評価点集めとして、たまの休みをクエストに費やす者も一定数いる。
義務感に駆られながらのんびり書いてます。




