失ったものと
「重要なんだ、前に進むのは。」
その言葉が頭の中で何度も反響する。
「考えろ……!」
俺は自分に言い聞かせた。目の前の状況は明らかに不利だ。俺が桜梨に迷いを抱え続けている限り、この戦いで勝つことはできない。だけど、それ以上に──俺自身が変われない。
桜梨の蔦がまた迫ってくる。俺はそれを防ぎながらも、ふと彼女の顔を見た。その表情は、何かを乗り越えた顔だった。
「前に進むって、そういうことなのか……?」
桜梨はもう俺に未練なんかない。それは分かっている。それでも、俺は桜梨の言葉や行動にいちいち心を乱されてしまう。
「……俺は、何をしているんだよ。」
このままでは俺は、桜梨にも菅田にも、矢矧にも置いていかれる。俺はずっと何かに縛られている。それが何なのかも分かっている。
「未練……」
そう思った瞬間、何かが胸の中で弾けた気がした。
「前へ進む。それが重要だ。」
俺は再び自分に言い聞かせる。そして、次の瞬間、俺は防御を攻撃に転じる準備を始めた。桜梨に傷をつけない形で、俺ができる最大の力を引き出すために。
「考えろ。俺が本当に進むべき方向を。」
桜梨も、菅田も、矢矧も、それぞれの道を進んでいる。俺も、もう迷っている場合じゃない。
「俺は、俺自身の道を切り開くんだ……!」
新たな決意を胸に、俺は動き始めた。
しかしまだ俺は考える。考え続ける。だが、心の中でどれだけ迷っても、戦場では一瞬の躊躇が命取りだ。桜梨の攻撃は容赦なく迫ってくる。それでも、その動きにはどこか優しさが感じられた。
「俺に、決断を迫っているのか……?」
蔦を防御しながら、桜梨の目を見る。そこには怒りも憎しみもない。ただ、俺に何かを伝えようとしているような気がした。
「分かってるよ……桜梨。」
彼女が俺を切り捨てたのは正しい判断だったんだろう。俺が弱かったからだ。桜梨の優しさに甘え、依存しすぎていた。
だが今、俺がここに立っているのは偶然じゃない。俺には戦う理由がある。それはもう桜梨のためじゃない。俺自身のためだ。
「俺は前に進む。」
自分に言い聞かせながら、俺は防御を攻撃に転じる。蔦を払いながら、桜梨の動きを封じるために力を放つ。傷つけるつもりはない。ただ、俺の決意を伝えるために。
──────
西が変わろうとしている。それが分かった。彼の攻撃が防御だけでなく、意志を持ったものに変わっている。
「西……やっと、自分の足で立つ覚悟をしたんだ。」
彼は強い。それでも、その強さを今までは自分のために使ってこなかった。私がそばにいた頃も、彼はどこか依存していた。だけど今、西の目には新しい光が宿っている。
私はその光を見て、少しだけ安心した。
「それなら、私も全力で応えなきゃね。」
私は蔦をさらに操り、西の攻撃を受け流しながら反撃の準備を整える。彼が変わろうとしているのなら、私も負けていられない。この戦いは、私にとっても西を乗り越えないといけない。
──────
「西が動き出した。」
俺は一瞬、西の変化に気づいた。あいつの動きが明らかに迷いを捨てたものになっている。
「ったく、遅いんだよこういうときに。」
苦笑しながらも、気を抜くつもりはない。矢矧の攻撃が一段と激しくなってきている。精神攻撃だけじゃなく、矢矧自身の異能力も俺を追い詰めようとしているのが分かる。
「だが、俺だってここでやられるつもりはない。」
西が前に進む決意をしたのなら、俺も全力で応える。それが俺たちのやり方だ。
「矢矧、お前のその冷静さは虚構だ。」
俺は黒魔術をさらに使い、矢矧の精神に攻撃を仕掛ける。
──────
準決勝の戦闘中、強烈な衝撃波が飛び交う中、菅田と西のコンビネーション攻撃に翻弄されながら、矢矧はふと、過去の記憶に引き込まれる。
「私だって……1年付き合ってた。」
心の中で誰に言うでもなく呟く矢矧。その瞬間、過去の情景が脳裏に浮かぶ。
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蝉の鳴き声が響く帰り道。夕焼けが広がる中、笑顔を見せる矢矧と、隣に立つ虹野。
「お前は強いな、何にでも立ち向かっていく。」
彼の言葉に、少し気恥ずかしそうに笑ったあの日の自分。だが、その関係は長くは続かなかった。
いつしか、少しずつすれ違いが生まれ、喧嘩が増えていった。彼は彼で自分の夢に向かい、必死だったのだろう。けれど、当時の私には、その「強さ」に応えるだけの心の余裕がなかった。
「……別れよう。」
彼の口から告げられた言葉。思い返せば、自分があまりに未熟だったことが原因だと気づいている。けれど、当時はただ痛みと悔しさを飲み込むことしかできなかった。
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矢矧は苦い思い出に唇を噛む。現在の戦闘に意識を戻しながら、矢矧は西の表情に、自分と同じ「迷い」を見つけていた。
「だから、わかるのよ。」
独り言のように呟く。菅田君にはわからない。西の戦闘スタイルやその力強さの裏に隠れた「人間としての弱さ」に。
「人の心には、弱さがある。でも、それが悪いことじゃない。大事なのは、その弱さを抱えても、どうやって立ち上がるか……。」
その言葉を噛みしめるように、彼女の視線が再び西へ向けられる。西の迷いを引き出させる。無情かもしれないけど、そうすれば私達は勝てる。
矢矧は、西の、人としての気持ちを信じていた。西は迷い続けている。矢矧自身も、微かに未練は持っていた。だが矢矧は迷っていない。自分達の強さを信じて、この準決勝に臨んでいた。