上を向いて
試合開始の合図が鳴ると同時に、桜梨は能力を発動させた。足元から緑の蔦が生い茂り、戦場を変えていく。桜梨の力「緑に愛されし者」は、攻防一体となった能力であり、相手を制圧しつつ仲間を守ることができる。
「まずは地形を味方にしないと。」
落ち着いていこう。相手は西と菅田君──特に西の存在が気にかからないわけではない。それでも私は、試合に全力を注ぐことを決めていた。
「西は、どう戦ってくるんだろう。」
彼と過ごした日々が頭をよぎる。彼は不器用で、時には頼りないところもあったけれど、心の奥には優しさを持っていた。それが私には分かっていた。だからこそ、破局の時は彼を傷つけてしまったことに心が痛んだ。でもそれが私達にとって最良の決断だった。だからここまで関わってこなかった。
───
「今はそれを考える時じゃない。」
私は自分に言い聞かせる。
隣で戦う矢矧ちゃんに信頼を置きながら、まずは蔦を使って西の動きを封じるべく攻めに出た。しかし、西の能力「要塞構築」がそれを阻む。蔦を次々と弾き飛ばし、彼は一切引かない姿勢を見せている。
「強くなったんだね、西。」
その姿を見て、少しだけ胸が締め付けられる。彼がどれだけ苦しんできたのかを私は知っている。破局の原因は、私が「前に進もう」としたことに対して、西が過去に囚われてしまったことだった。
「でも、あなたならきっと乗り越えられる。」
私はそう信じていた。戦いの中で、彼が何かを掴み取ることを。それに、彼も前に進めると。
───
蔦を操りながら、西との間合いを詰める。
「西、あなたにはまだできることがある。」
私の声は静かだったが、確かに届いているはずだった。
西は一瞬動きを止めるように見えた。しかし、すぐに要塞が形を変え、私の攻撃を受け流す。
「変わらない部分もあるけど、それでいいの。」
私は微笑んで言った。戦いながらも、彼が自分らしさを取り戻すことを願っていた。そして、同時に自分自身もこの試合を通じて前進する覚悟を固めていた。
───
「矢矧ちゃん、次の手を。」
私は仲間に声をかけながら、戦場全体を見渡した。西との関係も、今ここでの戦いも、すべては自分が未来に進むための一歩だと思っていた。
「西、私たちはお互いに成長しないといけないよね。」
その言葉は届かなくてもいい。ただ、私自身の心の中で次への力となればそれで十分だった。