返事は来ないもの
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試合が始まった瞬間、矢矧は冷静に戦況を見渡していた。広がる緑、桜梨の蔦、そして目の前に立つ菅田の鋭い視線。向こう側が先に攻撃をしかけてこようとしていることは分かっていたが、彼女は焦ることなく、じっとその動きを観察する。
「彼らしいわね。」
目の前の青年、菅田は独特の雰囲気を纏っている。人に頼ることを避け、すべてを自分で背負おうとする生き方。その頑なさは彼の強さであり、同時に最大の弱点でもあると矢矧は感じていた。
「さて、どう攻めようかしらね。」
桜梨が場を緑で覆う中、矢矧はあえてその状況を変えることなく、自分の能力「仁の司祭」で相手の精神に揺さぶりをかける作戦をとった。
「菅田君、あなたは何を得たいの?」
静かに問いかける。その声は、ただの言葉ではない。彼の心に直接響き、奥底に隠された感情を暴こうとする。
菅田の眉が一瞬動いたのを、矢矧は見逃さなかった。
「やっぱりね。」
予想が的中したため矢矧は納得気な声を出した。
彼の心には迷いがある。それは、目の前の戦いそのものへの迷いではない。
むしろ、西と関わり続けることへの不安、彼との関係に起因するものだろう、と————。
「あなた、西君と似ているわね。どちらも人に頼ることを恐れている。でも、違うのは彼には“誰かを信じたい”という気持ちが残っているところよ。」
矢矧の声は穏やかだった。彼女は感情をあおるのではなく、真実をただ淡々と伝える。その静けさが、菅田にはかえって響く。
「……だからなんだ。」
声は低く響いた。だが、矢矧はその反応に微かな手応えを感じた。
「強がらなくてもいいのよ。孤独でいることは簡単だけど、それが本当に望む姿かしら?」
矢矧自身、幼い頃から人を導く役割を自然と任されてきた。リーダーとして多くの人を支えてきたが、それは彼女にとって重荷ではなく、彼女を形作る根幹となっている。
「彼もまた、人を信じることを恐れながら、その奥底では誰かと繋がりたいと願っている。」
そう確信しながら、矢矧は菅田の動きに集中する。攻撃が来ることは分かっていた。それでも、彼女は揺らがない。
「さあ、どうするの?」
挑発ではなく、純粋な問いかけ。それは菅田だけでなく、矢矧自身にも向けられたものだった。