落武者の恋【6】
コートニー視点続きます。
2024/12/8 一部内容を改訂しました。
この夜の気温は氷点下二度だが、吹き付ける強風のせいで体感気温はもっと低い。剥き出しの耳が痛くなりそうだ。雲が空を覆っているが、今のところ雪は降っていない。
「寒ぃし、さっさと披露して屋内に戻るか」
落武者は漆黒の翼をはためかせながら、ふわりと宙に浮き上がる。建物の二階くらいの高さまでくると、彼は地上にいるコートニーとキャンディーを見下ろした。
「先ずは、変身術からお見せすっから」
彼が言うなり、身体の輪郭が蝋を溶かしたように崩れた。しかし、それは一瞬の後に膨れ上がり、闇夜の中に金色の光を放つ龍――西洋のドラゴンではなく、蛇のように長い体を持つ生き物――が姿を現した。
「――何て、綺麗なの……」
コートニーは凍てつくような風も忘れて、ゆったりと頭上を泳ぐ金龍に魅入った。神々しいその姿は、神格化された妖であるという天狗の力の強大さを物語っているようだった。
――それは宛ら宵闇を照らす月のよう。
あまりの感動に胸が高鳴り、耳が熱くなっていく。
「すっごぉ~い! かっこいい!」
圧倒的な存在感の前では、きゃぴきゃぴしたキャンディーの声が場違いにすら聞こえる。
ハッと我に返ったコートニーは、我知らず止めていた息をゆっくりと吐き出した。全身が総毛立っているのは、寒さのせいだけではないだろう。
対照的な二人の反応が可笑しかったのか、金龍はクツリと笑った。
「どうやら、お気に召していただけたようだなぁ」
龍はとぐろを巻くようにして身体を丸めると、あっという間に元の烏天狗の姿に戻った。
落武者はゆったりと地面に降り立つ。ダウンジャケットの内ポケットから黒い羽でできた羽団扇を取り出した。
「美良乃は、天狗は葉っぱを持ってる印象があるって言っていたけど、オチは羽の団扇なのね」
首を傾げたコートニーに、落武者は頷いた。
「ああ。ヤツデの葉を使うやつもいるが、某は自分の羽で作ったこの団扇を愛用してんだ。よっと」
小さな掛け声と共に落武者が力いっぱい羽団扇を振るうと、耳を聾する轟音と共に吹き荒れていた以上の強風が巻き起こり、たちどころに分厚い雲が引き、細い月が姿を見せた。
まるで誰かが夜空にかかったカーテンを開いたようだと、コートニーは思った。
落武者の放った風に負けたのか、あれほど強く吹き付けていた風がピタリと止んで、以前に降った雪があちこちに積もったままの墓地に、耳に痛いほどの静けさが訪れた。
「凄い……」
「まあ、こんなところだな。あまり大仰なことをすると、近隣家屋に被害が出るといけねえから」
あっけらかんと言って、落武者は呆然としていたコートニーを振り返った。
「天狗って、すごいのね……」
「ゲへへ、そ、それほどでもねえって」
落武者は照れたように頭を掻いた。
「きゃあ~!! 最っっ高!!」
キャンディーは勢いよく落武者に飛びつくと、豊満な胸を彼の胸板に押し付けた。上目遣いに彼を見上げ、うっとりと微笑む。
「わたしたちハーピー族は羽の色艶が良くて強い男が大好きなの♡ ねえねえ、魔法使いなんて有翼種の良さが分からない女はやめて、わたしの番にならない?」
言うなり、キャンディーは落武者から身体を離すと、両手――両翼と言うべきか――を広げ、くるくると回転しながら翼を左右交互に振り上げた。動くたびに胸がたゆんたゆんと揺れて、大変けしからんことになっているではないか。
――どこか既視感があるのは、それが雄の鳥が雌に求愛する時の動きにそっくりだからだろう。
「魔法使いには求愛のダンスだって踊れないでしょう?」
彼女の挑戦的なもの言いに、コートニーはムッとして鼻に皺を寄せた。
「踊りたいとも思わないわよ」
確かに、元は人間と同じ種族である魔法使いが異性に惹かれるポイントも、人間のそれと近い。そのため、人間が種族的に持ち得ない羽の色艶などには全く魅力を感じないし、異能の強さもアピールポイントにはならない。
しかし、翼のある二人とないコートニーの間には、どうあがいても埋めることのできない溝があるのだと匂わされると、のけ者にされているようで面白くない。
再び胸の奥にモヤモヤしたものが広がって、コートニーは顔を顰めた。
(別に、わたしだって、オチとどうこうなろうなんて考えてないし)
コートニーと落武者は付き合っているわけでもなければ、デートをしているわけでもない。おまけに、互いを縛り付け合う関係になりたくないのは、自分の方なのだ。
落武者が今回訪米した目的は自分であるのだということに、コートニーも薄々気付いていた。自分に対する落武者の態度には友達以上の好意が透けているし、向けられる視線は明らかに熱を帯びている。それに気付かないほどコートニーは鈍感ではない。
しかし面倒な関係を避けたい彼女は、彼が決定的なことを言ってこないのをいいことに、気付かぬふりをしているし、好意を仄めかされてものらりくらりと躱しているのだ。
――自分はこれ以上距離を詰たくないし、彼から境界線内に踏み込まれるのもごめんなのだ。
他人との距離を縮めれば、その分意見の食い違いも増える。誰かと言い争いをするくらいならもっと他のことにエネルギーを使いたいし、他人と意見をすり合わせて妥協点を探り、結果として我慢を強いられるような生活を送らなくてはならないのなら、最初から独りの方が気楽でいい。
――恋人も夫婦も所詮は他人だ。自分の人生に干渉しないでほしい。
本音を言えば都合のいい存在なら大歓迎だ。コートニーが会いたい時にだけ呼び出せて、気が済んだら即帰ってくれる。連絡が少なくても、愛情表現がなくて文句も言わず、何の約束も保障も要求してこない存在。
そんな身勝手極まりないことを、愛し愛される関係を望んでいる誰かに求めていいわけがないことくらい、コートニーも理解している。だからこそ、自分と同じような考えを持つ相手と刹那的な享楽に耽るのだ。
たとえ生涯誰とも心の底から想いあうことも、分かりあうことがなかったとしても。
それを自由と呼ぶか、孤独と呼ぶかはその人次第。
――どうせ人は皆、死ぬ時は独りなのだから。
(だからあなたも、わたしなんかに拘ってないで、そのおっぱい女と乳繰り合ってればいいのよ、オチ)
他の女が落武者に言い寄るのを見て胸がざわつくのは、自分が彼に執着し始めている証拠だ。
脳内で危険信号が点滅している。
引き返せ、突き放せ。自由を代償にお前は束縛を受け入れられるのか、と。
――答えは、否だ。
(わたしは、誰にも支配されない。させない)
コートニーは拳をきつく握りしめた。
「迷惑だから、わたしを巻き込まないでくれる? わたしとオチは単なる友達だから。二人で話し合って好きにすればいいでしょ」
吐き捨てた言葉は、自分の耳にもトゲトゲしく聞こえた。
「やっだあ、怖~い! 聞いた? あの子、あなたのこと何とも思ってないんだって! 酷ぉ~い! オチ、かわいそう!」
キャンディーは甘えた声で、再び落武者に身体を擦り寄せる。
(ふん、どうせ男は皆、ああいう女が好きなんでしょ)
我知らず唇を噛んでいると、耳が小さな溜息を拾った。ちらりと見やると、落武者はキャンディーの肩を優しく押しやっているところだった。
「申し出はありがてえんだけどよ。あんたにゃ魅力を感じねえんだ。悪く思わないでくれや」
意外な言葉に、コートニーは思わず目を見開いた。
「ええ~、本気で言ってるの? わたしの方が胸だって大きいのに!」
「いや、乳の大きさはどうでもいいんだよ。……っていうかあんな風に放り出してると、乳が風邪ひくぞ。ああいうのは普段は隠してあるから、いざ目の前にした時にグッとくるんだ。じゃあな」
不満気なキャンディーに手を振ると、落武者はコートニーを振り返った。
「さて、ここは寒ぃから、バーに戻ろうぜ?」
「……うん」
コートニーは何とも言えない気分で、先に歩き出した背中を追いかけた。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




