落武者の恋【5】
コートニー視点です。
バレンタインデー当日の夜、6フィートアンダーは恋人たちや、出会いを求める独り身たちでごった返していた。カップルで来店した人はドリンクを一杯サービスしてもらえるというイベントを開催しているらしい。バーにいる間に相手を見つけた人もサービスの対象になるとあって、それに託けて好みのタイプを誘っている人も多いようだ。
「コートニー嬢!」
喧噪の中響いた声に振り返ると、ダンスフロア脇のファミレス席に落武者と美良乃・ルイカップルが座っていた。近くにはアリアとダニエルの姿も見える。
「ハッピーバレンタインデー、コートニー嬢! 今夜は是非楽しんで行ってくれたまえっ!」
「ハッピーバレンタインデー、ルイ様」
落武者の隣に座り、上機嫌なルイを見やる。彼はピンクの包装紙に包まれた、人の顔程の大きさもありそうな巨大なハート型ものを持っていた。美良乃からルイへ贈ったバレンタインチョコレートだそうだ。
「美良乃は日本風にチョコレートを贈ったのね」
「うん。ルイからはバラの花束をもらったんだけど、日本でバレンタインといえば、チョコレートだし。こっちではチョコレート以外にも、ぬいぐるみを贈ったり、ちょっといいレストランにディナーに行ったりするんだよね?」
「そうね。前にバレンタインデーまで関係がもった彼氏がいたけど、彼はクマがハートを抱えてるぬいぐるみをくれたわ」
ぬいぐるみは全くコートニーの趣味ではないのだが、彼の中では「彼女にあげるバレンタインギフト=ぬいぐるみ」という方式があったのだろう。ちなみに、その彼とはバレンタインデーから少し経ってから破局している。
(まあ、あんまりいい思い出じゃないわね)
小さく溜息を吐きつつ、近くでダニエルとチークダンスを踊っていたアリアに視線を向けると、彼女は胸にコサージュと呼ぶにはやや大ぶりな赤いリボンをつけていた。
「……アリアのそのリボンは何?」
よくぞ訊いてくれたとばかりに、アリアがにんまりと口の端を吊り上げた。
「ふふっ、決まってるじゃない! ダニエルへのバレンタインの贈りものよ。プレゼントは、あ・た・し♡ってね!」
パチンと片目を瞑ってみせたアリアに、ダニエルは長身をくねらせながら頬を染めた。
「いやん、アリアちゃんったら♡ 皆の前で恥ずかしいわぁ♡」
ヒールを含めると二メートル以上になる彼がしなをつくる様は、どこか冬の嵐に揺れる樹木を彷彿とさせた。そう言うダニエルの胸にもどでかいリボンが飾られているところを見るに、どうやらお互いを贈り合ったらしい。どうりで昨晩アリアが魔女用の媚薬と普通の媚薬を作っていたわけだ。
「はいはい、ごちそうさま……。熱い夜を愉しんでちょうだい」
コートニーは砂を吐きそうになりながら苦笑した。テーブルを挟んで向かい側に座る美良乃がポツリと「うわあ、アリア本当に実行したんだ。……勇者」と呟いた。どうやら以前から計画があったらしい。
そうこうしているうちに、二組のカップルはダンスフロアや事務室に消えていったので、ファミレス席にはコートニーと落武者だけが残された。
「どう、アメリカのバレンタインデーは?」
「皆の熱量がすげえなあ。……チッ、リア充が。爆ぜろ」
最後の方は日本語で、しかも早口で呟いたので聞き取れなかったが、落武者は「何でもねえ」と首を振った。
二人がゲームの話をしていると、ダンスフロアの方から声がした。
「あれ、すっごく色艶のいい羽!! ねえ、あなたなんて種族なの?」
両腕が緑色の翼、両足が猛禽類の鉤爪になっているハーピー族の女性が、好奇心に瞳をキラキラさせながらこちらに近づいてくる。
落武者は驚いたように切れ長の目を見開いた。以前美良乃から、日本では面識のない相手に気軽に話しかける習慣がないと聞いたが、本当だったようだ。
「某はオチ。烏天狗っていう種族だ。普段は日本に住んでて、在宅でITエンジニアをしているんだが、今回は友達に会いに来てるんだ。そういうあんたは、何てぇ種族なんだい?」
意外な職業に、コートニーは目を丸くした。てっきり家に引きこもってゲームばかりしているものだと思っていた。
「オチ、ITエンジニアだったの?」
「あれ、言ってなかったっけか?」
「へえ~、すごぉい! わたしはハーピー族のキャンディーよ! よろしくぅ~。っていうか、日本ってどこにある国だっけ?」
へらりと笑うキャンディーは、酔っ払っているのか目元が赤い。あまり地理に詳しくないのか、日本はアジアにある国だと落武者が説明しても、アジア人は全員中国人じゃないのか、などと的外れな質問を返してくる。
「ねえねえ、テンゴって、どんな能力があるのぉ?」
「天狗、な。某たちは神通力を使うんだが、空を飛ぶ他にも、武器を持って戦ったり、変身したり、天候を操ったりもできるなぁ」
「へえぇ~! すっごおい!! 天気を操るって、どんな感じでやるのぉ?」
いつの間にか向かい側の席に座り込んでいたキャンディーは、テーブルの上に身を乗り出し、とろんとした目で落武者を見上げた。胸元が広く開いた服を着ているので、たわわに実ったメロンのような胸の谷間が強調されている。ささやかなコートニーの胸とは大違いだ。
落武者は一瞬キャンディーの胸元に視線を落とした。
途端に胸の奥にモヤっとしたものが広がって、コートニーは人知れず息を呑んだ。
(何今の。嫉妬する理由なんて、何もないじゃない……)
しかし落武者はデレデレと鼻の下を伸ばすこともなく、すぐにキャンディーの顔に視線を戻し、後ろに身を引いてさりげなく距離を取った。
胸の奥からモヤモヤが消え去り、コートニーはいよいよ落ち着かない気分になった。自分の反応を誤魔化すように、必要以上に声を張り上げる。
「わたしも見てみたいわ、オチが力を使うところ!」
落武者は思案するように天井の方へ視線を彷徨わせたが、何かを思いついたようにひとつ頷いた。
「今日は風が強かったなぁ。丁度いい、ちと寒いが、外へ出られるかい、お二人さん」
三人はコートやジャケットを着込むと、バーを出て墓地に向かった。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




