落武者の恋【4】
落武者視点です。
「……はあ、あっぶねえところだった」
落武者はコートニーが転移魔法でバーを去った瞬間、カウンターに突っ伏した。
「ナイスファイトだよ、落武者君!」
隣に並んでカウンターに座っていたルイは、キラキラしい笑顔でグッと力強く親指を立ててくる。ルイの向こう側に座っている美良乃も、今夜の落武者の対応を評価しているように何度も頷いているではないか。どうやら、先ほどの自分の態度は及第点をもらえたらしい。
「何回『好きだ!!』って叫び出しそうになる自分を抑えたか分からねえわ。美良乃殿の事前の忠告がなかったら、取り返しのつかないことをしていたところだなぁ」
落武者は持っていたカルーアミルクのグラスを勢いよく呷って、昨晩のことを思い出した。
落武者がニッカ―に到着した昨晩、サンティアゴ邸では、本人も知らないうちに結成されていた「落武者の恋を応援しようの会」の会員が集結していた。要するに、ルイ、美良乃、アリア、ダニエルの四人である。ちなみに、特に役割はないらしいが、ルイが会長らしい。
客室に荷物を置き、一階にある応接室に入ると、ルイが裁判官のような木製のハンマーを持って待ち構えていた。彼は応接室に居並ぶ面々を仰々しく見渡し、木製の椅子の肘置きをハンマーでコツコツ叩く。
「皆、お揃いかな? それでは、これより『コート―ニー嬢のハートをゲット作戦』について作戦会議を始めるよっ!」
「何の捻りもない作戦名だな……」
落武者の呟きが聞こえないのか、ルイは意気揚々と続ける。
「さてっ、まず初めに聞いておきたいのだが、落武者君っ! 君は今回の訪問で、どのようにコートニー嬢にアプローチするつもりだい?」
「そりゃあ決まってらぁ。漢らしく、直球で好きだ、某の番になってくれって」
「重っ!!」
落武者が言い終わらないうちに、アリアが悲鳴を上げた。とんでもなく恐ろしいことを聞いた、という風に身震いまでしている。
「オッチムーサー、だっけ? あんたダメよ、付き合っているわけでもない相手に急にプロポーズしたら! あたしでもドン引きだわ」
「そうよぉ、オッチムジャ! まずは適当な距離を保って、コートニーちゃんの反応をみましょう?」
「……某のことは、オチって呼んでくれや」
落武者はダニエルとアリアのカップルを交互に見やった。二人とも日本人は美良乃しか知らないようで、日本語の名前に苦戦しているようだ。
「何でぇ、人間の雌ってのは、四六時中好きだの愛してるだの言ってほしいもんだと思い込んでいたが、魔法使いは違うのかい?」
魔法使いや魔女は人間から派生した種族である。古の時代には三者とも同じ人間として一括りにされていたが、人類の長い歴史の中で、魔力を扱えるか、魔力をどのように扱うかで三つに分類された。
魔女も魔法使いも、人間と身体の構造は同じで、寿命も子孫を残す方法も人間と変わらない。そのため、落武者としては恋愛も人間の男女と同じだと思っていたのだが。
「いや、多分同じよ。だけど、個人によって好ましいと思うアプローチ方法も違うんだから、相手に合わせないと」
アリアに至極まっとうなことを言われて、落武者は素直に感心した。男所帯で生まれ育ち、数百年単位で山に籠っていた恋愛経験ほぼゼロの自分より、女性の意見の方が的確だろう。
その時、一同を静かに見守っていた美良乃が、控え目に声を上げた。
「あの、落武者さん。こんなことを言うと気を悪くするかもしれないんだけど、聞いてもらっていいですか?」
「おう、何だい?」
「わたしの素人目の意見なんだけど、コートニーは回避型の傾向があると思うんです」
「回避型?」
訝し気なルイに、美良乃はコクリと頷いた。英語の意味がよく分からなかった落武者のため、美良乃は日本語で回避型とは何かを説明してくれる。
『回避型の人っていうのは、他者と心理的にも肉体的にも距離を置きたがる傾向があるんです。責任や束縛を避けるので、誰かと付き合ったり結婚したりするのが億劫で、独りのほうが気楽だと考えている』
『最近の若い連中に多いタイプじゃねえか?』
『そうみたいですね』
ダニエルとアリアは日本語が分からないので、美良乃は再び使用言語を英語に切り替えた。
「コートニーは恋人は欲しくないって言ってましたし、彼女には、その、セッ、セフレみたいな関係が一番だと言ってました。なので、『好きだ、付き合ってくれ』なんて言ったが最後、光の速さで距離を置かれます」
「なっ……!!」
落武者は雷に打たれたような衝撃を覚えた。それでは気持ちの伝えようがないではないか。一体何のためにアメリカくんだりまで来たのか。
彼は両手で顔を覆ってがっくりと項垂れた。
「鳥類憐れみの令!」
場違いなほど明るいルイの声がその場の重い空気を霧散させる。言っていることが意味不明だが、ルイの迷言に慣れている落武者は、要するに「憐れな烏天狗よ!」と言いたかったのだろうと推測した。
「それを言うなら、生類憐れみの令でしょ……。しかもそれ、諺でも何でもないし。おまけに烏天狗って鳥類なの?」
美良乃が困惑したような表情ながらも冷静にルイにツッコミを入れているあたり、この二人はいいコンビなのかもしれない。
話の腰を折られた美良乃は「どこまで話したっけ?」と天井を見上げた。
「とにかく、コートニーのようなタイプは愛情を示してほしいと求められると鬱陶しく感じてしまうし、依存されるのが大嫌いなんです。人に甘えるのも苦手なら、人に甘えられると振り払いたくなる。だから、できるだけ重いと思われるような要素は出さないようにしていかないといけません。『俺は自立してる大人の男だぜ』くらいな余裕を見せないと」
「そ、そうなのか。余裕を見せる、と。……他に有効な対策はあるかい?」
「あの子は自分の気持ちを表現するのが苦手なだから、『何を考えているのか分からない』とか、『自分のことについて話して欲しい』とか迫るのはタブーよ」
アリアの言葉に頷きつつ、ダニエルも話に加わった。
「そうねえ。コートニーちゃん、嬉しいとか、楽しいって顔に出ないわよねえ。オチくんとコートニーちゃんって、共通の趣味とかないのぉ?」
「共通の趣味なら、ゲームがあるなあ。ハロウィンの時にもそれで意気投合したんだ」
アリアはパッと顔を輝かせて両手を叩いた。
「そういえば、あの子部屋に籠って、ほかのプレーヤーと撃ち合いするようなゲームやってるって聞いたことあるわ! やったじゃない! 共通の趣味は貴重よ」
恋人になって欲しいと思っていることを悟られないように気をつけつつ、共通の趣味の話題で中を深めようと方向性が決まったところで、美良乃がポツリと呟いた。
「……落武者さんは、もしコートニーと付き合えたとして、今のままの彼女を受け入れられる?」
落武者は少し逡巡したが、首を縦に振った。
「ああ。メッセージの返信が遅かったり、そっけなかったりするのは、別に某のことを嫌っているわけではなくて、それがコートニー殿の性格だと分かったからな。今は日本でウジウジ思いつめていた時より悲観的な気持ちじゃあねえんだ」
本人が変わりたいと望んで努力しない限り、人は他人を無理やり変えることはできない。しかも現状では、特別な関係を築きたいと思っているのは落武者だけ。清々しいまでの片思いだ。コートニーの性質上、自分の想いは受け入れてもらえない可能性が高い。それでも彼女のそばにいたいなら、世間一般が理想とするものとは違った形の関係や、拒絶も覚悟で挑まなくてはならないだろう。
――それでも、コートニーがいいのだ。諦めるなら、できる限りの努力をしてから諦めたい。
「某はコートニー殿だから惹かれたんだ。愛情表現が素直で、親密でベタベタした関係を望む女性でも、それがコートニー殿じゃなけりゃ、心を動かされなかった。それに」
「それに?」
「恋人なんていらねえってんなら、某なら恋人にしてもいいって思ってもらえるように努力するまでだ」
恋人なんて煩わしいだけだと考えているコートニーの気持ちを自分に向けなくては、スタート地点にさえ立てないのだ。そのための努力ならいくらでもするし、長期戦も覚悟しよう。
目元を緩めて微笑んだ落武者に、ルイ以外の乙女(?)たちは目を潤めながら「アア~ゥゥ!!」とか「オオ~ゥ!!」という感嘆を漏らした。
(あ、これ、英語を学ぶためによく観ている、アメリカのホームドラマとかで聞くやつだなぁ。本当にこういう声出すんだなぁ)
少しズレた感想を抱いていると、そろそろ結論に達したと察したルイが、張り切って場を仕切りにかかった。ハンマーでコツコツと椅子の肘置きを叩く。
「落武者君、結論から言うと、『ガツガツグイグイいくな、大人の余裕を見せろ』ってことだねっ! それでは諸君! 今日の会議はこれまでにするよっ!」
とまあ、このような感じで作戦を立てて今晩に挑んだわけだが、いざ本人を目の前にしてみると、四か月ぶりに会えた喜びが爆発しそうになったのだ。
「某もまだまだ修行が足りねえな。心頭滅却しに滝行にでも行った方がいいかもしれねえ」
ルイは落武者の肩をポンポンと叩きながら何度も頷いた。
「分かるっ、分かるとも! 僕も美良乃に振り向いてもらえるまで、どんなに我慢したことか」
「えっ、あれで我慢してたの……?」
驚愕したような美良乃の声を華麗にスルーして、ルイは片目をパチンと瞑って見せる。
「兎に角! このまま『クールな落武者作戦』は続行だよ!」
「そんな作戦名だったっけか……? まあいいか。おう。頑張るぜ!」
二人はグラスを合わせ、来るバレンタインデーが良いものになるように乾杯したのだった。
※参考文献:「回避性愛着障害 ~絆が希薄な人たち~」 岡田尊司著 光文社。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




