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美良乃のモンスター交流日記 ~墓石の下には人外が集まるバーがありました~  作者: 柏井猫好
番外編 落武者の恋

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落武者の恋【3】

コートニー視点です。

 数日後、仕事帰りに6フィートアンダーに寄ると美良乃(みらの)とルイがバーカウンターに座っていた。ルイの隣に座っていた、象牙色の肌に切れ長の目のアジア系男性に気付いて、コートニーは目を瞬く。


「あれ? オチ?」


 オチこと落武者は彼女に目を留めるとフッと目を細めて笑い、小さく手を振ってきた。

 黒曜石のような瞳にかかる位の長さの前髪は、背中に生えた翼と同じ烏の濡れ羽色で、鳥の嘴のように尖った黒いマスクで口と鼻を覆っている。細身のデニムパンツに黒いダウンジャケットといったカジュアルな装いだ。


「久しぶりだなぁ、コートニー殿」

「アメリカに来るって話は美良乃から聞いていたけど、もう着いていたのね」

「昨日の夜に着いたんでな。今朝一応メッセージは送ったんだが、忙しかったんだろう」


 落武者は流暢な英語でそう言うと、軽く肩を竦めて見せた。

 前回来た時よりも確実に英語が上達しているし、何なら仕草までアメリカっぽくなっている。たった四か月しかなかったというのに、大したものだと心の中で感心した。


 言われてスマホを見れば、「Ochi」からメッセージが来ているという通知があった。


「本当だ。気付かなかったみたい」

「どうだい、(それがし)たちと一緒に飲まねえか?」


 落武者はビールジョッキを掲げて見せる。


 コートニーは一瞬躊躇した。彼女は自分に対する執着や依存には非常に敏感で、少しでも相手に兆候が見られる場合は距離を置くようにしている。そしてここ数週間、落武者からのメッセージが頻繁で、どことなく必死さが滲んでいたので、少々辟易していたところだったのだが、どういうわけか、今の彼の様子からは余裕が伺える。


(……少し様子を見ても良さそうね)


「うん、ちょっと飲みに寄っただけだから、あまり長居はできないけれど」


 面倒くさくなった時に即座にその場を離れられるよう、予め言い訳をしてから彼の隣に座り、バーテンダーに『魔法使いの夜』というカクテルをオーダーした。

 「()カント」という、人間には知られていない魔力を持ったベリーを使ったカクテルは、口に含むとラズベリーとブルーベリーを混ぜたような甘酸っぱい独特の味が口に広がり、後からミントのような爽やかな香りが鼻から抜けるのが特徴だ。


「飛行機で来たんでしょ? どうだった、フライトは?」


「あ~、いや。某たち天狗には、現世とは別に独自の世界が別次元に存在するんだ。そこを経由して、短時間で現世の別の場所へ移動できるんだなぁ」


「えっ、入国審査とか、税関検査とか一切なしで?」


 コートニーが目を瞠ると、落武者は目尻を下げて苦笑した。


「ゲへへッ。天狗にとっちゃぁ。そういった国と国のややこしい仕組みができる遥か前からの移動手段だからなぁ。一応独自の取り締まりはしてっから、素行の悪い奴らが入ってくる心配はしなくて大丈夫だぜ」


「そうなのね? なら、安心だわ」


 相変わらず独特な笑い方をするな男だなと思いつつも、頷く。


「でも海外旅行に行く時は便利ね。天狗以外は利用できないの?」


「そうだなあ。天狗以外の妖や人間が入ると危険かもしれねえなあ。一応、俺たちは神格化されてる妖だから、色々独特なんだ」


 その後も、日本ではかなり有名な妖怪だったが、歴史と共に神格化されていったことや、「人間の間では、堕落した修行僧が堕ちる地獄の一種が天狗の住む世界であると考えられている」など、天狗とは何かということについて簡単に説明してくれた。


 他国のモンスターについて興味を持っていたので、天狗について話を聴くのはとても愉しい。気付けば一杯だけと思っていた酒も三杯目を空にしたところだった。

 時間も深夜零時をまわり、そろそろ帰宅しようと考えているところで、落武者が何気なく切り出してきた。


「そういやあ、明後日はバレンタインデーだな。聞いたところによると、アメリカと日本じゃ過ごし方が違ぇってことだけども」


「ああ、前に美良乃からちょろっと聞いたわ。日本だと、女性が男性にチョコレートを渡す日なんだって?」


「そうみたいだな」

「そうみたいって、もらったことないの?」


「ゲヘヘッ、某は普段は山の奥に籠ってっからなぁ。人間の雌とはあまり接触する機会がねえんだわ。某にも大昔に嫁っこがいたことはあるが、あんまりいい思い出がなかったんでなあ」


 本当かどうかは落武者も知らないらしいが、天狗は山に籠って修行していた僧の成れ果てだというくらいなので、種族的に男性以外存在しないらしい。そのため、天狗は適齢期になると人里から年頃の人間の娘を攫ってきたり、人身御供として人間の集落から差し出された女性を娶って血を繋げてきたそうだ。


 落武者も五百年前くらいに人身御供として差し出された娘を伴侶にしたようなのだが、彼女は人里を恋しがって泣き暮らし、日に日に衰弱してしまったのだという。


「これ以上ここに留めておいたら死んじまうなぁってところで、某も諦めてな。人里に返してやったんだが、それもその娘っこのためにゃならなくて」


 結局、その人間の娘は「天狗様に気に入られなかった役立たず」として村八分にされ、心労が祟ったのか、帰ってすぐに病を得て亡くなったそうだ。


「そん時に、もういいかなあって思ったんだ。誰かを不幸にしてまで子孫を残したところで、誰も幸せにゃならねえじゃねえかって。それ以来、ずっと人間とは関わることはなかったんだけども、近代になって人間社会も色々面白くなってきてよぉ。段々とシャバに出ていくようになったんだわ」


「それは……」


 あまりに重い話に、コートニーは何とコメントしていいか分からず口ごもった。

 落武者はゲヘゲヘと個性的に笑い、頭を掻く。


「って、こんな話聞かされても困るわな。悪ぃな!」

「ううん、いいのよ。昔はそんなことがあったのねって、興味深かった」


「気ぃ遣わせちまったなぁ。そんで、バレンタインデーはルイがここでイベントやるっていうんだが、コートニー殿も予定がなければ来ねえか? 美良乃殿も、アリア殿も来るみてえだし」


 てっきり二人で過ごさないかと誘われると身構えていたコートニーは、肩透かしを食らった気分だった。その日は休みだし、特に予定もないので、皆で一緒に、ということであれば断る理由がない。


「いいわよ。じゃあ、時間とか決まったらメッセージ送ってくれる?」

「了解」


「さてと、わたしは明日も仕事だから、もう帰るわね。色々話してくれてありがとう。楽しい時間を過ごせたわ」


「おお。帰りは車で帰るのか? 結構飲んでいたみたいだが、アメリカの法律でも引っ掛かるんじゃないかい?」


 ネブラスカ州では、血中アルコール濃度が0.08%を越えなければ飲酒運転と見做されないが、彼の言う通り、今夜はその量を越えている気がする。


 魔法使いであるコートニーは転移魔法が使えるので、今夜は6フィートアンダーがある墓地の駐車場に車を置いて帰り、明日出勤前に転移して車を取りに来た方がいいだろう。


「大丈夫。転移魔法で帰るから。じゃあオチ、またね」

「ああ、おやすみ。えーっと、『良い夢を』?」


 日本ではあまり馴染みのない挨拶のようで、ぎこちなく言う様が可笑しい。コートニーはちらりと笑って、後ろでに手を振った。

 コートニーが転移でバーから姿を消したのと、落武者が「……はあ、あっぶねえところだった」と呟いたのはほぼ同時だったので、彼女の耳に届くことはなかった。

※ネブラスカ州の血中アルコール濃度の規定について、もし万が一現地に行かれる場合(ないと思いますが 笑)、必ず事前にご自身で確認してください。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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