落武者の恋【2】
コートニー視点です。
※肉体関係に関して明け透けな会話が出てきます。卑猥な言葉は控えていますが、苦手な方はご注意ください。
バレンタインデーが次週に迫ったある夜。ニッカ―の病院で看護師として働いているコートニーが勤務を終えて帰宅すると、ルームメイトの魔女アリアと、友人である人間の美良乃がリビングで菓子を食べながらテレビを観ていた。
コートニーも着替えを済ませてからそれに加わる。翌日は休みなので、頑張って働いた自分へのご褒美も兼ねて少しお高い缶ビールを冷蔵庫から取り出す。ソファにどっかりと腰かけ、帰宅途中に買ってきたサンドイッチを頬張るとやっと人心地が付いた。
まったりとテレビを眺めていると、美良乃が思い出したように両手をパチンと鳴らした。
「そういえば、ルイの友達の落武者さんが、またアメリカに遊びに来るらしいよ」
異国情緒あふれる響きのその名前は、自分が一夜の関係を持ち、たまに連絡を寄越してくる日本在住のモンスターのものだ。スマホの連絡先には「Ochi」と省略して登録してあるので、一瞬誰のことか分からなかった。
「落武者って、ハロウィンの時にコートニーといた、あの黒い翼が生えてたモンスターよね? 何て種族だっけ?」
アリアは床に寝そべってポテトチップスを頬張ている。彼女の恋人であるダニエルがそこにいたら甲斐甲斐しく食べカスを拾ってやっているところだろうが、生憎と彼は今晩自警団の夜勤が入っているため不在だった。
「烏天狗……だったと思う。あれ鞍馬天狗? 違いがよく分からない」
美良乃は顎に手を当て、自信なさそうにブツブツと何か呟いた。
「へえ、そうなんだ? っていうか、天狗ってそもそもどんな種族なの?」
「妖怪っていう、アメリカでいうところのモンスターみたいな存在のひとつだと思うけど、どんなことができる種族なんだろう……。山伏の格好に一本歯の下駄穿いてて、大きな葉っぱを持ってるイメージ。山に籠ってる印象も強いから、もしかしたら山の神様か何かなのかも? ごめん、実は良く知らないんだよね」
美良乃は困ったように眉尻を下げた。アメリカに来るまでモンスターの存在を知らなかったのだから、日本における妖怪の種類など、よほど興味がない限り把握していないのが普通だろう。
美良乃はスマホで「天狗」を検索して画像を見せてくれたが、あまり日本について詳しくないコートニーには、アニメやゲームに出てくるニンジャのように見えた。画像の天狗は真っ赤な顔に長い鼻をしているが、落武者の顔は普通の日本人と同じ色だったし、鼻は普通だったはずだ。
「そういえば、あんたあの人をお持ち帰りしてなかったっけ、コートニー? どうなの、また会ってみたいとか思ってる?」
「どういう目的で会うのかによるけど。また美味しくいただきたいかという意味では、彼がニッカ―にいる間に6フィートアンダーで一緒に飲んで、そういう雰囲気になったら声くらいはかけるかもね」
ハロウィンの夜、コートニーは6フィートアンダーに来ていた落武者と意気投合した。見た目も割と好みだったし、日本のモンスターにも興味があったので自宅に招き、合意の下アリア特性の媚薬を服用して大いに盛り上がった。身体の相性も悪くなかったので、そういう雰囲気になったらまたいたすのもやぶさかでないが、かといって積極的に誘うほどの熱意はない。
「恋人を作らず、気楽な関係を好む」と言うと、さぞかし性に対して奔放で、毎日のように違う男と行きずりの関係を持っていると誤解されることが多いのだが、基本的に人間関係は狭く浅く保っておきたいし、人肌恋しくなる事自体があまりないので、定期的に関係を持つ相手がひとりいれば充分だし、会う頻度もそう多くなくていい。
「恋人にしてもいいな、とか思ったりは?」
「ああ、それはない」
コートニーは手に持っていた缶ビールをグビッとひと口飲む。アリアが「即答ね」と苦笑した。
「わたし、恋人とか家族とか、相手の感情面をケアしたり、相手に対して何かしらの責任を伴う関係は苦手なのよね。面倒くさくって」
コートニーにとって、恋人とは相手に対して過剰に期待を寄せて、身勝手な要求ばかり増えていく面倒な存在だ。過去には何人か交際した男性がいたが、彼らはベタベタするのが苦手で連絡頻度も少ないコートニーに対して不満を抱き、会うたびに「どうしてもっと連絡してくれないんだ」とか、「俺のこと、本当に好きなの?」と詰め寄ってきた。今思い返してみてもうんざりする。
デート期間中に、自分は恋人とは適度な距離を保ちたいタイプだときちんと話していたし、相手もそれに納得していたはずなのに徐々に要求と文句が増えていき、最終的には「付き合ったら変わってくれると思っていた。愛していたら変わってくれるはずだ」などと勝手な意見を押し付けてくるのだから、たまったものではない。
それ以来、深い関係を望んでいそうな相手はことごとく避けている。といっても、たまに勘がはずれることもあるのが厄介だが。
「わたしには、会いたいときにだけあって、必要がある時にだけ連絡するセフレみたいな関係が一番性に合ってるのよ」
「そっかあ……」
何故か気まずそうに目を逸らした美良乃に、コートニーは肩を竦めた。
美良乃は性的な関係に関しては非常に保守的な考え方をするが、他者の価値観を尊重しようとする性格のため、何か思うところがあっても面と向かってコートニーの意見を否定してくることはない。
「まあ確かに、普段は日本に住んでる相手と付き合っても、会えないんじゃ意味ないしね」
「アリアは遠距離恋愛が無理なタイプよね」
「そうね。あたしは遠恋は絶っ対無理! だって頻繁に会えないじゃない? 一緒に過ごせないと二人の思い出も作れないし、付き合っている意味ないなって思うから気持ちが冷めちゃう」
「そういう意味でいうと、わたしは遠距離恋愛が向いてるのかも。四六時中一緒だと息が詰まりそうになるし、会いに行った時にイチャイチャするだけでいい。ああ、でも連絡がしつこい相手は嫌だわ」
「……何か出張先に現地妻がいる男みたいな言いぐさね」
アリアは呆れたように半眼になった。確かに、あまり女性らしくない意見だったのかもしれないが、全ての女性が恋人とは一日何回も連絡を取り合い、可能な限り頻繁に会いたいと考えるわけではない。自分がいい例である。そもそも、「女性らしい」の定義は何だ、誰が決めたんだという話ではあるが。
「人それぞれ、その人の性格に合ったお付き合いの仕方があるってことだよね」
基本的に平和主義の美良乃がそう結論付けたところで、その話はそこで終了した。
次回もコートニー視点が続きます。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。




