6. 九月二日 6フィートアンダー【1】
二十一歳の誕生日は、アメリカの若者にとって、非常に特別な日だ。何故なら、飲酒の解禁年齢が二十一歳だから。ちなみに、美良乃は日本で二十歳の誕生日を祝った際にひと口だけビールを飲んでみたが、苦くて好きになれなかった。それ以来アルコールは飲んでいない。
「よし、と」
美良乃は自室の姿見の前で右を向いたり、左を向いたりして服装の最終チェックをしていた。美良乃は昔から世間の流行り廃りに興味がなく、ボヘミアンやエスニックなど、どこか異国情緒ある服を好んで着ることが多い。今日の服装もデニムのパンツに黒いキャミソール、上に白いレースのロングカーディガンを羽織り、腰の位置にタッセルの付いた革のベルトをしている。
ニッカ―ではおしゃれをしている人が少なく、皆Tシャツにショートパンツなどラフな格好が多い。そのため、美良乃も目立たないように普段はもう少し自己主張を抑えた服装をしているが、誕生日くらいは思い切り好きな服を着たい。
夜はアリアがバーに連れて行ってくれるので、祖父母が昼食の時にバースデーケーキを出してくれた。この地域で食べられているケーキは、ほとんど生クリームを使わないバタークリームケーキだ。噛むと砂糖のジャリッとした感触がするし、香水でもかけたんですかと訊きたくなるようなキツイ匂いがするため、正直あまり美味しいと思えないのだが、誕生日を祝ってくれたことが純粋に嬉しかったので笑顔で完食した。
夜の九時少し前にアリアが車で迎えに来てくれた。何故か以前もらった「6フィートアンダー」のカードを必ず持ってくるように言われているので、鞄の中に入っていることを確認して家を出る。
今日は二人ともお酒を飲むので、アリアのルームメイトが車を出してくれたようだ。
車のドアを開けると、アリアとコートニーという女性が「ハッピーバースデー!!」とハグをしてくれた。
祖父母の家は畑の真ん中にあるので、暗い畦道を通って、ハイウェイへ出る。
「今夜は6フィートアンダーに行くんでしょ? 美良乃、吃驚しちゃうんじゃない? 大丈夫なの、アリア?」
コートニーはバックミラー越しに後部座席に座る美良乃をちらりと見やる。
そんなに特殊なバーなのだろうか。少し不安になってきた。
「大丈夫よ、きっと気に入ってくれるって! なんてったって、二十一歳の誕生日よ!? うんとスペシャルな夜にしないと!!」
テンション高めなアリアは、車のラジオから流れる曲にあわせて大声で歌いだす。
ハイウェイを走ってニッカ―の町に着いたが、何故か車は町の外れの方へと進んでいった。
「はい、到着よ。帰りは迎えに来るから、電話してね」
「了解~! サンキュね、コートニー!」
コートニーがそう言って車を停めたのは、町から少し離れた場所にある墓地だった。
アリアは上機嫌で車を降りる。
「えっ、ここ……?」
美良乃は困惑しながらも礼を言って車を降りた。コート―ニーは軽く手を振ると走り去ってしまった。
「ちょっと変わった場所にあるんだけど、危険はないから、心配しないで」
アリアはスマホのライトで足元を照らしながら墓地の中を進んでいく。こんな所に取り残されてはたまらないと、美良乃は急いでアリアの後を追った。
虫の音と遠くでコヨーテの遠吠えが聞こえる。墓地は灯りもなく真っ暗だったが、進んでいくうちに、ひとつだけぼんやりと光っている墓石が見えた。
「あった、あった。あそこが6フィートアンダーの入口よ」
アリアは光っている墓石の前で足を止める。
それは、長方形の上に半円をくっつけたような形の灰色の墓石だった。石の両脇にはアンティーク風のランタンが置かれていた。石には「6フィートアンダー」と刻まれている。
「えっ? これって、誰かのお墓じゃないの?」
アリアは悪戯っぽい笑みを浮かべ、墓石に向かって一歩踏み出した。その途端、アリアの姿が煙のように掻き消える。
「えっ!?」
美良乃は驚いて後退る。
「う、噓でしょ!? アリア!?」
辺りを見渡してもアリアの姿は何処にもない。
驚愕と、暗い墓地に取り残された恐怖に心臓が痛いくらい早鐘を打ち出した。夜でも暑いくらいだというのに、背中に冷たいものが流れる。
「何やってんの、ついておいでよ!」
何処からかアリアの明るい声がした。視線を巡らせると、墓石の前からぬっと白い手が突き出でてくる。
「きゃあああああああ!!」
足がもつれてその場に尻もちをついた。
「あら、ごめん、驚かせちゃった?」
声と共に、墓石の前にアリアが忽然と姿を現して、またしても驚愕に飛び上がる。
アリアは美良乃の手を掴むと引き上げて立たせてくれた。尻のあたりについた埃を払ってくれる。
「やだ、ごめん。そのカーディガン、汚れてないといいんだけど」
「ちょちょ、ちょっと待って!? 一体何が起こっているのか、説明してくれる!?」
アリアは困ったように笑った。
「ここはちょっと仕掛けがしてあってね。初めての人は常連客の紹介がないと入れないようになってるのよね。あのカード持ってきてるでしょ?」
「持ってきてるけど」
アリアは「良かった」と美良乃の手を引いて再び墓石に向かって足を踏み出す。
「説明するより見てもらった方が早いと思うのよね」
美良乃は引きずられてたたらを踏んだ。
すると、目の前がぐにゃりと歪んだ。
眩暈でも起こしたのかと目を瞑って再び開けると、目の前にアンティーク調のドアがあった。濃い茶色で上の方に小窓がついていて硝子の上に蔦のようなアイアンの飾りが取り付けられている。ドア枠とドアは同じくアイアンのストラップヒンジで留められている。
「――は?」
美良乃はぽかんとドアを見つめた。先ほどまで、ここには灰色の墓石しかなかったはずなのに。
背後を振り返ると、古びたコンクリートの階段が上へと続いていた。どうやら、ここは地下のようだ。
「えっ? いつの間に地下に降りてきたの?」
困惑する美良乃を見て、アリアは明らかに笑いをかみ堪えるように肩を震わせている。
彼女は誤魔化すように咳払いして店のドアを開いた。
「常連客と紹介状のカードを持った人だけが、この入口にたどり着けるのよ。さ、入りましょ?」
長くなるので分割します。続きは明日投稿します。
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。